第1章-3

 南丹学園は山の麓にあって、それなりに広い学校だ。特徴的なのが、山の向こうの高校付属の南丹大学とトンネルで繋がっている事。トンネルの長さは三百メートルぐらいで、中には食堂だとかお店がいっぱいあったりする。

 面白みがあるのはそれぐらいで、後は普通の学校と同じだ。敷地面積が広いのでグランドが大きいくらいかな~。部活をしていない僕にはまるで関係ないんだけど。


「あ、見てみて! 同じクラスだ~」


 中学部校舎の前に張り出されたクラス発表に一喜一憂する生徒達の中、輝耶もまた喜びの声をあげた。煌耶ちゃんの言った通り、僕と輝耶、そして雷は同じクラス二年一組と配属されたらしい。やるな煌耶ちゃん。ちなみに彼女は小学部なので校門で別れている。今日は始業式と担任の顔見せぐらいなので、一緒に帰ろうねと予定済み。

 早速とばかりに新しく用意された下駄箱に靴を押し込み、持ってきた上靴に履き替える。生徒達がごった返している中を抜け出して、去年までの一年生達の教室を横目で見つつ、二階へと登っていった。ちなみに三年生が三階で、一年経つ毎に登る量が増えるというシステム。鍛えていなけりゃ、朝から苦痛を味わう事となってしまうかもしれない。もっとも、三階まで登るだけで息が切れる中学部生徒なんていないと思うけど。


「到着~」


 二階の一番手前の教室が二年一組。輝耶がガラリとドアを開けると、すでに半分程のクラスメイトが登校した後だった。という訳で、後ろの方の特等席がすでに奪われている。更には窓際の席も奪われているので、必然的に真ん中に座る事となった。席替えまでは大人しくしているしかない様だ。もっとも、品行方正を常としている僕は、寝る訳にもいかないんだけど。


「うん、平和でいいかな~」


 僕の隣の席を陣取ったお姫様が呟いた。


「なに?」

「視線。あんまり感じないから」


 その話題に同意してか、僕の後ろの席をゲットした雷が入ってきた。


「そうね、もう慣れっこって感じかしら」


 なるほどね。輝耶と雷は視線に敏感になっているらしい。極小規模な有名人らしい能力だな。でも、視線を感じるというのは実際にある。なにか圧迫する様な感じ。武術の圧とはまた違う妙な感覚だ。

好奇な視線を感じないとなると、南丹学園の生徒も慣れてきたという事か。昔っから付き合っている僕は、輝耶と雷の特殊性が当たり前となっている。もしかしたら、捻じ曲がった常識になっているのかもしれない。

 しばらく輝耶と雷と共に雑談していると、予鈴が鳴り、教師がやってきた。担任は志扇志摩先生。年齢は二十九歳。う~ん、真後ろに雷という美人がいるせいで、見劣りするなぁ。なんて失礼な感想を持ちながら出席を取られていく。出席番号0番という稀有な存在が左にいるのでザワつきはしたものの、滞りなく終わって始業式への移動となる。小学部とは別の中学部専用の体育館に集合となった。

 ズラリと並んだ生徒達の前には教師と生徒会のメンバー。去年に良く分からないまま選挙で投票したのを覚えている。生徒会メンバーは全員アルファベット組だ。つまり、エリートばかり。僕達みたいな漢数字じゃなく、A組だったりB組だったりするのは頭の良い事の証明みたいなもの。ときどき偉そうにしているので、侮蔑を込めてアルファベット組と僕達ノーマル組はそう呼んでいた。

 中学部担当の教師達の話や生徒会長のありがたそうな話が終わると、また教室へと戻された。あとは明日からの予定と重たい教科書一式を渡されて本日は終了。あっけなく八年生にして中学部二年生の初日は解散となった。


「ん~……!」


 ぐぐぅ、と伸びをする輝耶。少しばかり目尻に涙が見えるのは退屈だったからか。お姫様らしくないといえば、らしくはない。


「今日は部活?」

「ん~ん、今日は無いよ。道場で新入生歓迎会に付き合ってあげる」

「うへぇ」


 何とも微妙な声が自分の喉から漏れ出てきた。おっと、いけない。気合いを入れなおす様に僕は背筋を伸ばした。


「じゃぁ、私は帰るわ」

「あ、ばいばいあずま~」

「また明日」


 雷は軽く手を挙げてから教室を出て行った。雷も部活には所属していない。競技や着替えの問題もあって運動部に所属できず、文科系クラブには興味がないらしい。ちなみに体育の着替えは男と一緒だ。名前は変わっても身体は雷蔵のまま。雷自身は男の体は平気だしね。問題は周囲の男の視線。という訳で、去年は雷の為に僕達はチョッパヤで着替え、教室を明け渡していた。


「複雑だよな……」

「なにが?」


 いや、なんでもない。と輝耶に応えてから教科書類をカバンに突っ込んだ。かなり重くなるけど、仕方がない。品行方正な生徒は教科書を全部持って帰るものだ。


「よいしょ」


 と、輝耶もカバンを持ち上げる。帰る準備は万端、さっさと帰ってお昼ごはんを食べよう。


「煌耶は?」

「メールしとく」


 小学部もそろそろ終わる頃だろう。煌耶ちゃんに、校門の辺りで待ってる、と簡潔なメールを携帯電話で送り、教室を後にした。

 教室を出た辺りで、フと視線を感じた。振り返ると、ゾロゾロと帰りを急ぐ生徒や部活に向かう生徒達。幾人かが振り返った僕に視線を向けるが、対して興味がない様に逸らせていく。


「どしたの?」

「敵意を感じた」


 今の視線は、何となくだけど……そんな感じがした。いつも感じる好奇の視線ではなく、明らかに睨まれた様な感覚。首筋辺りがジリジリとする感じ。


「闇討ち? みやびってば誰かに恨まれてるんだ。まぬけ~」

「いや、そんなヘマはしない……っていうか、誰かに恨まれる覚えなんてないぞ」

「無駄に生真面目だもんね」


 無駄とは何だ、無駄とは。これでも気を使ってマジメに生きているんだ。家業に反映するんだぞ。


「輝耶の月謝、増やしてもらうぞ」

「うぐっ。い、いや、誰の土地で生きていると思ってるのよ」

「ぐぬぬ……」


 お互いにやぶ睨みした後、そのまま下駄箱へと向かう。校門で少し待つと煌耶ちゃんと合流し、下校となった。


「五年一組じゃった。やはり、面倒な生徒は一番初めに処理するという事かのぅ」


 煌耶ちゃんは腕を組んで考える。何をどうしたらこんな小学五年生になるのやら。


「いいじゃない、学年で一番よ一番」

「私達は0番じゃろうが、お姉様」


 0は存在していないと同義じゃ、と煌耶ちゃんが言う。確かに、『1』より早い『0』だけど、それって何も無いって事になる。そう考えると輝耶達の扱いって酷いのかもしれないな。


「まぁ、今更文句いってもしょうがないわよ。死んでから、あの世でご先祖様に文句を言えばいいわ。よくも戦争で負けてくれたな!」


 遥か昔のご先祖様も、子孫に文句を言われたらどうしようもないよなぁ。南北朝時代って良く知らないけど。歴史、苦手なんだよね。記憶力が良く無い僕には致命的な教科だ。

 確か輝耶達の一族は南朝廷で、北朝廷と争って敗北したそうな。その際に南朝廷はこの地に逃げ延びたらしく、滅ぼされる事は無かった。そして、僕の一族が南朝廷の護衛となり、ダラダラと歴史を繋げたという訳だ。

 輝耶と煌耶ちゃん、そして僕を合わせた三人は、いつも通りな会話をしながら家へと着いた。ここからは最早、いつもと同じだ。ルーチンワークと言ってもいいぐらい。まず母さんが用意した昼ごはんを食べる。きつねうどんだった。美味しい。ごちそうさまと宣言した後、二階の自分の部屋にて胴着に着替える。そして、道場に一礼してから中に入った。


「よぉ、息子。腹ぁ減ったなぁ……」


 道場で鎮座していた父さんがどこぞの魔界三大妖怪の一人みたいな台詞を吐いた。食べて来いよ、とツッコミを入れようかと思うと、後ろからダダダと走る音。どう考えてもお姫様の走る音だった。


「こんにちは~! あ、おじさん元気なさそう!」


 無駄に元気な輝耶を無視して、道場の掃除に取り掛かる。床の乾拭きからスタートで、ここまでが僕の日課というか日常だ。父さんもやってるし、輝耶もやっているので道場は一日に三度掃除されている事となる。皇国中の道場ではかなりの優遇されている方だろう。なんて勝手に思っていたりする。


「緊張で飯が喉を通らない。なのに腹減った。どうするべきだと思う、輝耶ちゃん」

「おじさん、そんな時こそ十秒チャージだよ」


 指導中はカリスマ溢れる父さんだけど、普段はメンタルが弱い。僕が父さんから『品行方正』という言葉を貰った様に、父さんは爺さんから『威風堂々』という言葉を貰ったそうだ。影守家には息子の本質を見抜く能力でもあるのかもしれない。

 床の乾拭きが終わり、一息ついた所で準備運動を始める。まずは道場内を軽く走って体を温め、柔軟運動。その頃には輝耶と父さんの雑談も終わって、輝耶が柔軟に合流する。


「うりうり~」


 輝耶が背中から思い切り押してくるが、無駄だ。すでに僕の体は畳にぴったりと付いている。柔軟性はバッチリだ。ちなみに輝耶も柔らかいので仕返しは出来ない。


「お前ら仲がいいよな~。父さんが子供の頃なんか、ちょっと女子と仲良くしてたらすぐ冷やかされたぞ。ひゅーひゅー、あっついわ~、あっちっち。みたいな感じで」


 なんか、父さんが思い出にふけっている。ほんと、メンタル弱いよね。嫌な思い出をいつまでも抱えているのかもしれない。

 そんな事をしていると、続々と新入生達が保護者と一緒にやってきた。きっちり入口で挨拶するちっこい少年少女。基本は大丈夫な様だ。ちなみに、今日は新入生意外はお休み。弟子一号と二号が借り出されたという訳だ。

 父さんが保護者に説明している間に、僕達は胴着の着方をレクチャーする。着せてもらった少年の瞳がキラキラと輝くのは、まぁ仕方ないよね、と思う。なにせ、気分は仮面ライダーだ。今ならどんな怪人だって勝てそうな気がしているよ、きっと。


「よし、まずは準備運動からだ」


 女子更衣室から出てきた輝耶率いる少女チームと合流し、道場をグルグルとゆっくり走る。それから体操して柔軟運動。ここで無茶はしない。ほら、辛くなって辞められたら大変だし。


「それじゃぁ、今日はゲームをしよう」


 少年少女に向かって、僕は不適な笑みを浮かべた。ちなみにハッタリである。負ける気は満々だ。


「今から僕の体に一撃入れられたら君達の勝ちだ。いいかい?」


 えぇ~、という不満の声が溢れるがそこは例年通り。待て待て、と僕は手で声を制した。


「誰も一対一なんて言ってないぜ。何人でも掛かって来い」


 そう言って、僕はバックステップ。少年少女達と距離をとって、ゆっくりと構えた。半身になり、腰を落とし、手を腰の位置で構える。影守流の基本の構え。『臨機応変』という身も蓋もない名前なので、誰もが一瞬で頭の隅に忘れてしまう不憫な型名だ。

 僕の型を見て、少年達が途端に笑顔を見せる。ケンカはダメで、人を叩いてはダメだと教えられてきた常識が、ここでひっくり返った訳だ。

まず、一番槍を勝手に引き受けた少年が突っ込んできた。トコトコと走ってきて、可愛らしい声と共に叩いてくる。僕はそれを手で受け止め、足をかけてから優しくコロンと転ばせた。これは技でも何でもなく、ただ柔道で習ったもの。転ばされた少年は何故かケラケラと笑う。まぁ、分からなくもない。それを皮切りに、一斉に少年達が襲い掛かってきた。

 ここからが本番だ。僕は一気に集中力を高めていく。正面だけじゃなく、側面、また背面にまで意識を向ける。無数に押し寄せてくる少年と少女。それらの攻撃を避けて受けて、払ったり、流したり、止めたり。


「くっ!」


 いよいよもってさばき切れなくなった瞬間に、奥の手発動。ジャンプして少年を越えて逃げ出す。ズルい、と声があがるが少年少女はキャッキャと追いかけてきた。いえいえ、ズルいのは君達ですよ。なにせ、こっちには勝利条件が無いのですから。

 逃げながら受けたり払ったりしていると、やがては体力が尽きる。それでも粘っているとイライラしたのだろうか、聞き覚えのある声が耳に届いた。


「とりゃぁ!」


 は? と思って振り返ると、足があった。その奥には輝耶の顔。で、認識した瞬間に視界がブレる。体に衝撃がはしり、制御がきかなくなって、僕は畳へと倒れた。


「うお~、すげぇ!」

「お姉ちゃん、つよ~い!」


 倒れた僕をそのままに歓声があがる。何故だ。ちょっと前まで僕がヒーローだったのに。


「ふっふっふ、これが影守流最終奥義、不意打ちよ!」


 いえ、そんな技なんですから。ウチの流派に不意打ちなんて無いですから。先手なしですから!


「それじゃぁ、みんなに基本を教えてあげるね。私の真似をしなさい、いいわね」


 はい、と子供達から良い返事が聞こえた。凄いね、人心掌握力。さすがお姫様ですね。でも、少しは愚民の事を思い出してください。


「起きなさい、みやび。今からあなたはサウンドバックよ」

「……それを言うならサンドバックだ。音がでるカバンって何だよ」


 僕は立ち上がる。どうやら僕はやられる見本にされるらしい。


「まずは基本の構えから、打ち払いね。これを覚えれば、もう二度と殴られる事は無いわ」


 そんな事ないです。嘘を教えないでください。


「さぁ、みやび。遠慮なく私を殴るがいい」

「へいへい」


 まぁ、子供達に見えやすい様にヘロヘロ~と右の拳を突き出す。輝耶は半身に構え、左手を打ち上げた。手の甲で僕の腕を払い、そのままの勢いで左手を伸ばす。僕の顔に当たる瞬間にピタリと寸止め。と、思ったら膝の辺りを蹴られ体制を崩され、そこから更に肩を押され倒される。最後に背中をムンズと踏んずけられた。


「おい……」

「いい、基本を覚えるだけでここまで応用が利くわ。でも基本がなってないと、最初に殴られてお終い。いいわね、子供達よ!」


 僕は全然良く無いです。あぁ……僕が一番弟子なのになぁ……

 そんな訳で、新入生の初日がそんな風に過ぎていった。明日から父さんが直々に教えてくれる。僕の苦労が少しでも報われるといいな~。

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