第1章-2
僕達の通う学校、南丹学園までは歩いて約三十分。盆地地帯な場所にあるそれなりに巨大な敷地に幼稚園から中学までがあり、笹川市に住む子供は皆ここに通っている。大昔は物凄く過疎ってた地域なんだけど、この学園のお陰で持ち直したとか何とか。あとは田舎暮らしに憧れる勘違いした都会人が引っ越してきた程度かな。ちょっとした丘の上に新しい家が立ち並ぶ地域があったりする。
私服でランドセルを背負う小学生に、制服にカバンを持った中学生がぞろぞろと歩いていく様子は、ちょっとした朝の名物になっていた。南丹学園の隣には、南丹大学付属高校もあって、自転車で通学する高校生の姿もある。老人達がニコニコと子供達を見送る様子は活気あるのかどうかはちょっと分からないけど。
「おはようございます、輝耶様、煌耶様」
そんな中、おばあちゃんやおじいちゃんは輝耶と煌耶ちゃんに丁寧に腰を折る。古くから笹山に住む人の中には、こうやって輝耶一族を信望する人達もいた。そんな人達に、輝耶達は丁寧に腰を折って挨拶をする。
決して驕ってはいけない、とは輝耶のお父さんの言葉。身分も何も無くなった現在では、一般人と変わらない訳で。偉そうに踏ん反り返る地位もない。それでも、老人達の信望が厚いのは、輝耶のお爺さんのお陰もあるらしい。何をやったかは教えてくれないけど。
「いやぁ、こうやって毎日挨拶してたら、デパートの受付嬢になれるんじゃないかな~」
「お姉様は相変わらず頭が悪いのぅ」
「なんだと!?」
「笹山にはデパートが無い。どこで働くというのじゃ?」
「ぐぬぬ」
相変わらず輝耶は考えなしに発言するし、煌耶ちゃんは子供らしくないなぁ、と思う。二人を足して二で割れば、理想のお嬢様が誕生するんじゃないか。清楚で知的で明るく美人で可愛いお姫様。完璧だ。
「そうだ、みやびがデパートを作ればいいのよ!」
「いや、僕にはそんな夢無いよ?」
たぶん道場を引き継いで、月謝で生きていくと思う。うん、代々そうやって生きてきた訳だし。親の敷いたレールも悪くない。
「他力本願じゃのぅ、お姉様。自分で作れば良いではないか」
「ふっ、馬鹿か煌耶。社長自ら受付嬢なんかやってたら、社員の士気が下がるじゃない!」
逆に上がりそうな気もするけど。
「むぅ、確かに」
あら? 煌耶ちゃん納得しちゃった。なんだろう、帝王学とかそんなのかな?
「う~ん、他に挨拶が上手い職業って何だろう?」
輝耶は腕を組んで考える。今の内から将来のことを考えるのは良い事だと思うけど……動機がおかしくないか。挨拶を機軸に職業を考えると、選択肢は全然出てこないと思う。
「輝耶、他にやりたい仕事とかないの?」
「仕事?」
またまた考える様に輝耶は首を捻り、腕を組んだ。まぁ、今から将来の事を見据えているなんて奴は、エリートのアルファベット組くらいなものだ。将来は医者か社長か政治家か。どうぞ日本皇国を救ってくれって感じだな。
「う~ん、やりたい仕事なんて無いなぁ……煌耶はある?」
「私はお嫁さんになりたいのぅ」
言葉と性格が子供らしくないくせに、将来の夢は子供らしい煌耶ちゃんだった。まぁ、お嫁さんというか主婦っていうのも職業の一つかもしれないね。母さんを見ててそう思う。朝忙しく、夜はそこそこで、昼は暇。楽そうだ。いいな。父さんも、そう変わらないけど。
「お嫁さんか~。じゃぁ、私もそれで。立派なお嫁さんになるわ」
輝耶の夢が決まったらしい。まぁ、立派に嫁いで『落ちた皇族』を後世に伝えてくれ。
「む、お嫁さんには私がなるのでお姉様は別のにするべきだ」
「なんで!? お嫁さんに憧れるのは全乙女に許された特権! 煌耶だけに許された夢じゃないわよ!」
「ならば、尚の事! お姉様のどこが乙女というのじゃ!」
あぁ、始まった。いつもの姉妹喧嘩。実は意外と子供っぽい煌耶ちゃんが原因で起こる事が多い。なので、僕は輝耶を宥める事が多くなっていた。
「まぁまぁ輝耶。乙女じゃないってのは事実だし、認めたらどうだい?」
「なんだとー!?」
しまった。言葉を間違えたか?
「相変わらず仲がいいね~」
輝耶の矛先がこちらに向いたと同時に、後ろから声が掛かった。おっと、助け舟だ。これに乗らない手はないとばかりに、僕は振り向き挨拶をした。
「あぁ、おはよう。雷蔵は今日も相変わらず女の子だな~」
「やめてよ、その名前は捨てたんだから」
そういって、美少女は爽やかな笑顔を見せた。七津守雷蔵(ななつもりらいぞう)。それが、彼女というか、彼というか、まぁとにかく目の前の美少女の名前だ。美少女というと、可愛い女の子を想像すると思うが、まったくもってその通りなので、みんな美少女と呼んでいる。
長い黒髪は結われる事なく春風に優雅になびいている。目鼻立ちは整い過ぎており、美人なのか可愛いのかも分からない。とにかくそこらの女子には負けない美しさも可愛らしさも持っていた。もちろん、輝耶や煌耶ちゃんだって負けている。それほどまでに、雷蔵は綺麗で可愛い。
しかし、問題があった。雷蔵という名前が示す通り、彼女は男だ。もう矛盾に満ち溢れた文章だけど仕方がない。とにかく、彼女が男なのは間違いないのだから。なにせ、小学部五年生の時に女の子になったんだから。
ある日突然、クラスメイトの友達が男子から女子に変わった衝撃といったら凄かった。もう、どうしていいか分からず、みんなが固まっている中、爆笑したのが輝耶だった訳だけど。
「もう七津守雷(あずま)だから」
色んな事情があったのだろう。七津守雷蔵は、ただの雷となった。今ではセーラー服で通っており、男子諸君に複雑な感情を、女子諸君に複雑な劣等感を抱かせているとか何とか。
「おはよう、あずま。聞いてよ、みやびったら私が乙女じゃないとか言うのよ!」
「おはよう、あずま君。今日も美しいのぅ」
ちなみに偏見なく付き合う輝耶と煌耶ちゃんが嬉しかったのか、雷と輝耶達は仲が良い。煌耶ちゃんは誰にでも『君付け』で呼ぶしね。それもあってか、はたまた幼馴染故か、僕と雷も小さい頃からと同じ様に付き合いが続いていた。
「おはよう、輝耶ちゃん、煌耶ちゃん。今日もご機嫌うるわしそうで何よりです」
優雅に礼をする黒髪ロングな美少女に、思わず周囲の登校する生徒達が足を止めた。しかし、それも束の間、スタスタと言ってしまう。有名人の宿命だろうか、妙に顔を知られている輝耶と雷だ。綺麗な少女同士の交流かと思いきや、片方が元男となると複雑な気持ちが沸き起こるのも仕方ない。それを差別や偏見という言葉で言い表す事も出来るが、あえて僕達はしない。
「同じクラスになれるといいな」
僕がポツリと呟く。それに対して、煌耶ちゃんが言った。
「大丈夫じゃろう」
「どうして?」
「問題児、とまでは言わないが、そこの二人は有名すぎる。それを管理する生徒の名前を、教師は全員知っておるよ」
「つまり、僕は保護者だと……」
「そこまでは言っておらぬよ。さて……私だけ学年が違って一人ぼっちなので、手を繋いでくれまいか?」
「脈絡が微妙にない気がするけど……まぁ、いいや。はい」
僕は煌耶ちゃんと手を繋ぐ。ちっちゃい手が仄かに暖かい。ときどき甘えてくれるのが煌耶ちゃんの良い所だよな~、なんて思ったりして。
「あ、煌耶だけズルイ! あずま、私達も繋ぐわよ!」
「うんうん、繋ごう」
なんだこの幼稚園並みの仲良しこよしな登校は。
「どうだ、煌耶! 私の相手の方が美人よ!」
当たり前だ。学園一の超絶美人と僕を比べてくれるな。ジャンルが違う、ジャンルが。
「ふっ」
「あ、煌耶が鼻で笑った! あずまぁ~」
「よしよし」
相変わらずうるさいお姫様に呆れつつ、僕達は学園へと向かうのだった。
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