第1章 ~僕とお姫様達の恒久的平和生活~
第1章-1
まだ少し肌寒い四月の早朝を、僕と輝耶はジョギングしている。影守流のモットーである『健全な精神は健全な肉体から』の精神に則って、ジョギングは日課となっていた。
コースは輝耶家の敷地内。一周一キロの庭を五週する事。肌寒いと感じていた空気も、走っている内に感じなくなり、徐々に汗が浮いてくる。隣で走っている輝耶も同じで、ポニーテールをブルンブルン揺らしながらご機嫌に走っていた。
「いやぁ、今日から八年生ですなぁ、みやび殿」
「学年一つ上がっただけでテンション高いなぁ」
ジョギングをはじめた当初は会話する余裕なんて無かったけど、今ではこうして話す事が出来る。でも、調子に乗って話しているとペースが崩れるので注意が必要だ。ドンドン速度が上がってしまって、二人してバテてしまった事もある。
「後輩が出来ると思うとテンション上がらない?」
「僕は部活してないから」
そっか、と輝耶は苦笑した。
「みやびもウチに入らない? 良く出入りしてるんだし」
「遠慮しておくよ。きちんと参加できるかどうか分からないし。ほら、いつ道場に借り出されるかもしれないしさ」
先日のデモンストレーションを思い出す。道場に年齢制限は無いが、やはり小学部の新一年生が多い。世の親達は仕事に行っている為、学童保育を兼ねてウチの道場を選んでいるとかなんとか。実質、父さんが遅くまで面倒みていたりする時もある。僕も小学生時代は輝耶と共に道場で遊んでいたなぁ。
そんな事を話していると、無事にゴールに辿り着いた。輝耶家の大きな屋敷の入口がゴール地点となっており、新人のメイドさんが自分の格好に恥ずかしそうにキョロキョロとしていた。
「ふぅ……じゃ、また後でね~、みやび」
「はいはい」
なに緊張してるんですか、と輝耶がバシバシと新人メイドさんを叩きながら屋敷に入っていった。バタンと締まる入口の扉を見て、相変わらずデカイ家だな、と思う。
まず五階建てっていうのが凄い。一応、輝耶一族は一般人って事なんだけど……普通の金持ちでも五階建ての家なんか建てない。せいぜい三階くらいじゃない? 加えて西洋風だ。どこぞのRPGに出てきそうなお城にも見える。
まぁ、お陰で地元のちょっとした観光スポットにもなっていた。申し込めば内部を見学だって出来ちゃうオープンな家だ。本家の皇族はこうはいかない為、開かれた皇室、なんて言われている。
そんなお城を後にして数秒も歩けば僕の家が見える。敷地内の一番端、門に近い所に建っている二階建ての普通の和風な家。それが僕が住んでいる影守邸。道場が併設されている意外はどこにでも建っている普通の家だ。得に古い訳でも特徴がある訳でもない。いや、近くにお城があるだけに、余計にみすぼらしく見えるかもしれない。
「ただいま」
玄関で靴を脱ぎながら声を出す。いつも通り返事は無い。父さんはこの時間、道場にて鍛錬中。母さんは台所で朝食の準備中。僕は部屋に戻る事なくお風呂へと向かった。
汗を流し、制服に着替える。ウチの学校は特徴の無い黒い学ランだ。女子は黒いセーラー服。由緒ある丹南学園という事なので、昔から変わってないらしい。ちなみに小学部は私服登校。これが意外と親のセンスを悩ませるらしい、と最近母さんから聞いた。もっとも、女の子の服装の話題ばかりで男の場合は、ないがしろにされているらしい。男子は選択肢が少ないので仕方ないんだけどね。
顔を洗って鏡で髪形をチェックする。少し髪が伸びてきたかな。とりあえず、どこもおかしくない。どこにでもいる普通の中学生だ。少しばかり幼い顔立ち、と輝耶に言われるが……まだまだ発展途上。そのうち何とか成るはずだ。うん。周りは個性や自由を尊重しろと言っているけど、僕にはいらない。普通が一番だと思うよ。平和だし、凡庸だし、なにより楽だ。それでなくとも、道場があるせいで品行法制に努めなくてはならない人生だから。
母さんに朝の挨拶を済ませ、ご飯と味噌汁と半熟の目玉焼き付きサラダを食べ終わると、早速とばかりにカバンを持ち、外に出る。
「こらこら、ちょっと待ちなさい」
そこで母さんに呼び止められた。なに、と振り返ったところで写真を撮られる。あぁ、また始まった。
「母さん、ただ学年が一つ上がっただけじゃないか。撮る必要なんてどこにも無いよ」
「なに言ってるの、記念よ記念!」
母さんの趣味は写真だ。で、事ある毎に写真を撮ろうとするので、物事が中々前に進まずヤキモキする事が多い。そんな事もあってか、僕は写真が嫌いだ。
何枚も写真を撮られている内に、いつの間にか隣に輝耶と煌耶(こうや)ちゃんがいた。煌耶ちゃんは輝耶の妹で、そっくりな姉妹だ。ポニーテールな輝耶と違って煌耶ちゃんは結っていない。でも、顔も同じ。そんな煌耶ちゃんの特徴と言えば着物だろうか。小学部五年生で私服登校だから着物でも問題ないのだが、やはり目立つ。今日は記念日だから、いつもより豪奢な赤い着物だった。しかもそんな立派な着物なのにランドセルを背負っている。色々と台無しになっているのだが、煌耶ちゃんは気にした様子もなかった。
「おはよう煌耶ちゃん」
「うむ、おはようみやび君。今日も写真栄えしておるのぅ」
そうそう、そっくりな姉妹だけど服装以外に徹底的な違いがあった。煌耶ちゃんの喋り方は、どこか古臭いというか仙人風というか。輝耶はきっちりと母親に育てられたのだが、煌耶ちゃんはお婆さんに育てられたとか。二人目という事でおばさんが教育等をお婆さんに任せっきりにしたらしく、嫌がらせの様に英才教育が施されたそうだ。そのせいなのか、それともワザとなのか、煌耶ちゃん自身が面白がっているのか、素なのか。とにかく、煌耶ちゃんという人格が形成されてしまったという訳だ。
「あらあら、おはようございます、お姫様達。良かったら、ウチの息子を引き立ててくれないかしら?」
この母親、よりによって何て事を頼んでいるんだ……
「こう、おば様?」
「これで良いかの?」
左右から輝耶と煌耶ちゃんが僕の腕に絡みつく。あぁ、無茶苦茶恥ずかしい……と共に、無茶苦茶申し訳ない。世が世なら、今頃とっくに僕と母親は処刑されているだろう。
「う~ん、良い写真になりそうだわ。額縁に入れて飾ろうかしら」
「あ、おば様、それでしたら是非ウチにも!」
わ~わ~きゃ~きゃ~と盛り上がっている母さんと輝耶を尻目に、僕は大きくため息を吐いた。
「まぁまぁみやび君。馬鹿な姉は放っておいて、さっさと学校へ行こうではないか」
「そうですね、煌耶ちゃん」
放っておくといつまでも喋っている輝耶を放っておいて、僕と煌耶ちゃんは歩き出した。門を超えた所でようやく輝耶の絶叫が聞こえてくる。それと共にドタドタと慌しく走ってくる音。相変わらず焦るとフォームが崩れるらしい。修練が足りてないなぁ。
「ちょっと待ってよぅ!」
「はいはい……」
まったく、しょうがないお姫様だ。
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