第2章 ~僕とお姫様達は不健全な道楽者~
第2章-1
トン、と床を蹴り一足飛びで近づいてきた輝耶。そのまま流れる様に拳を突き出してくる。僕はそれを手の甲で払い、受け流す。次いで胴着を掴もうとしてきた手を掴みそのまま一本背負いへと移行する。しかし、輝耶が僕の膝裏を蹴ってきたので、バランスが取れず、手を離して距離を取った。
素早く振り向く。が、それ以上に早く速く輝耶のラッシュ。半ばランダムに繰り出される拳を止められず、僕はたたらを踏む様に後退した。しっかりとガードを固めて、反撃のチャンスを伺うが――
「とりゃー!」
気合いの掛け声と共にダッシュジャンプキックを繰り出してきた輝耶。彼女の全体重をプラスされた勢いを止める術など僕は持っていない。何とかガード出来たが、そのまま道場の壁まで押し出される様にして後退してしまった。
「やった、私の勝ちね!」
輝耶の勝利宣言と共に子供達の歓声。むぅ、負け役は惨めだなぁ……
「二人共、礼を忘れるなよ」
父さんの言葉に、僕達は慌てて真ん中まで戻って礼をした。そして、端まで行って座る。その後、父さんによる先ほどの解説が始まった。
「痛くなかった?」
「大丈夫。輝耶は軽いから、ダメージ自体は少ないよ。もう少し体重を増やした方がいいんじゃないか?」
「それ、間違っても乙女に言う台詞じゃないわよね」
「同じ武道を志す者へのアドバイスだよ」
輝耶が半眼で僕を睨んでいた。おぉ、こわいこわい。
「このままじゃ強くなれないと思う?」
「そんな事ないだろ。だって、力の強い者に対しての弱き者の為の影守流なんだから」
実質、輝耶の使っている拳や蹴り技はオリジナルのもので、影守流には存在しない。それらを全て捌き、反撃する為に多種多様な技が存在するが……僕はまだまだ使いこなせていないという訳だ。
「そうなんだけどさぁ。実際のとこ、未だにみやびに勝てないし」
実戦形式の勝負では、僕は輝耶に負けた事が無い。それはまぁ、純粋に輝耶との練習量の差なんだから仕方がない。居残り特訓は伊達じゃないって事だ。
「僕は護衛なんだから、お姫様に負けたらクビになっちゃうよ。文字通り、必死なんだよ」
「将来安泰じゃない。別に私に負けたって」
「まぁ、そうなんだけどさ。これでも男の子なんだ、意地ぐらい張らしてくれよ」
男尊女卑って訳じゃないけど、幼馴染の女の子には負ける訳にいかない。なんか色々と名誉的なもので。
「子供ね」
「そりゃまだ中学生だから」
まだ周りのクラスメイト達も将来の事とか何も考えてないと思う。おぼろげに高校に行って、大学に行って、就職するんだろうな、ぐらいにしか考えてないだろう。そいつらに比べたら、僕の将来はやけに具体的になっている。極論まで突き詰めれば、別に高校に行かなくっても良い。まぁ、護衛という役回りだから輝耶と同じ高校に行くと思うけど。どうせ、丹南学園の隣にある丹南大学付属高校だろうしね。ウチの父さんも輝耶のおじさんとおばさんも皆通ったらしい。歴史ある学校なんだなぁ。
「……ねぇねぇ?」
「なに?」
ふと、輝耶が目を細めて、何か探る様な表情を向けてきた。
「最近、変わった事してない?」
「変わったこと?」
「そうそう。ルーチンワークから外れる様な事」
ルーチンワーク……日常から外れる様な事なんか、何かしたっけ? 毎朝のジョギング、学校、放課後、練習。これの繰り返しだから、特に思い当たる節は無い。
「いや、何もしてないけど?」
それでも僕を疑う様に輝耶が顔を近づけてきた。思わず仰け反ってしまう。なんだ、何かあったのか?
「う~ん、嘘発見器が欲しいわ」
「嘘なんかついてないよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
疑う輝耶に負けじと僕も顔を近づける。なんか、視線を反らせたら負けな気がしたし。
「くぉるぁ、雅。イチャイチャしてんじゃねぇよ」
で、気付いたら父さんが真横に居た。
「いや、イチャイチャしてないよ」
「俺の時は輝耶ちゃんみたいな美人が居なかったんだよ。お前が本気で羨ましいわ」
父さんが半眼で訳の分からない事を言い始めた。
「いや、息子相手にそんな生々しい話されても、すげぇ気持ち悪いんだけど」
「やぁだ、おじさんったら美人だなんて!」
嬉しそうだな、輝耶。アンケートで僕の一票しか取れなかったくせに。
「来い、サンドバック雅。お前の出番だ」
「誰がサンドバックだ!」
そのあだ名は大変悲しいので呼ばないで欲しい。去年、新入生相手のデモンストレーションで輝耶にボコボコに殴られて付けられたあだ名だ。もう忘れてると思ってたのになぁ。
「今から息子の限界組み手だ。雅が決めたら一点な。逆に決められたらマイナス一点。百点になったらお終い。新入生からだ、よーいドン!」
「は?」
なんだそのルール? 無理だ、何考えてるんだ、阿呆か、阿呆なのか!?
「一番! 影守流二番弟子、輝耶! 推して参る!」
「お前新入生じゃないだろ!」
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