第18話・そして嵐はながれを運び・7

 さて。

 派手やかな怪鳥にさらわれた仔羊を救わんと、災厄の寵愛もあつき狼が後を追いかけはじめた後のことです。


「腹が減った」

 いずことも知れぬ、石の壁や床に囲まれた広い空間に放り出されてからどのくらい経ったのでしょう。

 不毛な口喧嘩に疲れ果て、互いにそっぽを向き黙りこんでいた少年たちのうち、わがまま侯子が口火を切りました。彼のことばを証だてるかのように、さっきから腹の虫がさかんに主張を続けています。

「なんにもないぞ」

「とか何とか言いながら食べてるそれは何だッ」

 いったいどこに隠し持っていたのやら、ひとりだけむくむくと干し杏を食している生真面目な少年を、わがまま侯子は思いきり睨みつけました。

「少しぐらい友だちに分けてやろうという気はないのか、薄情者」

「誰が友だちだ」

 かりそめの友誼など、腹ぺこという極限状態の前にはいかにもろいものであるかを態度で示した相棒に、

「お、俺だってやろうと思ってやったわけじゃないぞ」

 いかなる術によるものか、壁や床のところどころに埋めこまれた光る石があたりを照らし出すなか、わがまま侯子の声がわんわんと響きます。

「あんな文句が呪文だなんて知らなかったんだからな」

「そんなの言い訳になるか」

 注意深く耳を傾けていれば、わがまま侯子の自称がいつのまにか「僕」から「俺」に変わっていることに気づいたことでしょう。けれども生真面目な少年は、そんなことに構うゆとりすらないようでした。

「だいたい、おまえにつきあわされるとろくなことがないんだ。喧嘩には巻きこまれるわ、いたずらの連帯責任は負わされるわ、あげくの果てにこんなわけの分からないところに落っこちるわ」

 もうきみの豪快な笑顔も見られないのかと、金髪娘の名を呼びよよと泣き崩れた相棒に、なんて物好きなとわがまま侯子はうめきます。みずからじゃじゃ馬の尻になぞ敷かれたがる者がいるとは、彼にはさっぱり理解できなかったからです。

「あんまりです<かあさん>。俺はなんにもしてないのに、かぼちゃ頭の巻き添えを食らって飢え死にだなんて」

「誰がかぼちゃだ」

「お前以外の誰がいるってんだ、すっかすかの空っぽ瓜、無謀無策の阿呆猪ッ」

 生真面目少年の口から放たれる罵倒たるや、ふだん彼を一兵卒の息子と侮る貴族出身の騎士見習いたちが聞いたら、とうぶん立ち直れなくなるであろうほどにすさまじいものでした。

 ですが、何といっても相手はわがまま侯子です。簡単にやりこめられるはずもありません。

「泣きわめけばことが解決すると思ってるのか、腑抜け」

「へたに動いて、やっかいごとを山ほど引き連れてくる能なし猿よかましだ」

「何だと」

「やるか」

 もはや腹ぺこそっちのけ、どちらも退かぬ覚悟の少年たちが、暑苦しいうえに見苦しいことこの上ない言い争いをくり広げようとしたときです。


「うるさいね、ひよっこどもが」

 自分たちのほか、だれもいるはずのない場所からふいに聞こえてきた声に、生真面目な少年はぎゃあと悲鳴を上げました。

「でででで出たッ」

 得体の知れぬ魔物か、はたまた隠し通路に迷いこんだきり戻らなかった騎士の亡霊か。その手のはなしはからきしだめな少年が、床にへたりこみ<かあさん>へ祈りを捧げ始めたのも無理からぬことだったのですが、

「誰だ」

 こちらは退く気など微塵もないわがまま侯子が、鞘から剣を抜き放ち声のした方を睨みつけたときです。

「気合いだけは一丁前かい」

 呆れたようなことばが発せられるなり、突如としてわがまま侯子の剣が熱を帯びました。思わず声を上げ手を放した少年の前で、自慢の業物が白い煙を上げながら石畳へからからと転がっていきます。

「まったく、たやすく物騒なものを振りかざすんじゃないよ」

 ぶつくさと不平をもらしながら現れた人物に、少年たちは思わず目を丸くしました。灰色の髪に灰色の目、いささか頑固そうな面立ちをした小柄なおばあさんが立っていたからです。

「なんで、こんなところに占い婆がいるんだ」

「俺に聞くなよ」

 ランスをはじめ、ふもとの町や近隣の村々からのお客さまを迎えている今宵、砦の警備はふだん以上に厳しさを増しているはずです。

 猫の子一匹入る隙もなかろうと胸を張った騎士団長の後ろを、小鬼を追って猫たちが騒々しく駆け抜けていったさまは、砦の長による訓辞を拝聴するべく場に集った<狼>たちによって見なかったことにされたのですけれども。

「失礼な、あたしゃ客だよ」

 よく当たるって評判を耳にした、奥方たってのたのみで宴に招かれたんだからねと答えた占い婆に、客ならどうしてこんなところにいるとわがまま侯子は不審げに問い返します。

「眉唾ものの昔語りにまぎれた場所だぞ。どう見たって間諜か魔女のたぐいだろ」

「へーえ。そんな眉唾ものの場所に落っこちた、間抜けな洟たれ坊主がずいぶん偉そうな口を叩くじゃないか」

「誰が洟たれだッ」

 今はなき王の裔たる自分を坊主呼ばわりした占い婆に、わがまま侯子はたいそう憤激しました。

「とねりこの世継ぎに向かって口が過ぎるぞ。この無礼者」

「とねりこ? ああ、たかが五百年ていどの新参者かい」

 せめて千年は保たなきゃ忘れちまうねと、権門の矜持など知ったことかとばかりに占い婆は鼻を鳴らしました。

「それに無礼者はどっちだい。誇りたかき巫女シビュラを、ちゃちな魔法をいじくりまわすしか能のない女どもと一緒くたにする物知らずは」

 不可思議の力を脈々と息づかせる、灰色のまなざしがわがまま侯子をとらえました。

「謝れよ、レオ」

「なんで俺が」

 気色ばむわがまま侯子に、おまえの読書は昼寝の時間かよと生真面目な少年は呆れてみせました。

「巫女の血筋は数千年。おまえの家も古いけど格が違う」

 相棒の指摘に、わがまま侯子はアーケヴよりもはるかに旧い血を伝える女たちのことを思い出したようでした。しばらくの間、どうにも納得がいきかねる顔をしていたのですが、やがて占い婆に向きなおると、

「たいへん、ごぶれいを、つかまつりましたッ」

 淑女に対する謝罪を、やっとのことでしぼり出した示したわがまま侯子に、分かりゃいいのさと老いたる巫女は満足そうにうなずきました。

「とんび頭のほうがよく心得ているじゃないか。師匠の受け売りってとこかい」

「どうしてギルバートさまを」

 驚く生真面目少年の問いを、ちょいとばかり縁があってねと占い婆はかわしました。

「まったく、あれほど開いた口がふさがらない星回りにお目にかかったのは久しぶりだよ。おまけに名前そのものが誓約ときたもんだ」

 ああやっかいだねえと、この場にいない騎士をこきおろしつつ占い婆は首を横に振りました。

「とどめにゃ<真名>かい。そんな器でもありゃしないくせに、よりによって手ごわいのを」

「まな?」

 食べものかと問うたわがまま侯子に、あんたにゃ十年早いはなしだよと占い婆は返しました。

「それとも、生まれるのが五年遅かったというべきかね。デュフレーヌのレオ侯子」

 <帰らずの森>を彷彿とさせる昏さを双眸に宿し、どこで知ったか自分の名を呼びかけてきた老巫女に、わがまま侯子は何ともいえぬ畏れを感じました。口は悪いながらも、どうにも得体の知れぬ婆に何もかも見透かされているような気がしたからです。

「まあいい。そうはならなんだものを、気にかけたところで詮なきこと」

 あたしにゃやることがあるんだよと呟くなり、すたすたとどこかへ歩み去ろうとする占い婆を、わがまま侯子はこら待てと引きとめました。

「道に迷った、哀れな騎士見習いを見棄てるのか」

「何が哀れだい。放っといたって三日ぐらいやかましく騒いでいそうなくせに」

 砦も少しは静かになるだろうよと無情の宣告を下す占い婆に、だったら俺だけでも助けてくださいと生真面目少年は懇願しました。

「俺は巻き添えを食っただけなんです。こんなひよこ頭とそろって餓え死になんて冗談じゃない」

「ひよことは何だ、文句たれの腰抜けとんび」

「腰抜けとんびで結構。煮ても食えないかぼちゃなんかとつるんでたら、生命がいくつあったって足りるか」

「やかましい、<まぬけなダネル>がッ」

「その間抜けは誰の先祖だ、よく考えてからものを言えッ」

 はるか昔のこと。妖精国アスローンへ攻めいり、星々を姉妹とする女王トリアムールをあと少しで妃にするところまでゆきながら。ふさわしき試練を求めてかの地をおとなうた名もなき騎士に、アスローンはおろか女王の愛までをも持ち去られ笑いものになった愚王のたとえをはさみ、やかましい応酬をはじめかけた少年たちを、占い婆はえいお黙りと一喝します。

「負けいくさのたびに、芋だ茄子だかぼちゃだと罵りあった若造どもじゃあるまいし。少しはおとなしくするってことを知らないのかい」

 鳥頭どもじゃ仕方ないかねと、老巫女のまなざしが面白くなさそうにふたりの騎士見習いをとらえました。

「少なくとも鍵だとは気づいたのかい、ひよこ頭」

「ああ、あの芸のない呪文か」

 求めよ、されば応じんと、自分たちを得体の知れぬ場へと導いた文句を呟いて、

「単純すぎて、洗練さも何もあったもんじゃない。もったいぶりすぎて中身はすっからかんなエーグモルト家の書簡といい勝負だ」

 エクセターの田舎ことばに近いひびきだなと評したわがまま侯子に、そういうのを何て言うか知ってるかいと、占い婆はひとの悪い笑みを浮かべました。

「焦げた鍋が煤けたやかんを笑うっていうんだよ。エーグモルトの輩も、鍵をしかけた奴も、そろってあんたと血を同じくする阿呆どもじゃないか」

 的確なことばで痛いところを突いてくる占い婆ときたら、金髪娘のほうがまだかわいげがあると思えるほどでした。

 さしものわがまま侯子も悔しまぎれに反駁しようと試みるのですが、そこは経験と歳月がへだてる悲しさです。太刀打ちできるはずもありません。

「やっぱり、レオが変な魔法を発動させたんですか」

 そら見ろおまえじゃないかと、相棒を睨んだ生真面目な少年に、なにが変だいと占い婆は顔をしかめました。

「ごく初歩的な転移術だろうに。こんな子供だましのわざすらも、おまえたちは喪っちまったっていうのかい」

 ああ情けないと嘆きつつ、占い婆は少年たちを睨みつけました。

「どうりで、冥府から渡り来た者どもがこの地にのさばっているわけだよ。汚泥に這いつくばってでも、あしたに繋ぐのぞみすら棄てたものなど、牙を損ねた狼よりも価値がない」

 辛辣なことばを続ける老巫女が、ふたりの向こうに見ていたものは何であったのか。

 自分たちのせいではないのに、緑なすアーケヴを覆ういくさの暗雲をいまだ取り払えぬことを咎められているような気がして、ふたりの騎士見習いはずいぶん居心地の悪いおもいになりました。

「図星かい、坊主ども」

「誰がッ」

 鋼玉のまなざしに雷を閃かせたわがまま侯子に、老いたる巫女はことさら容赦がないようでした。

「ならばあかしを見せることだね。ことばを扉と為し、幾世代を経ておまえに流るる血潮を鍵としてこの場に立たしめたものと同じように」

 なべてはみどりに覆われ忘れ去られた過ぎし世のことと呟いた巫女に、そいつは誰なんだとわがまま侯子は投げかけました。

「とねりこの名を戴くものでないなら、エーグモルトか。それともベランジェールかノーサンバランドの」

 アーケヴの盛衰とともに名を刻んできた権門をつぎつぎと挙げるわがまま侯子に、ほんとうにおまえの読書は昼寝の時間だったようだねと占い婆は呆れてみせました。

「そんな有象無象なぞ、はなしにもなりゃしない」

「じゃあ、誰だっていうんだ」

 憮然とする少年に、しかたのない坊主だねと言いたげな一瞥を向けると、

「むかし、森へ男と女が逃げこんできたことがあった」

 いつとも知れぬできごとを、占い婆は淡々と語りはじめました。

「愚かな同胞たちにおもいを咎められ、剣もて追われ火を放たれてねえ」

 とうとう追いつかれ、そろって危ういところを木こりの夫婦に救われたのさと老婆は続けました。

「女を守り、深手を負った男は笑って死んだ。深く嘆いた女は後を追おうとしたが思いとどまった。母となっていることに気がついたからさ」

 思い人を森に弔い、みずからは森に匿われ――やがて月満ちた女の腕には、ちいさな手足を懸命に動かす元気な赤子が抱かれたのだとか。

「さながら、強いられたさだめに抗うかのようであったそうだよ。父とそっくりそのままに」

「――」

「森で産声を上げた赤子こそ、父と母を森へ追いやり死の従者を遣わしたものが最も恐れ憎んだ存在」

 かつて在りし、今いまし、のちに来たりしもの。

 その生誕を予言したばかりに、むごく打ちすえられ死を言い渡された老賢者が、みずからを食い裂く獣たちの牙を前にしながら、なおも口にしつづけたのぞみ。

「赤子の誕生を知った、慈悲なきものが命じた子供狩りから逃れ、森の守りのもとに育ちゆき――やがて時が至り、父と母の瞑る塚を森に託して去った子は、幾年流るるのちに金冠を戴く丈夫ますらおとなって森へ帰ってきたよ」

 沈黙が支配するなか、鋼玉と煙水晶のまなざしが見交わされました。しょせんは占い婆のたわごとと、一笑に付すにはあまりにも畏れ多い存在が、ふたりの脳裏に浮かびあがっていたからです。

「いにしえの王か」

「アルトリウス」

 古王国の版図として栄えた国々にあっては、けして無視することのできぬ名を老いたる巫女は口にしました。

「おまえたちが円卓の王などとごたいそうな名で呼ぶ、<帰らずの森>が育みし愛し子。そうしてここは、森に呪われみどりに呑まれた慈悲なきものの栄華と、森の愛し子が築きあげた夢のなごり」

 うたうように昔ばなしを締めくくると、占い婆はいまや言葉もなく立ちつくす少年たちへ、そろって間抜け面を晒してるんじゃないよと言い放ちました。

「さっさとついておいで。まずはおまえたちを地上に送り返すほうが先だ」

 やかましいのがちうろちょろしてたんじゃ、あたしの務めが終わらないよとぼやくと、占い婆は光る石が埋めこまれた通路を歩みはじめました。

「負けいくさのたびに、辛気くさい面を並べたアルトリウスとキルッフじゃあるまいし、何をぼさっとしてるんだい。ひとの一生なぞ塵芥、刻は寸分だって待っちゃくれないんだよ。とっとと足を動かしたらどうだい」



               ◆ ◆ ◆



「まあ、そのようなことが」

 まがりなりにも自治都市の長ともあろう者が婦人部屋へと忍びこみ、乙女をさらって遁走するという前代未聞のできごとを報告するため、砦とランスの主だった面々が集う広間で、奥方さまが灰青のまなざしを大きく見開きました。

「では先ほど、窓の外をきらめきながら飛んでいた塊はベルナール殿だったのですか」

 てっきり、長老がたの新しい遊びだとばかり思うておりましたと答えた奥方さまに、悠長なことを仰せになっている場合ではございませぬと返したのは<熊>どのでした。

「奇っ怪なるランスの変態は乙女御を抱えたまま。いずこへと姿をくらましおったか杳として知れませぬ」

「おまけにダウフト殿の動揺ぶりじゃ、変態の横っ面を張り飛ばして逃げ出すのも無理だと思いますが。奥方」

 かぼちゃと羊に救いを求めてるようじゃなと続けたお調子者のくだけた口調を、場に居合わせた家令が咎めようとしたのですが。かまいませぬと制した奥方さまに、不承不承うなずきつつ沈黙を保つことに決めました。

「ジェフレ卿」

「かぼちゃならば、乙女を救い奉らんと宵闇へと」

「それはよきこと」

 投げかけた問いへ、琥珀の騎士が即座に発したいらえに満足げに微笑むと、砦の母君はランスの補佐官へと向きなおりました。

「少し肩の力を抜いてはいかが、クロエ」

「ですがおばさま、ダウフト殿の身に何かあっては」

 あのとき確実にしとめていればと、いまだ悔しさをぬぐいきれない様子の麗人に、案ずることはありませぬよと奥方さまはやさしく諭しました。

「ベルナール殿のお心は、幼子のそれとまったき同じ。砦に来訪なさる念願を果たしたものの、エクセター卿のかたい守りに阻まれておられたゆえ、ダウフト殿へ自慢の詩を披露なさる機会を得たくてしかたがなかったのでしょう」

 あふれ出ずる思いのたけをこってりかつ濃厚に暑苦しく綴った市長の詩を、荒野にすすり泣く乾いた風のごとき一行に要約してのける戦友の所業を思い出し、いやあれはあれで大いに問題がとぼやいたお調子者でしたが、

「ただお戻りになられたら、少しばかりおしおきをしてさしあげなくてはなりませぬ」

 わたくしのゆるしなしに、乙女の園へと踏み入ったことだけはきっちり叱らなくてはと続けた奥方さまに、居合わせた<狼>たちは潮が引くかのように後ずさりました。たおやかな笑みを絶やさぬ砦の母君が、おしおきを宣言したときほどに怖ろしいものはないことを、長い砦暮らしのあいだに知りつくしていたからです。

「それよりも前に、かぼちゃ頭との世にもやるせなき一騎討ちが待ちかまえておりましょう。奥方」

 こんなときですら悠然とした態度を崩さぬ琥珀の騎士に、そうでしたねと奥方さまはうなずきました。

「ダウフト殿にはいささか怖い思いをさせてしまいますけれど、先々のことを思えば」

「いや早いとこ何とかしないとダウフト殿がまずいんじゃ」

「エクセターならばまだしも、我らが守り姫にはとうてい耐えられぬものと」

 あの禍歌を耳元で囁かれるなんて、いったい何の拷問ですと訴えたお調子者と<熊>どのへ、それもそうですわねと思案に暮れる表情をのぞかせた奥方さまでしたが、

「クロエ」

「いかがなさいましたか、おばさま」

 問いかけた令嬢にあでやかな笑みを向けると、砦の母君は至極穏やかに口を開きました。

「そろそろ、わたくしに本当のことを話していただけないかしら」

 ベルナール殿がこの砦を来訪なさったまことの理由ですよと続けた貴婦人に、何のことやらと<狼>たちは首を傾げます。

 復興に必要な資材の調達と特産品の売りこみ、ついでに砦の守り姫へちょっかいもとい愛を捧げんがために押しかけてきたんじゃなかったのかと、それぞれが顔を見合わせたのですが、

「なぜに長みずから辺境まで出向く必要があるのかと、殿がお考えをめぐらせておりましたの」

 資材の供給ならば、ランスが誇る優秀な使節団を砦へと遣わせ交渉に当たらせればすむことです。

 往時のにぎわいをを取り戻しつつあるとはいえ、いまだ魔物や人による騒乱の火種をくすぶらせているランスをあとに――それも、不測の事態には市長代行を務めるべき補佐官までをも同行させて、市長みずからが動かねばならなかった理由とはいったい何であったのでしょうか。

「ダウフト殿の件は別として、ベルナール殿でなければままならぬできごとが起きたのではありませぬか」

 問いを続けた続けた奥方さまを、しばし見つめていた補佐官でしたが、

「やはり、おばさまに隠しごとはできません」

 小さいころと同じですわねと、観念したかのように溜息をつくと、アルキュシア家の令嬢は居並ぶ砦の面々を見渡しました。

「ですが、他言無用に願います」

 ひとに知れると恐慌を巻き起こしますゆえとつけ足して、うるわしき補佐官が語りはじめた内容を、はじめはうさんくさそうに聞いていた<狼>たちでしたが。

 しばらくのち。

 彼らが集うた広間からは、何じゃそりゃああぁ、聞いてないぞそんなものッという叫びが轟くことになりました。

「……さて、かぼちゃ君はどこを駆けているのやら」

 こんな暮らしもういやだ、うちに帰りたいよおおおぉッという騒ぎがあたりを満たすなか、琥珀の騎士はどこからともなく聞こえてきた仔羊の鳴き声に、ますますややこしくなってきた事態を思い<かあさん>へのしるしを切るのでした。

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