第35話『決戦の舞台、パノラマ島』
ここはパノラマ島。
王都から船に揺られて半日ほど。
観光に特化した島だ。
シンが島全体を創り変えた島。
生態系、植生は島の内外とはまったく異なるらしい。
とりあえずは人体に害のある物はないとのことだ。
ギルド調査員が常駐し監査も受けいれているとのこと。
「ようこそパノラマ島へ、クロノさん」
黒髪黒目の女中風の童女。
いつのまにか居た。
この島で働いている人か?
「どうも」
ルルもパノラマ島に来ている。
今はそれぞれの目的のために別行動をとっている。
「俺を知っているということは、シンの仲間か」
「そうですね。シンさまのマリアです。よろしくです」
なんともまあ緊張感のない。
「俺がこの島に来た理由はシンからは聞いているか?」
「はい。知っていますよ。決闘するんですよね」
「うーん。まあ、そんなものだな」
「ではご案内いたします。マリアに付いてきてください」
「おう。わかった」
「それと。すごく罠っぽい感じでですが。罠じゃありませんので」
「だろうな。なんか、そんな感じだと思ったわ」
シンが小細工をするほど賢いとは思えない。
あいつの善性や悪性の話ではない。
そこまで知恵が回らないという意味でだがな。
それにしても随分と人が多い。
盛況そうでなにより。
「あの白い服を着ている人達。ありゃ何だ?」
「パノラマ島の住人。あの白い服は制服ですね」
この島はかつて棄民の島と呼ばれていた。
正式な島名は別にあったらしい。
だが、その島の名を誰も覚えていない。
「クロノさんは、くだらないと思っていますか?」
「いんや。来島者も喜んでるし、いいんじゃねぇの」
「天使みたいな白い服なんて着てマヌケと思いました?」
「炎天下に汗水ながして働いている人をそんな風には思わねぇな」
「ご存知の通り、パノラマ島は魔眼の力で創り変えられた島です」
「はあ、すげぇな魔眼。島をまるごと変えちまえるんだなぁ」
おそらくシンの認識している天国を模して造られている。
この島の景色は子供のころに絵本で読んだ楽園。
だけど、そこに生きている人間は本物だ。
「たとえばこの川、もとはただの小川でした。ですがいまは果汁の蜜が流れる川になっています。 他にもありとあらゆる果実のなる木。 なんでもあります」
なるほど。もともとあった物をベースに上書きしているのか。
そう言われてみると元の島の輪郭が見えてきそうではある。
「あの蜜の川のところで立っている女の子は何だ?」
「パノラマ島の労働者、じゃなくて、キャストですね」
めっちゃ労働者って聞こえたな。
キャストってのは、島の労働者ってことか。
「クロノさん。ためにし飲んでみたいですか?」
「おう。ちょっと興味あるわ」
「有料です。蜜の川のすくうヒシャクを貸す代わりにお金をいただいています」
「まあ、生きてりゃ金が必要になるからな」
「働いて対価をもらえるだけで幸せなことなんですよ。この島の人にとっては」
「そうか」
耳が欠けた亜人の少女。
片足がない浅黒い顔の男。
顔にキズを負った女性。
からだに欠損を負っている者は少なくない。
いままでの苦労は語らなくて想像はできる。
それでもヤケッパチにならず生きている。
それだけで凄いことだと俺は思う。
「ミルクの川、お酒の川もあります。果実の蜜の川でいいですか?」
「うん。果実の蜜の川で」
酒弱いからね。
つか、シン倒さなきゃだし。
キャストの少女からヒシャクを受け取った。
片足が義足の女の子だ。
ヒシャクで蜜の川の水をすくい口に含む。
薄味の桃の果汁っぽい感じの味だ。
飲みやすくてうまい。
お遊戯のような作り物の白い翼を背中につけている。
まだ接客に不慣れなようだが一生懸命がんばっている。
「あの……。どうでしたでしょうか?」
「すっげーうまかったぜ。ありがとな」
少しだけチップを上乗せしてお代を払った。
それだけなのに満面の笑顔で応えてくれた。
「チップをください。マリアは案内料を請求します」
「だーめ。おまえシンの仲間だろ」
「ぶっぶー。不正解です。マリアは弟子ですっ」
「いや。弟子も仲間も同じようなもんだろうがよ」
少し表情がゆるんでるな。
最初は無表情だったのに。
島の人が認められたことが嬉しかたのか。
まあわからないでもない。
「クロノさん、暇な時間のおともにシリトリにつきあいましょうか?」
「悪いな。俺は大人だ。そういう幼稚な遊びをする趣味はないんだ」
「マクラ投げに夢中になるクロノさんのセリフとは思えませんが」
「……。はて?」
記憶にございません。
「さて。次は宝石の果実のなる木ですよ」
「へぇ。凄い、木に宝石がなるのね」
おっ、キャストがきた。
眼帯をつけた山賊の親分みたいな男だ。
ほほにスパッと切られた跡がある。
山賊風の男が天界のローブみたいのを着てる。
キャタツとハサミを持ってきてくれた。
キャタツにのって果実を切れということか。
「マリア。これは、取り放題か?」
「いえ。とった数に応じてお代をいただきます」
だよね。といわけで3つとった。
カラフルな宝石のような果実だ。
「これ。このまま食べるの? 硬くない?」
「安心してください。むしゃむしゃ。ね?」
しれっと果実をひとつ取られたのだが?
まあいいや。かじってみよう。
「こりゃうまいな! すっげージューシだ!」
うん。そうだ。俺には語彙がない。
「ですね。あっ、こっちの赤いのも。むしゃむしゃ」
「あっ、おまっ! いま食ってんの取るなっ! このっクソガキ!」
そんなドタバタを山賊風のオッサンが見守っていた。
揉み手をして、何かを待っている。
あっ、まだお代を払っていなかったわ。
山賊の人にチップを上乗せして渡した。
「あら。さっきよりチップ減ってますよ?」
「えっ?! そ、そう? いや、気のせいだと思う」
無茶言うな。女の子とオッサンだぜ?
しかもかなりマッチョな感じの。
そりゃ、女の子に多くチップ渡すさ。
俺は間違っているのだろうか? かもね!
「ナイショにしてほしければ、マリアにチップを。トリック・オア・トリートです」
「いやぁ、そりゃ、ただのカツアゲだな?」
「冗談です。今のは小洒落たマリアの小粋なジョークです」
いや。小粋でも小洒落てもいないけどね。
小生意気なクソガキの恫喝だ。完全に。
シンもアレだがこの子も変わってるな。
いいコンビと言えるかもしれない。
類は友を呼ぶ。……。俺は違うぞ?
「クロノさんはこのパノラマ島をどう思いましたか?」
「そうだな。悪くない。いや。楽しかったぜ」
「シンさんによって改変された島でもですか?」
「まあな。ここで暮らす人に罪はないからな」
キャストが来島者をもてなす。
この島を訪れる来島者が楽しい時を過ごす。
商売だ。生きていくには働かなければならない。
この島の経緯はともかく働いている人に罪はない。
「シンはこの島だけじゃなく全世界をこうしようとしてんだよな?」
「はい。島から国へ。国から大陸へ。大陸から世界へ」
「なあ。あの馬鹿はここで止まることができないのか?」
「はい。シンさまの目指す物はココにはありません」
この島でしか生きられない人がいる。
だが、この島の世界では生きられない人がいる。
「クロノさん、マリアの案内はここまでです」
「おう。ありがとな」
チップをやった。案内代だ。
すごく喜んでるな。ガキだ。
「シンさまはこの館の屋上。野外劇場にいます」
「ほう。馬鹿となんとかは高いところってやつだな」
「ですね!」
いや。おまえが食い気味に同意することでもないが?
「マリアはクロノさんとお話ができてよかったです」
「そっか。おまえも案内あんがとな。楽しかったぜ」
天にも届かんとするほどの高い館。
「日差しがまぶしい。ずいぶんと天気が良いな」
俺は門をくぐる。
「お初におめにかかるクロノ殿。私がこの館の総支配人だ」
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