第36話『雷術師クロノ VS クロトカゲ』

「クロノ殿は、この私が直々にご案内しましょう」

「どうも。ずいぶんと俺も出世したもんだ」


 シンの関係者か。

 動きにスキがない。


「マリアの案内したパノラマ島。お楽しみいただけましたか」

「ああ。悪くなかったぜ」


「クロノ殿には特別に、一般客には未公開のエリアにご案内しましょう」

「なんっつー場所だ?」


「レプリカ館。一級の美術品、そのレプリカを集めた美術館です」

「ほう。ニセモノの美術品の展示場ってとこか」


「では、先行招待しましょう」

「そりゃどうも」


 総支配人を名のる女が鍵の束から一つ鍵を取り、トビラを開く。


「へえ。……こりゃ、……圧倒されるな。すげぇ」


 古今東西。ありとあらゆる財が展示されている。

 ここに展示されている物はレプリカだと言う。


「どうですか? レプリカをお楽しみいただけましたか」

「へぇ」


「どうですか、本物と見まがう一級品のレプリカは」

「良いもんだな」


 俺は言葉を付け足す。


「やっぱ本物には、本物にしかない迫力があるな」


 この部屋に飾られているのはレプリカじゃない。

 本物の美術品だ。


「ふっ、さすがだな。ご名答だ」


 貴人の女が顔をベリッと引きはがす。

 

「お初にお目にかかる。私が怪盗クロトカゲだ」


 変装……、いや、そんなレベルじゃねぇ。

 この女、何らかの力を使っている。

 

「ここにあるのは本物、ってことね」

「そうだ。すべてが本物だ」


 ふん。なるほどね。


「つーことは、盗品商に売りつけた方が、レプリカってことだな」

「正解だ。本物の美術品を、あのようなヤカラに渡すはずがないさ」


 クロトカゲが盗み取った美術品。

 それらは盗品商に人知れず売られていると噂を聞いたことがある。


「悪党から盗んだ物を、より悪辣な悪党に売っていた。――レプリカ、だがな」

「はは。そりゃまた。悪党どもも一杯食わされたってわけだな」


 だが、クロトカゲが盗品商に売ったのは本物じゃない。

 〈偽装〉を施した、本物と見分けのつかないレプリカ。


「よくバレずに済んだな。バレてたら、おまえも殺されてたぞ?」

「バレぬさ。〈偽装〉を施していたからな」



 盗品商。並の悪党は報復を恐れ近寄らない。

 武装した商人のキャラバン。

 権力者とも繋がりを持ち、法の外に居る存在。


 一対一の殴り合いをすれば壊滅させるじゃないかって?

 そんなことを奴らは許さない。


 相手が強敵なら、家族、兄妹、親族、友達、恋人、知人を。

 ひとりひとり、じっくりと、ゆっくりと殺し追いつめる。

 

 個々の力は弱い。冒険者でいうところのDランク程度。

 だがその執念深さ、悪辣さは侮って良いものじゃない。



「そりゃ。凄いな」

「これらは人の叡智の結晶。矜持なき賊が持つには相応しくないさ」


「で、クロトカゲ。アンタはこの美術品をどうするつもりだ?」

「この美術品に全ての財を展示する。あくまでも、レプリカとしてだが」


 反転しているのだ。本物とニセモノが。


「一級の美術品はおおくの人の目にふれてこそその真の輝きをみせる」 

「まあ、盗品商は倉庫にしまってひと目にさらさないからな」


「一瞬でもいい。世界に己を示したい。それは人も同じだ」

「ほう?」



「私も、この島の者たちも、生まれながら無能の烙印を押された者たちだ。 誰からもかえりみることのなかった者たちだ。 みじめに地を這う虫。 靴の底で潰されるだけの存在。 潰した本人には潰したことすら気づかぬだろう。 ならば、たとえその生命を燃やし尽くしてでも、地を這う虫から、チョウと成り、この世界に羽ばたく。 刹那の一瞬でも構わぬ。 その一瞬に、私のすべてを賭けるだけの価値がある。 世界に己を示す。 私はここに居るのだと。 そうであってこその人生さ」



 なるほど。それがおまえの、心。

 おまえという人間が少し分かった気がするよ。



「クロノ。君に、私の究極の大魔術をお見せしよう」



 女は指を弾く。パチン、と。

 指を弾く音が無人の美術館に響き渡る。



「――成し遂げた。 これこそ、私の生涯をかけた大魔術の集大成。音もなく、賊を誅殺した。 すべてのレプリカの〈偽装〉を解いた。 今ごろ、天地を引っくり返したかのごとくの大騒ぎが起こっていることだろう。 悪党の資金源を破壊した」

「はは。そりゃ痛快。見れないのが残念だよ」



「怪盗クロトカゲが人生を費やした大魔術はなった。ゆくぞ、クロノッ!」

「ああ、来いよ! こんどは俺の番だ。電光石火の早業ッみせてやるぜッ!」

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