第29話『王都一の極悪商人ですね【勇者】』

「おい、マリア。みろよ! ほらっ、こっちこい!」

「なんですかシンさま。妙にはしゃいでますね」


「この天井のアナ見ろよ。カバみたいに口あけて寝てる、バカがいるぞ」

「王都一の極悪商人カバールですね。おっきなお口です。まるでカバです」


 うん。ボクだ、処女の弟子を持つ勇者師匠、シンだ。

 ボクはいま悪徳大商人、カバールの屋敷の屋根裏にいる。

 めんどうだからこれからは、カバと呼ぶことにする。


 なんか偉いらしい。カバみたいな顔してるのに。

 司教っちが揉み手しながら超ヘコヘコしてたな。

 

「はは。あのバカなカバ、マヌケな顔してらぁっ!」

「ですね。マヌケな顔してます。ですがガチの超大悪党ですね」


「あら。へぇー。どんなことしてんの?」

「親のいない子供をラチって奴隷商に売りつけまくってますね」


 あら。ガチの悪党じゃん?


「あと教会から貢がれた子たちをガバっと食べてますね。頭から」

「ひえっ。ホラーじゃんこのカバ。殴って大監獄にぶちこまなきゃ!」

「もみ消されますよ。大監獄はちょー隠ぺい体質ですから。はい」


 大監獄が隠ぺい体質なのはマジだ。

 ボクはいまだに牢屋にいることになってる。

 勇者が逃げたことがバレるとマズイらしい。ざまぁ。


「よし。マリア! ボクらであのカバをこらしめよう!」

「ですね。子供をたべる悪党です。お灸をすえてやりましょうっ」


「マリアは、なんかいいアイディアある?」

「ゴミ落としゲーム。なんてどうですか」

 

 カバの口にゴミを落とすゲームだ。

 クロノの部屋の賭けで負けたから勝たなきゃ!


「いいねっ。じゃ、あのカバを起こしたほうが負けね!」

「いいですね。シンさま相手でもマリアは負けませんよっ」


 まずは、先攻。ボクのターン。

 腐った干し肉をちぎって落とした。


「あら。起きる気配ありませんね。むしゃむしゃ食べてます」

「やったぜ! まずはボクの先制点だ! やったー!」


 マリアはムシを落とした。

 足のいっぱいあるムシだ。たぶん毒とかあるな。

 うえぇ……。くちゃくちゃ食ってらぁ。


「お、マリア、やるじゃん。いい勝負になってきたな」

「まったく起きる気配がありませんね。同点です」


 ボクとマリアは、いろんなゴミを落とした。

 それでも起きる気配がない。

 ぜんぶむしゃむしゃ食われた。魔獣かな?


「うーん。なかなか起きるようすがありませんね」

「そうだな。引き分けはつまらないし。どうしよう?」


 試合が長引いている。

 このままだとボクは寝不足だ。

 はやく決着をつけなきゃ。


「シンさま。毒玉とかどうでしょうか。ネズミが死ぬ程度の」

「うーん。毒玉かぁ。大丈夫かな?」


「大丈夫です。あのカバ毒の完全耐性持ちだって自慢してますから」

「なるほど。そりゃ安心。ピリッと舌が痺れるくらいだろうね」


「ですね。いきますよ! ていっ」


 毒玉がカバの口に吸い込まれる。

 カバが苦しそうだ。


「おやおや」

「あの、……マリアさん?」


 ははーん。毒完全耐性。

 寝てる時なら有効なのかもしれないね。


 ボクが一番はじめに証明しました。

 ギルドに申請……、するのはやめよう。さすがに。


「シンさま。大変なことになりました」

「ど、……どうしよう?」

「シンさま、はやく自首しましょう。いまならまだ間に合いますよ」


 まずい。回復薬、回復薬だ!

 そうだ! セーラからもらったやつがあった!


 『シンさん、ピンチの時に使ってくださいね』

 とか言って渡されていたセーラの回復薬が!


「マリア。おちつけ。もう大丈夫だ」


 ほのかに青白く光る神聖な回復薬。

 ボクはカバの口に薬液をながしこんだ。


 教会製の凄い効果の回復薬のはずだ。

 たぶんエリクサーとかいうやつだな。


 ネズミを殺す程度の軽い毒だって?

 そんなの、セーラの回復薬で一発だっ!

 

 ふぅ。あぶない。


「カバの顔。ムラサキになりました。大丈夫でしょうか?」


「え? 大丈夫だよ。だって、大聖女セーラの回復薬だよ?」 

「あらあら。こんどは顔が白くなりました。不思議ですね」


 おやおや? 大聖女セーラの回復薬なのに。

 どうしたことだろうか。


「シンさま。死にました。安らかなカバ顔です」

「はわわ……っ。どうする、マリア? ヤバいぞっ?!」

「隠ぺいしましょう」



 『怪盗クロトカゲ参上!』

 そう書いた紙を天井の穴からおとした。


 カバ野郎に食われることはなかった。

 どうやら、ガチで死んでいるらしい。

 ひえっ。



「マリア、トンズラだ!」

「がってんです!」

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