第25話『大監獄からトンズラだ!【勇者】』

「大監獄。ダンジョンコアがなければ恐れるにたらずだよ」


 大監獄の最下層にある、地底牢獄。

 そこがこの大監獄のフクロコウジ。

 そこに私を追いつめればクロトカゲは袋のネズミ。


「と、でも考えているのだろうな。だが、甘いぞ」


 追いつめられているのではない。

 いたずらに下へ下へと進んでいるわけではないさ。


 そこが、私のむかうべき場所だからだ。

 逃げているのではなく目的地へ進んでいるのだ。


「隠し通路がそこにあるのだよ」


 地底牢獄。規格外の罪人が収容されている牢獄。

 冷たく、光がささない、完全な暗闇。

 常人は3日もたずに発狂する。


「いまいましい場所だ。怨嗟の声が聞こえてくるかのようだ」


 ここでの非人道的な行いは明るみにでることはない。

 すべて闇のなかでうまれ、闇の中にほうむりさられる。


「私のおおくの同志たちがここで命を散らせたよ」


 隠し通路まで、あともう少しだ。

 もはやこの時点で逃走は完全に成功した。

 王都の星、クロトカゲが盗ませてもらった。

 

「なんだ、あの異様な牢獄は」


 世界で最も頑丈なアダマンタイト鋼で作られたオリ。

 大悪魔でも封印しているのだろうか。

 錠前の数は30といったところか。


「おもしろい。その挑戦うけさせてもらおうか」


 ふむ。なるほど、なかなかに手強い。

 だが、鍵である以上は必ず開くことができるはずだ。

 私に盗みだせぬものなどはないさ。


「ほう。貴様は、王都を騒がせた悪逆勇者ではないか」


 過剰なまでの拘束着を着させられた男が居た。

 まるで彫像のように美しく完成された美の体現。


 完全に均整のとれた理想的なつらがまえ。

 金色の髪に、憂いをおびた口元。


「なるほど。人の到達点と言われるだけのことはあるよ」


 まるで封印されているかのような厳重さ。

 勇者でありながら、悪に堕ちた男。


「貴様が、悪逆の勇者だな」

「うん。ボクは、シン。勇者だ。正義のねっ!」


 どうやら寝ていたようだな。

 鎖につるされたまま熟睡とは、おそれいる。


 このような状況でも取り乱さぬとは。

 さすがは勇者といったところか。


「貴様、その瞳は、……いったい何だ?」

「ん? キレイだろ。ボクの目。青いんだよ」


 宝石のように透きとおった青い瞳に、五芒星。

 コヤツ、……魔眼の持ち主か。


 だが、五芒星の魔眼など聞いたことがない。

 そもそも魔眼を持ってうまれた赤子は贄に捧げられる定め。

 この年齢まで生かされていること自体、ありえぬことだ。


 そのような魔眼の持ち主が勇者になれるはずがない。

 だが……。もしも、……そうである、ならば。


「この世界にこれ以上の至宝など、ありはしないよ」

「ん? どうしたの」


「勇者よ。貴様を盗ませてもらうぞ」

「盗む? でもさぁ、ムリじゃない? 拘束具、超硬いよっ」


 魔法を拒絶するオリハルコン鋼製の12の鎖で拘束。

 まるで財宝でも守っているかのような厳重さだ。


 パチンッ、指を弾く。

 勇者を拘束する鎖が砕けちる。


「おっ。やるじゃん。どうやったの? 有能だね」

「お初にお目にかかる。私はクロトカゲ。怪盗だ」

「おなじクロでも、クロノと大違い。まるで手品だ」


 思わぬひろい物だ。幸先がよいぞ。

 クロノ、とやらがなにものかは知らぬが。


 王都の星に、魔眼持ちの勇者。

 一夜のうちに至高の宝を二つも得られるとはな。


「貴様、なぜ笑いながら涙をながす」

「あらま。なんでだろね? ははっ」


 へらへらした顔で涙を流す。

 異様な光景だ。理解はできぬよ。


 だが、それで良い。


 こやつも壊れているのかもしれぬな。

 ならばなおさらこちら側の人間だ。


「勇者よ、逃げるぞ。看守たちの足音が近い。猶予はないぞ」

「おっけー! 善はいそげだねっ!」


 アヤツの瞳に浮かんでいた五芒星は、いつの間にか消えている。

 今はただの青い瞳だ。


 いったい、なにが起こっているのだ。

 考えてもせんないことか。あとまわしだ。


「ああ。それじゃっ、となりの牢の女の子もつれてってよ」

「隣の牢だと? ふむ。そのような者は見かけなかったがな」


 誰もいなかったはずだ。

 人の気配がなかった。

 だがあるいは。

 

「ごめんだけどさ。ためしにもう一度見てみてよ。居るからさ」


 確かに、そこに居た。

 影に隠れていて見落としてしまったのか。


 知らぬうちに集中を欠いていたか。

 私としたことが、よくない傾向だ。


「ね。居たでしょ?」

「ああ。居たぞ。安心しろ。少女は確保した」


 ずいぶんと影が薄い少女だ。

 いまは死んだように、眠っている。


 気配を消す能力を持っているのだろうか。

 ならば、この少女にも使い道があるやもしれぬ。

 ついでに盗ませてもらおうか。


「勇者よ。この少女は、いったい貴様のなんなのだ?」

「たまたまとなりの牢にいた子だよ。マリアっていう子だ」


「マリアか。よい名だ。この少女は貴様の仲間か?」

「いや、ぜんぜん、他人っ! ここさぁ、まっくらっしょ?」


「うむ。そうだな、ここはかんぜんな暗闇だ。それがどうした」

「だからさぁ。することないし話し相手になってもらってたんだぁ」


「ふむ。そうか。はなし相手がいてよかったな」

「だねっ! んじゃっ、マリア背負ってスタコラサッサだっ!」


 つま先で二回床を叩く。

 足元の空間がゆがむ。偽装をはぎ取ったのだ。

 床がくずれ落ち、通路があらわれる。


「隠し通路だ。行くぞ。勇者よ」

「行くって。どこへさぁ?」


 私が用意していた隠し通路だ。

 その出口はアジトへと通じている。

 追っ手にはこの入口を認識することすらできぬだろう。

 


「招待しよう、クロトカゲのアジトへと」

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