第21話『だまって、眠れ』

「あ、あれは、あの、雨雲はっ!……禁忌の魔法なのじゃっ!」


 王都の上空に巨大な魔法陣が展開。

 魔法陣から灰色の雲がどんどん広がっていく。

 まっとうな方法で防ぎきれるものじゃない。


「ルル、アレはどういう魔法だ」

「あの雨は、……命を奪う。敵も味方も、善も悪も、術師本人の命ですら」

「なるほど、無差別か」


 アイツは俺やルルを狙ってすらいない。

 文字どおり無差別に殺戮しようとしている。


 この雨雲の下にいるすべてが対象。

 この女の仲間の、シンですら。

 この場のあらゆるものが死に絶える。

  

「やるしかねぇ」


 魔法の雲は超上空。考えろ。

 ルルは空が飛べる。

 つまり、超上空の術式に直接触れられる。

 アンチマジックを直接流しこめば。あるいは。


「ルル、あのヤッカイな魔法陣をかき消せるか」

「わらわにまかせるのじゃっ! 雲が広がりきるのにはまだ時間があるのじゃっ」


「まかせた。俺はアイツをぶん殴る」

「りょーかいなのじゃっ!」


 手をかえ品をかえまるで手品師だ。

 なにを隠し持っているかわからない。

 長期戦は向こうの土俵。


「悪いが秒で決着だ。雷術〈演算強化〉」


 雷術を脳に使用。

 脳内の電気信号を制御、調整、増幅、加速。


 思考と身体を、完全に同期させる。

 よし、完全同期完了。

 負担はハンパないが、やむなしだな。


 地面を蹴り、雷の速さで間合いを詰める。

 新たな手品を準備するヒマは、与えねぇ。


「あら早い。 雷術の応用ですか。 厄介ですね。 ところでクロノさんもレベル上限に達したようですね。 この短期間にどうやってなったのか興味深いところですね。 はたしてそんなことが可能なのでしょうか。 不可解です。 気になります。 男子3日会はざればカツモクして見よという感じでしょうか。 いけませんねクロノさん。 女性蔑視ですよ。 まるで平民のような前時代的な考えです。 反省していますか。 でもクロノさんは平民なので仕方ありませんね。 さてなんで私がクロノさんがレベル上限に達したと気づいたか知りたいですか。 教えてあげましょう。 クロノさんの体のうごきを見ればそれくらいはわかりますよ。 なぜならクロノさんのことをなめるように見て目に焼き付けていましたから。 冗談ですよ。 あっそれとレベル上限だからといって油断しないでくださいね。 レベル上限は私も同じですので。 残念でしたね。 これでクロノさんの勝算はなくなりました。 あっそれと言い忘れていましたが私もクロノさんと同じように接近戦は多少の心得がありますよ。 神話級マジックアイテムで身体能力を強化していますし。 負ける道理はありませんよ。 クロノさんは平民とはいえ男性です。 このくらいのハンデは見逃してほしいものですね。 あっそれと聖女の法衣はからだの動きを隠すためです知っていましたか。 クロノさんも同じでしょうが。 似ていますね私たちは。 ところでクロノさんは黒が好きなんでしょうかクロノだけに。 いつも黒い服を着ていますよね。 好きなのですか黒が。 とても気になっていました。 クロノさんのまねして黒い法衣を着てみましょうかね。 ああ言い忘れていましたね。 実は私はクロノさんを男性としてお慕いしていました。 そう言ったら信じてくれますでしょうか。 突然の告白です。 嘘ですけど。 でも良いですよね身分違いの恋。 卑しい平民のクロノさんと人々の頂点にたつ大聖女の私との許されざる恋。 とても倒錯的だと思いませんか。 想像しただけで吐きそうです。 さてここまで情熱的なアプローチをされたら心ない非情なクロノさんとはいえ私に対して情のようなものが芽生えてきませんか。 手心をくわえていただけることを期待していますよ。 自分に好意を持っていると知ったら甘くなるのは人として当然のことですし。 恥ずかしがらなくてもいいですよ。 さてクロノさんと語りあうのがたのしすぎてどこまで話したか忘れてしまいました。 私がどこまで話していたか教えてくれますか。 あっやっぱり大丈夫です思いだしましたから。 頭がよすぎますね私。 ところでクロノさんは私が何の武器も持っていないと思いましたか。 甘いですね。 淑女のたしなみとして護身用武器も隠し持っています。 法衣の中に。 どこに隠しているかまでは教えてあげられませんが。 よければ当ててみてくださいね。 そんなにじろじろみないでくださいクロノさん。 はしたないですよ。 まるで畜生ではありませんか。 魔族の子が見ていますよ。 でも本当はそんな便利な武器は存在しないのかもしれませんね。 クロノさんを近づけないようにするためについたハッタリかもしれません。 クロノさんはどう思われますか。 あっそれと私の武器は毒に完全耐性を持った相手も即死させる毒の刃です。 触れれば苦しみながら死ねますよ。 あの魔族の子が調子にのって近づいてくれれば確実に殺すことができたのですが。 なかなかうまくはいかないものですね。 かけひきやだましあいは苦手です。 なぜでしょうか。 かけひきということでしたら本当はシンさんとクロノさんを殺す予定だったんですよ。 どうせこれから死ぬのでしょうから冥土のみやげに教えてあげましょうか。 シンさんとクロノさんの隣にでも私の替え玉の死体を置けば完全犯罪になりますからね。このあたり一帯の目撃者を魔法の雨で無差別に皆殺しにすれば私が疑われることはありませんから。 まさに死人に口なしですよ。 ティアーレインで証拠もすべて水に流せますし。 ここは屋外でありながら完全密室です。 密室には鍵も部屋も必要ありませんよ。 探偵と犯人すら必要ありませんね。 必要なのは死体だけですよ。 これが真の密室殺人ですよクロノさん。みなさんの 死体だけが残り目撃者も証言も存在しません。 真相は永遠に闇の中です。 ですが残念ですね。失敗してしまいました。 なかなか難しいものです。 さてさて。 なかたがいをしたとはいえかつては同じパーティーの仲だったじゃないですか。 このような命をうばいあうようなことになったのは悲しいことだと思いませんか。 なぜこのようなことになったのでしょうか。 少なくとも私には心当たりがありませんね。 となると消去法でクロノさんのせいでしょうか。 運命のようなものを感じます。 まるで赤い糸のような。 少し詩的にすぎましたかね。 さてここでクロノさんにちょっとしたお願いがあるのですが。 聞いてくれますか。聞いてくれますよね。 クロノさんと私の仲ですものね。 戦いの中のどさくさにまぎれて私だけを見逃してくれませんか。 大丈夫シンさんにはまったく気づかれていませんよ。 魔族の子にも。 そうですか駄目ですかわかりましたそうですよね。 暗器です」


「付け焼き刃だ。だまって、眠れ」


 顔を掴み、雷術により脳に電流を流し込む。

 ビクッと強いケイレン。

 問答無用で身体の制御を奪い取った。


 片手で持ちあげ、そのまま地面に叩きつける。

 石だたみがくだける。意識を失ったようだ。


「加減はした。ギリ殺さない程度に、だがな」


 コイツの脳に高圧の電流を流した。

 脳に損傷を負ったかもな。

 悪いがそこまで手心を加える余裕はなかった。


「こっちもそれなりにリスクは負ってるからな」


 問答無用でいち早く動きを止めなければ。

 理屈じゃない。本能が警鐘をならしていた。


 セーラの背後にいる連中を白状させなきゃならない。


 まず、この女の強さが、ありえない。

 AとかSとか、そういう次元じゃない。

 当然、俺が知っているセーラの強さじゃない。 


 なにかがおかしい。

 なんでそんな力を持っているのか。

 なにか、裏があるはずだ。


 だが、俺は尋問のプロじゃない。

 あとの処分はその道の一流に任せる。


「さて、次はおまえだ。シン」

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