第9話 うさぎ国の憲法 🐇





 いまから70余年前。

 争いが苦手なはずの兎の国は、熊や狐、狸などの列強国と戦争をしていました。


 というのも、古来より兎は「月に棲む」だの転じて「玉兎ぎょくと」(月の象徴)だの「山の神」だの「再生のシンボル」だのと煽てられて舞い上がっていたからです。


 むろん、森羅万象に働く陰陽の法則がこの場合にも当てはまらないはずがなく、『イソップ物語』や『不思議の国のアリス』では不本意な役割を与えられたり、「三月兎」(=クレイジー)などと不名誉な呼び方をされたり、とある国では十二支の「」を猫に横取りされていたり……とさんざんだったのですが、井の中の蛙、変じて島国の兎の狭い視野から、いつの間にか傲岸不遜に陥っていたのです。

 

 かくて、15年もの長いあいだ、無為なだけの戦争をつづけた結果、列強諸国に敗れた兎の国は、大人も子どもも生きる方途を見失い、途方に暮れておりました。


   

                  ☪



 とそこへ識者から提示されたのが、戦勝各国の優れた考え方を参考に、兎国独自の文化風土も十分に加味してオリジナルな文言を加えた「兎国平和憲法」でした。


 その条文には、戦争の放棄を筆頭に、法の下の平等、選挙権の平等、男女平等、思想・良心・信教・表現の自由を明記した「基本的兎権」が掲げられていました。



                 ◇◆◇



〇およそ兎国の国民は、すべての基本的兎権を妨げられることなく、だれにも侵すことのできない永久の権利として、現在および将来にわたり全国民に保障される。


〇すべての国民は、個人として尊重される。


〇すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。



                 ◇◆◇



 こうして全国民が一度しかない兎生を安心して謳歌できるようになったのです。

 正体不明の感染症が流行中の現在も、基本的兎権はもちろん保障されています。


 めでたし、めでたし。

 のはず、ですよね?


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