第5話 大統領になったお妃さま 👑





 物心ついたぼくの初めての記憶は茶色のテントが連なる難民キャンプ地だった。


 黒髪に水色のヒジャブを巻いた母さんは、生後まだ半年にもならない妹にお乳を飲ませながら、「これから、どうしたらいいんだろうねえ」と途方に暮れていた。


 父さんは、粗暴な反政府勢力HRに連れ去られたまま、行方がわからなかった。


 ぼくの内に戦争の記憶は残っていなかったが、わずかな物音にも異常なほど怯えやすいのは、生まれたときから弾丸が飛び交い、街が破壊され、人びとが殺される環境にいたからだと母さんは言う。そういう母さん自身とびきりの怖がりだった。

 

 

                  ⛺

 

 

 1日に1食よくて2食。それも堅いパンと具の入っていない冷たいスープだけ。喉が渇いても、バケツに溜めておいた雨水を飲むしかない。そんな暮らしから救い出してくれたのは、HRに見つかる危険をおかして来てくれた母さんの弟だった。


 海の向こうの東の国に友人が住んでいて、ぼくたち一家を匿ってくれるという。


 夜汽車の貨車に忍び込み、真っ暗な海に木の葉のようなボートを漕ぎ出し、さらにまた貨車やトラックやボートを何度も乗り継いで、ようやく東の国に着き、叔父さんの友だちに巡り会えたとき、ぼくはもう、一生、旅行をしたくないと思った。

 

 

                🌙

 

 

 母さんと同じ髪や目の色をした東の国の人びとは、みんなとても親切だった。


 テントの代わりに目も眩むような高層ビルが建ち並ぶ大都会で、ぼくたちは救援活動団体の支援を受けた。母さんがホテルの清掃で働いているあいだ、ぼくと妹は保育施設で世話をしてもらい、生まれて初めて安心して眠るということを知った。



                 ☆彡



 だが……そんな日は長くつづかなかった。手続きがうまくいかなかったとかで、このままでは、遠からずぼくたちは祖国へ強制送還されてしまうことになった。


 何とかこの国に住めるように、支援団体の人たちが一所懸命に駆けまわって交渉してくれたが、法律という壁のためどうしてもうまくいかないということだった。

 

 

                 🍃

 

 

 そのとき、だれも予想していなかった大事件が勃発した。($・・)/~~~

 王族の立場を放棄したお妃さまが、折からの大統領選に立候補されたのだ。


 美しく聡明で人柄の高潔なお妃さまは、国民から絶大な信頼を得ておられた。

 かたや、自分の利益しか考えない世襲の政治家たちは愛想を尽かされていた。


 大統領に就任された元お妃さまは、王さまの絶対的な後援もあり、それまで国民が忌々しく思っていながら実現できなかったことを矢継ぎ早やに改革していった。


 祖国へ送返されても行き場のない外国人の非人道的な問題もそのひとつだった。

 ぼくたちは希望すれば国民の資格を得て、永久にこの国に住めることになった。

 ぼくは大きくなったら、父さんや母さんの弟を探し出して一緒に暮らすつもり。

 

 大統領になってくださったお妃さま、ありがとうございます!ヾ(@⌒―⌒@)ノ

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