若き現場監督の悩み
2121年5月20日「久しぶり。元気かい?なかなか連絡できなくてごめんね。新しい職場が福岡に近くてさ、ついでに帰ってきたんだ。今は現場監督をしてるんだ。やっとここまで来たって感じだよ。隕石の撤去作業をしてた頃が懐かしいよ。あの石のおかげで俺みたいに仕事に困る人はほとんどいなくなったし、レーザーの普及で作業効率はめちゃくちゃ上がったし。少し事故は増えちゃったんだけどね。ほんとに神様の贈り物なのかも。なんてね、また連絡するよ。愛を込めて ゴウ」
5月27日「やあ、今日でここへ帰ってきて一週間が経ったよ。久しぶりに友達と会って飲みに行ったんだ。皆何も変わってなくて安心した。カケルはどこで何をしてるんだろうな。あいつが親父から受けてた虐待、全員が知ってたんだけどあの頃は大人が怖くて何もできなかった。あいつのことだ、きっと今もどこかでしぶとく生きてると信じてる。今だから話したいことがたくさんある。じゃあまた。愛を込めて ゴウ」
6月3日「そろそろ新しい環境にも慣れてきた。隕石の撤去工事と比べたらどれも大したことないんだけどもう歳だな、37にもなると体の節々が痛いんだ。僕でしんどいんだから作業員はもっと過酷なはずだ。もう少しうまく時間を使ってやりたいがこればかりはしょうがない。ずっと動けるような逞しい筋肉が欲しいよ。でもきっと君は変わらず美しいんだろうな。会いたいよ。 ゴウ」
6月10日「今朝大量の隕石のかけらが現場に運び込まれてきたよ。近くの工場で最新型スマートフォンを同時生産するそうだ、まったく上の人は何を考えてるんだか。今はAIビルの建設で手一杯なのに、そっちに人員を回せるはずがないじゃないか。こりゃ隕石を撤去する方が楽かもしれないな。 また連絡する。 ゴウ」
6月25日「今日は久しぶりのオフだったよ。居酒屋で隣に座ってた人が教師だったんだ。歴史専攻の彼女はとても面白い話をしてくれた。なにしろ勉強はまるっきりしてこなかったからね。昔は携帯電話って言ってスマートフォンは持ち物だったんだって。目を閉じて想像するだけでなんでもできるのに、わざわざ手に持ってたなんて昔の人はさぞ苦労してたんだろうね。まぁテレビも電気も今じゃ専属AIに命令すればなんでもできるけど隕石が落ちる前は手動だったし、そんなもんなのかな。君は知ってたかい? ゴウ」
7月18日「冷却システムに切り替える時期がやってきたね。毎年この時期になるとヒヤヒヤするよ。まさか自分の体が取り外し可能になるなんて、本当にすごいよ、あの岩は。取り外す位置が背中の、手が届きにくい場所っていうのが難点だけどそれで得られる涼しさは何ともいえない。ブルーカラーにとっては必需品だね。あと、これから工場の作業にもっと力を入れることになった。ビルの完成が程遠くなったよ、怒られるのは僕なのにね。ほんとうにおかしいよ、この前爆発事故が起きたばっかりじゃないか。人手不足を解決しないとまた死者が出る。そんなことさせないために工場の生産管理も僕が引き受けることにしたよ。大変だけど命を守ることを考えたら安いもんさ。なにより君ならやれって言うだろ? 愛してるよ ゴウ」
7月31日「まさかこんなことになるなんて。爆発が起こってしまったよ。僕がいながら本当に申し訳ない。生存者は僕だけのようだ。さっきまで聞こえてきたうめき声が消えた。僕自身、長くは持たないだろう。あたりは黒い煙で何も見えない。口がパサパサする。岩のかけらがたくさん入ったみたいだ。最後に君の顔を見たい。いや、死んだら君に会えるか。でも僕は死後の世界なんて信じちゃいないから君に会えるなら今会いたいな。墓の前で言ったことは君に実際に話したかったよ。君と会話がしたい、君と触れ合いたいよ。」
「私も会いたかったわ、ゴウさん」
白い煙が目の前を包み込んだ。
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