第54話 番外編:九官鳥

「もし良かったら、山中志桜里さんについてお話聞かせてもらえませんか」

 彼から電話がかかってきたのはあれから何ヶ月かたってからのことだった。

 たった数ヶ月前のことなのに、私が志桜里として彼と期間限定の恋人としてデートしたことははるか昔のことのように感じた。


 待ち合わせに指定されたのはもちろん、あの公園の近くの喫茶店だった。


 蔦の絡まるレトロな喫茶店は、時計がいくつも飾られ、まるで時間が缶詰にされているかのような雰囲気がただよっていた。ここでゆっくりしていても、外にでたとき世界から取り残されることがないような妙な安心感のある場所で私はこの場所が気に入っていた。


 喫茶店につくと、いつもの決まった席の上に鳥かごが置かれていた。

 なかなか大きなもので、オブジェかと思っていたのだが、マスターにきくと「本物です」と言っていた。

 鳥の居ない鳥かごの意味することはただ一つだ。


 だから私はいつもの席にこだわらずに、邪魔にならなさそうな席をさがして座った。

 座る場所が変わると景色も違って見えた。


 ほら、いつもは鳥かごのせいでみることが出来なかった飾り棚なんかが見える。


 マスターが厨房にはいっているあいだに、わるいと重いながらもものめずらしくてつい飾り棚をのぞいてしまう。

 今はあまりないような、硝子の引き戸の棚だ。

 辞書やら小物なんかがならべられていて、面白い。

 その棚には一羽の鳥の写真が置かれていた。


 青くて綺麗な鳥が、鳥かごの中で首を傾げている。


「それ、家の娘なんですよ」


 振り向くとマスターが後ろに立っていた。

「よければ、もっとよくみてやってくださいよ」そういって、硝子戸をガラガラと音を立てて引っ張ると、埃と時間の匂いがした。


「娘さん……ですか?」


 私はどこかに、ちいさな女の子でも映ってないかなと写真をひっしにめをこらしてみるけれど、映っているのはやはり鳥だけだった。

 どう反応すればいいのだろうかと困惑していると、マスターは写真立てを手にとって、鳥かごのところまでもっていった。


「ああ、こんなに埃だらけになっちゃって」と独り言をいいながら。

 そしてマスターは、話し始めた。

「この子ね、「キューちゃん」って言ってね……」

 まるで嘘みたいな物語だった。

 この店の看板鳥だったとか。近所の人の命を助けたとか。金の卵を産んだとか。

 マスターは普段無口なのが嘘みたいに話がうまかった。

 私が物語をききおわって感心してため息をつくと、「全部うそですけどね」マスターはそう付け加えた。

「うちは飲食店ですから、もとから鳥なんて飼ってないんですよ」

 そんな風にあっさりとネタばらしをする。


 私がなんていっていいか分からずにかたまっていると、ドアベルがごりごりと錆びた金属がこすりあわさる音をたてたと思ったら、彼がやってきた。

 私が長いこと欺していた彼だ。


 一体、私はどんな顔をして彼にあえばいいというのだろうか。

 急にわからなくて、固まった。

 そして、固まっている私をよそに、マスターはアキラ君にも同じような話をした。


 すると、アキラ君は笑った。

 怒るどころか笑ったのだ。


 ああ、こんな風に笑う人なら大丈夫だ。

 私はその顔をみて一気に緊張がとけた。


「ずっと、だましていてごめんなさい」


 私はやっと彼に自分自身として謝ることができたのだった。

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