第55話 番外編:シオリの家でデート

「ごめん。待った?」

「いいや、ぜんぜん」


 うわっ、デートっぽくないか? デートっぽいよね?

 本当は結構、待っていた。だけれど、それはシオリが遅れてきたとかではなく俺が早く来すぎていたのだ。


 はじめてのデートといってもいいのではないだろうかこれは。

 俺たちはあれから、何度か志桜里のことを話したり、前のように一緒に遊んだりするけれど、休日をまるいちにち使う正式なデートはこれがはじめてだった。


 ちょっと、緊張してしまった俺は早めに準備を済ませていた。早めに準備しても本屋やカフェで時間をつぶせば良いのだけれど、なんとなくそわそわして結局三十分も前から待ち合わせ場所にきてしまっていたのだ。


 どっかの英語の長文読解で日本では待ち合わせより早く行くのがよしとされているけれど、海外では早く行くのは遅れてくるよりも失礼みたいな文章を読んだことある気がする。

 早すぎるのも相手の都合があるのだからという理由だったと思い出したので俺は全然、待っていないことにする。


 そんな俺に比べて、シオリは今日はちゃんと時間通りにやってきた。


 シオリは可愛かった。

 普段の制服姿もすごくかわいいのだけれど。

 うすいシフォンのクリーム色のミニワンピースに、ベルベットの苔のような色のボレロ。つややかな黒髪はきっちりとしたみつあみをやめて、ゆるくハーフアップにまとめられていた。

 最初にであったときとは違うタイプの服だけれどすごくかわいかった。


 学校の制服のような優等生っぽい格好とはテイストが全然違う。

 けれど、シオリの愛らしい笑顔はいつもどおりだし、カラコンなどもしてないし、化粧もどちらかというと派手というより女の子らしい色でまとめられているせいか、すごく似合っていた。

 って、こんなこと心の中でいってるんじゃなくて、デートならほめなきゃ。ちゃんと言わなきゃ。


「はっ、シオリ……」 


 しまっっつっっっっった、ちょっとどもった。

 だけれどシオリは首を傾げてこちらを見つめている。やばい。可愛い。流

 せっかくこんな可愛い子を独り占めできるのだ。

 ちゃんと言わなきゃ。

「今日の服、すごく似合ってて可愛いね」

 俺の意気地なし。

 本当はシオリを可愛いっていいたかったのに、俺はわざと可愛いともとれるいいかたをした。

 シオリは服についてはかわいいって自信があったのか、 


「ありがとう」


 シオリとの街めぐりは楽しかった。

 ただの見慣れた景色もシオリと一緒だと輝き出す。

 しかも、その輝いている風景を俺が写真に収めることができるのだ。彼氏の特権だ。


 カメラ越しにシオリは俺に笑いかけてくる。

 これって、本当……青春の一ページって感じがする。

 俺が青春の一ページをムシャムシャとヤギのように咀嚼していると、シオリはちょっと恥ずかしそうに囁いた。


「ねえ、アキラ君。お腹すかない?」

「ああ、そうだね。何か食べたいものある??」

「うーん、とくには思いつかないなあ」

「じゃあ、ここなんてどうかな」


 これ幸いと俺は下調べしていた店の情報をシオリに見せる。お洒落で女子が好きそう、でもリーズナブルな店。探せばあるものだ。

 普段は放課後ファミレスなんかで済ませてしまうことが多いけれど、小さなカフェだったりするとファミレスと変わらない値段でこじゃれた木製のプレートにのったランチが食べられるらしい。


 世の中の仕組みがよく分からない。ファミレスって徹底的にコストカットしてあの低価格を実現していると思っていたのに、それと大して変わらない値段でお洒落ランチが食べられるなんて不思議だ。


「わあ、かわいい!」


 シオリはカフェに入ったとたん歓声をあげた。

 確かに、カフェの内装は女子に言わせれば可愛いのかもしれない。木の温もりが感じられるテーブルに、席ごとにことなる椅子やソファーはあたたかな色をして、座面の色にあわせた小さなクッションが置かれている。


 壁にはドライフラワーやちょっとした絵や古い映画のポスターみたいなものが飾られている。そして、店の端には飾り戸棚が置かれていて、その中には小さな人形やらドールハウス用の家具なんかが飾られていた。


 コーヒーとパンの焼ける匂いと、あとなやら爽やかな匂いがただよっている。

 ここだけ空気も特別製なんじゃないかと思うくらい、他とはちょっと違う特別な空間だった。


 シオリはスープランチ、俺はカレーを頼む。

 スープランチはあっというまにでてくる。カンパーニュと呼ばれる固そうなパンの薄切りとジャムにバターが木のプレートに、そして野菜がたくさん入ったスープが温かい赤い色のマグカップに入れられて運ばれてくる。映画に出てきそうな食べ物だった。


「さきに、食べててよ」


 シオリが気をつかって、せっかくの温かいスープが冷めてしまわないようにすすめる。

 だけれどシオリは、


「私、猫舌なんだ」


 といってわらったあと、「ほら」といいながら舌を出して見せてくれた。正直、見ただけじゃ猫舌かは分からないし。猫舌って単にその人の特性というより舌の使い方の問題ってどこかで読んだ。


 だけれど、ぺろっとだしたシオリの舌は湿っていて、ミルクを舐める子猫のもののように健康なピンク色をしていて、不思議とエロチックだった。

 結局、俺のカレーが運ばれてきてから、一緒に食べ始めた。


 カレーはグリーンカレーだった。たっぷりとしたボールにすごくおおらかにカレーとご飯、そしてグリルした野菜が盛り付けられていた。

 辛いし、思っていた家で食べるような欧風カレーとはまた全然タイプが違うけれど、すごく美味しかった。


 でも、からい。ついつい水をがぶ飲みていると、気づくとシオリは店員さんから水のピッチャーを預かってきてくれていた。

 よく小さな喫茶店においてある透明でちっちゃいイタリア製のグラスのなかにシオリはトポトポと水を何度もかいがいしく注いでくれた。


 ああ、シオリは優しいなあ。


 男だったら勘違いして惚れるやつ続出だ。うちの学校になんかきたらきっとモテて大変だろう。


「なあに?」


 俺の考えにも気づかずにシオリはにっこりとこちらを向いて微笑む。


 無言が続く。

 思い返してみると、学校という場所はとても便利だ。

 同じ属性の同じ年の人間の集まりなのだから。

 話題はたくさんあるし、話題がなくてもすぐ隣から情報が飛んできたりする。

 次から次へと情報と人が行き交うけれど、それは自分たちを中心としたすごく狭くて濃い世界なのだ。

 いつものまちなのに、こうやってぽんと放り出されると途端に会話が難しくなるのは当然なのだ。

 別な学校に通う女の子と付き合うってそれだけで会話難易度があがる。

 緊張しすぎだった。


 学校の課題のこと、先生のこと、駅前に入る新しいカフェの噂。

 そんなありきたりで、何時も話している内容を投げるといつも通りの会話になった。

 もしかしてシオリも緊張していたのだろうか。


 会話が続くとお互いの緊張もほぐれて会話もいつもどおりにスムーズになっていった。

 シオリはやっぱり俺が可愛いといったのではなく、シオリの可愛いといっていると思ったらしく、服のことを話してくれた。

 シオリの服はストリート系の洋服屋のものらしい。かなり昔からあるらしくて、俺たちが生まれる前からあるブランドらしい。流石に高校生。若い女の子のためのブランドでもそこそこ値段がするらしい。さすがお嬢様だ。


「だから、古着とかも探してきているんだよね。」ってシオリはぺろりと舌をだしてちゃめっけたっぷりに教えてくれた。

 もっているハート型のバッグもそのブランドのものでバッグのロゴを見せてくれた姿も無邪気だった。


「可愛い系も、格好いい系もあって好きなんだー。同じお店のものなのに、組み合わせによってぜんぜん違うファッションにみえるの」


 シオリは楽しそうに話す。

 ああ、こんな風ならばよく女の子の買い物に付き合わされて疲れるなんていうけれど。このシオリの笑顔や楽しそうな顔がみられるなら、何時間でも付き合いたい。



「ねえ、私の家。この近くなのよっていかない?」


 一通り予定していた通りの場所を周り終わったあと、シオリは俺にいった。

 公園のベンチでコンビニで買ったコーヒーを飲みながら休憩しているときのことだった。


 俺は見栄をはってコーヒーのブラックを傾ける。しかし、苦い。香りはいいけれどこんな苦いものをなんで好んで飲むのだろう。

 みんな飲む振りをして、香りだけ楽しんでいるんじゃないのか。横をちらりとみると、シオリはカフェラテのカップを両手で包み込むように持って、「ふうふう」と言いながら冷ましている姿が小動物めいていて可愛かった。


 えっ? どういうこと。これってラッキーすぎないか。

 偶然とはいえ、こんな素敵な女の子とであうことができたなんて、俺の人生の運をすべて使い果たしてしまったのではないかと不安になる。


「いや、遅くなってきたし、そろそろ暗くなってきたから……」



 ああ、シオリの部屋見たかったな。

 きっと女の子らしくて可愛いんだろうな。シオリからときどき微かに香る花や果物が熟したみたいな匂いを思い出す。シオリの部屋ならあの香りがもっと強いんだろうななどと変態じみた想像をしてしまう。


 せめて、家の前まで送っていこうか。いやー、でも断っておいてそれは不自然かもしれない。

 俺が悩んでいるうちに、シオリはあっさりと切り替えて、


「じゃ、帰ろっか」


 といって、立ち上がったときのことだった。

 シオリは急にふらりとバランスを崩してよろけたのだった。

 俺は慌てて、シオリを支える。


 あっ、と思ったときには遅かった。

 シオリ自身は無事だったが、シオリは手に持っていたカフェラテのカップを落とす。流石にシオリをとっさに支えることはできても、カップまでは手が回らなかった。


 世界がスローモーションになって、コーヒーのカップが落下して中のコーヒーとミルクの混合物が、ゆっくりと地面にたたきつけられて、跳ね返ってくるのが見えた。

 にごった水が土に飛び散り跳ね返り、シオリと俺に襲いかかってくる。まるで映画のワンシーンみたいだった。

 死の直前に迫り来る敵が襲いかかってくるのが見えるみたいな。


 まあ、俺たちは死なないし、襲いかかってくるのは単なるカフェラテだ。シオリがふうふうと可愛いピンク色の唇をすぼめて冷ましていたおかげでそんなに熱くない。

 だけれど、シオリの服と俺の服は無事じゃなかった。ついでに俺の腕も。そんなに熱くは感じなかったけれど、シオリは泣きそうな顔で。


「ごめんね」とあやまる。


 俺の腕の中で。


「それより、大丈夫か?」

「なんか急にふらついちゃったみたい。貧血かな」


 そういって、シオリは心なしか青白い顔で弱々しく微笑んだ。


「家まで送ってくよ」

「でも……」

「途中で倒れたりしたら大変だろ?」


 そう言うとシオリはおとなしく頷いた。

 シオリの家までの道のりは具合が悪いのか無言が続いた。


「うち、ここなんだ。」


 シオリの家は、家というより屋敷というのがぴったりな風貌をしていた。西洋風な屋敷。子どもの頃だったら、お城みたいって思うくらい大きくて、屋根がとがっている。

 高い壁に囲まれている。歴史とか美術とか建築にくわしくないのだけれど、明治時代とか大正時代に建てられたんじゃないかと思うような本当に外国の建物を真似して建てたみたいなお屋敷だった。


 きっと扉をあけると、そこには玄関ホールがあってピアノや家族の肖像がや古めかしいソファーが並んでいる。玄関ホールから続く絨毯の敷かれた階段。

 まるで映画の中みたいだ。

 暖炉に、東屋にステンドグラス。


「ねえ、やけども心配だし、よっていって。ね?」


 門を開けながら、シオリは俺に懇願する。

 ここまでされたら断ることができない。

 俺はシオリの家に足を踏み入れた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「ただいま、畠山さん」

 お手伝いさんらしき人がでむかえてくれた。

 俺はそういう家にきたのは初めてなのでどうすればいいかわからないで立ち尽くした。

「アキラ君、ようこそ! いらっしゃいませ」


 シオリは家にはいると、振り向いて、スカートの端をちょこっと摘まんでお辞儀をした。


「ちょっとメイドさんっぽいな」


 っていったら、


「お嬢様のつもり」


 とシオリはちょっと頬を膨らます。

 いつもより少しだけ子どもっぽい。もしかしたら、気をゆるして素を見せてくれているのかもしれない。

 あ、でもシオリはここに住んでいるのだから、「つもり」ではなくリアルにお嬢様なのではないだろうか。


 シオリの家は外観に違わない予想通りの内装だった。

 扉をあけると、そこにはエントランスホール。

 真ん中には手すりを滑り降りたら楽しそうな広い中央階段。

 階段の踊り場の中央には大きな肖像がか飾られている。



 シオリによく似ているけれど、シオリと比べるとちょっとだけ大人っぽいような気がした。それに来ている服がちょっとシオリと違う。

 真っ白なワンピースを来て微笑んでいる。

 シオリにそっくりということで相当な美人だった。


 俺が唖然としていると、シオリは俺の手を引いて階段を上る。


「服。汚しちゃったの洗わなくちゃ」


 そういって、洗面所というよりバスルームという言葉がぴったりな場所につれてかれる。

 猫足のバスタブまである。


「ほら、服を脱いで?」


 シオリはそう言いながら、俺の行動を待たずに俺のシャツのボタンを外す。


「は、シオリ……ちょっとまって」


 俺は慌ててシャツの前を抱き合わせる。


「あれっ、えっ。ごめん……」


 シオリは俺の反応をみて赤面する。おそらく、ただ、汚れた服を綺麗にしてくれようとしただけで、俺が戸惑った理由のようなことはまったく頭になかったのだろう。

 俺はボタンをはずされたシャツをもてあます。

 さっきは慌てたけれど、よく考えたらこのシャツの下には下着代わりのティーシャツを来ている。俺はシャツのボタンを全てとって脱ぐ。


「洗濯、お願いしてもいい?」


 俺がそういってシャツを差し出すとシオリはにっこりと笑った。

 可愛い。花がさいたような笑顔だ。


「もし良かったら、全部脱いでお風呂入っていたら?」

「えっ、あっ、おう」


 俺はちょっとよく分からないまま、その有無を言わさない微笑みの圧力にまけて、服をぬいだ。もちろん、今度はシオリの目の前ではない。

 シオリは俺の服をすべて預かると「洗濯してくるね」といって、どこかに去って行った。

 猫足のバスタブに金色の蛇口をひねってお湯をためる。


 なんだか奇妙な感じだった。すごく綺麗だけれど、掃除とか大変そうだな。

 ああ、でもこんなに大きい家なのだからお手伝いさんとかいるのだろうか。

 俺はぼんやりと考え事をしながら、いつのまにかこの不自然な状況に慣れていった。


「アキラ君、入ってもいい?」


 どれだけの時間がたったのだろうか。シオリは俺が返事をする前に、

「入るねー」といって入ってきた。

 入るって、まさかシオリも一緒に風呂に入るつもりだろうか。

 まあ、確かにシオリだって服が汚れていたし、シオリの家だし、二人で入った方が無駄がないかもしれない。

 だけれど、それはちょっとやばい。

 いや、だって、俺だって年頃の男の子だし。一瞬たりとも、シオリの裸を想像しなかったといえば嘘になる。


「着替え置いておくね」


 磨りガラスの向こうにシオリの影がみえる。

 なんだ。入ってくるというのはそういうことか。俺は残念な気持ちとほっとした気持ちが入り交じり、恥ずかしくなって、湯船の中に沈んでいった。


 着替えと言っても、シオリの家には家には男兄弟はいないらしく、脱衣所に置かれていたのはバスローブだけだった。

 バスローブってなんだか、富豪っぽくて自分には似合わないと思いながらそでを通すと、やわらかくて肌触りがよかった。


 でも、下着もなにもかも洗濯されてしまって、支給されたのがバスローブ一枚というのは、バスタオルを巻いているだけよりはマシだけれど心許なかった。


「洗濯ものが乾くまで、お茶でも飲んで」


 シオリに案内されたのはダイニングというのだろうか。大きなテーブルと椅子がならんだ部屋だった。

 シオリはティーセットを乗せたお盆を運んでくる。

 慣れた手つきでシオリは紅茶を淹れる。


 茶葉の入ったポットにお湯を注ぐと、そこで砂時計をひっくり返す。

 すごく静かな時間だった。

 砂時計の砂が全て落ちると、シオリはポットを傾けてトポトポと琥珀色に輝く液体をカップに滑らかにそそいでいく。

 一瞬で部屋の中がオレンジっぽい良い香りに包まれた。


「召し上がれ」


 そういって、俺の前にカップが置かれた。

 美味しい。なんか家で飲む紅茶とは全然違った。薫り高くて、滑らかで、なんというかお酒は飲んだことないのだけれど酔ってしまいそうな。全身に紅茶の香りと温かさがじわーっと広がっていくような不思議な感覚だった。


 よくよく見ると、手元のカップもすごく華奢で飲み口の部分が薄く、まるでそれ自体が一つの芸術品のようだった。この家の状態からするともしかしなくても、年代物の高価な品であることは間違いないだろう。

 ちょっと、割ってしまったりしないか怖くなる。

 弁償できない……。

 俺がカップをまじまじと見ているのをシオリはなにか勘違いしたらしい。


「甘いほうがよかったかな?」


 そういって、小瓶を取り出して、注いでくれた。瓶の中は不思議な透き通った赤色をしていた。


「はちみつ漬けのイチゴと薔薇だよ。わたしのお気に入り」


 そういって、ほほ笑んだ。

 一口のんでみると、甘い。ああ、シオリのにおいだ。

 シオリの甘いにおいの招待はイチゴと薔薇だったのか。

 甘くて上品でやさしい春の香り。

 ああ、これからはきっとイチゴと薔薇を見かけるたびにシオリを思い出すのだろうか。


「よかったら、サンドイッチもたべて」


 そう言ってシオリは大皿をの上を進めてくる。

 紅茶にサンドイッチなんてさりげないのに、この屋敷の雰囲気とかいかにも上等そうな食器類のせいかものすごく気が利いておしゃれなものに見える。


 俺、個人の勝手なイメージの話だが、紅茶に合わせるサンドイッチといえばキュウリだと思っている。みずみずしい翡翠色の薄切りのキュウリが、耳を切り落として、そろえてすました顔の白いパンの間に収まっている。隠し味はマスタード。もちろん、パンが水っぽくなるのを防ぐために塗られるバターの厚さも重要だ。


 なんでこんなに詳しいかって?


 実は最近、俺は料理の練習をしている。今まで、シオリに作ってもらうばかりだったから、今度は自分でつくってみようと思ったんだ。目標はバレンタインに手作りのお菓子を詩織と志桜里にわたすことだ。知識ばかりでなかなか、まだ腕前は上達していないけれど。


 シオリのサンドイッチはパストラミビーフというのだろうか。黒コショウや香辛料がきいたスパイシーで高級なハムみたいなものが惜しげもなく挟まれていた。

 なんせ、パンより肉部分のほうが分厚いのだ。

 こんなに贅沢なものは見たことも食べたこともない。


「いただきます」


 そういって、手を合わせてからサンドイッチをかじる。

 真っ白なパンに、ピンク色の薄い肉が何層にも重なりやわらかいのにジューシーでスパイシーな濃い味が口のなかいっぱいに広がった。


「おいしい?」


 シオリは頬杖をついてにっこり微笑む。


「ああ、すっごくおいしい」


 俺が返事をするとシオリは満足そうに頷いた。


 なんかこうしているとちょっと、恋人同士とか夫婦みたいだ。

 目の前のシオリはお茶をいれてサンドイッチをつくるために花柄のエプロンをしているし、俺はなんだかバスローブ姿(パンツをはいていない)でくつろいでいた。


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