第52話 シオリの日記p1~
しーちゃんと別れたあと、俺はどうやって家に帰ったのかも分からない。
ただ、シオリを失ってからしーちゃんに出会うまでも抜け殻同然だったのだから、人間以外となんとかなるものなのだろう。
家に帰り、俺は自室に鍵をかけてしーちゃんから受け取った日記を開いた。
ただの紙の束の癖に、一瞬シオリの匂いがするような気がした。
一ページ目には涙のあとが滲んでいた。
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『今日、助けてくれた人がいた。
バスの中で倒れそうになっているところを、彼は手をつかんで支えてくれたのだ。その上、席まで譲ってくれた。
あのまま、立っていて倒れる瞬間とバスが急ブレーキを踏む瞬間が偶然一緒だったらと思うと、本当に彼に感謝してもしきれない。
あの時のお礼が言いたくて、そのあと何度も同じ時間帯にバスに乗ったけれど、彼にあうことはできなかった。
私にはもうあまり時間がのこされていないというのに。
最初はただ、お礼をいいたいと思っていただけなのに、気が付くと私はいつも彼のことを考えるようになっていた。
もしかして、これは一目惚れというものかもしれない。
子供の頃から、女子ばかりの環境でそだったせいだろうか。こんな小さなことで人を好きになってしまうなんて。クラスメイトたちが読む少女マンガのような恋なんてありえないと思っていた。
そんな一瞬で人を好きになるなんて。
だけれど、気が付くとバスにのったときだけでなく、私は街の中で常に彼をさがしていた。
「ただ一言お礼を言いたい」
自分自身に言い訳をしながら、私はいつのまにか心のなかに初恋を育てていた。
だけれど、私にはほとんど時間が残されていない。
もうすぐ、入院するのだ。
もう長くない残りの時間、好きなように生きたいそんな風に思うけれど、どうもそんな風にはゆかないらしい。
両親は、私に少しでも長く生きていて欲しいらしい。
親としては当然の願いだろう。
たとえ、病院で機械に繋がれて生命を維持しても一秒でも長く生きて欲しいと願うのは。
本当は自由に生きたかった。
今までできないことをするというより、何気ない日常を全力で楽しみたかった。
勉強と習い事ばかりではなく、放課後に寄り道をしたり、遊びにいったりそんな何気なくてありきたりのことをしてみたかった。
小さなころから習い事も勉強も大変だけれど、「大人になったときのために」と言われ両親の期待もあったので特に逆らうこと無く続けてきた。でも、いざこうやって自分の人生があとわずかとなったら私の人生ってなんて何もなくてつまらないものなんだろうと思った。
もっと、自由に生きたかった。
でも、親不孝な娘である私は親の希望である以上、おとなしく入院して、意識がなく機械につながれようと生き続けることになるだろう。
それだってたぶんそんなに長く生きることはできないだろう。自分でも分かるのだ。
せめて、彼にお礼をいってちょっとでいいから話してみたかった。
こんなこと誰にも言えない。
親友を除いては。
私が死んだらこの日記は親友にもらってもらうことになっている。万が一、両親に読まれたら大変だ。
こんなこと書かなきゃいいのかもしれない。
だけれど、もうすぐ死ぬって思うと、自分がこの世界から消えてしまうとおもうと、こわくてしかたないのだ。
でも、両親はもっとくるしんでいる。
わたしがこわいなんていってもなんの解決にもならない。
だから、わたしはきょうもよいむすめでいなければいけない。
つらい。くるしい。
わたしのじんせいってなんだったんだろう。』
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『流石に昨日の日記はちょっと調子にのりすぎた。なんというのだろう。天気もあるし、そういう気分の日もある。ちょっと小説のまねごとを書いてみたかった。
だって、正直日記って書くのだるいし。でもせっかく新しい日記を使うのだから一ページくらいちゃんとかきたい。ドラマチックにしたいとおもったの。真夜中で眠れない状態でかいたから随分痛い。まあ、一ページ目はきちんと埋めたんだから、あとは毎日適当でいいよね』
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『今日は詩織がお見舞いに来てくれた。
詩織に、私の初恋のことを話したら探してみてくれるらしい。
やっぱり、詩織は私の頼れるお姉ちゃんだ。いつも甘えっぱなしでごめんね』
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『例の男の子が見つかったらしい。さすが詩織だ。残念ながら、お礼を直接言いにいくのは私の体調的に無理そうだ。手紙でも書いて詩織に渡してもらおう。せっかくだからなにかお礼にお菓子でもつけたほうがいいかな』
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『最近、詩織が心配だ。やたらとお見舞いに来ては「なにができることはない?」ってきいてくる。本当にいいおねえちゃんだ。でも正直、昔から体が弱かったのである程度あきらめがついている。できれば、死ぬとき痛くないといいなあって』
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『ふと気づく。たぶん詩織が妙にやさしいのは、この日記を読んだからだ。最初に日記をかいたあとに挟んでいたブックマークが移動している。たぶん、盗み見るとかじゃなくて、偶然開いて読んでしまったのだろう。たぶん、一ページ目だけ。だからあんなに気をつかっているのだ。どうしよう。いまさら、あれは本音じゃないなんてわざわざいえない』
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『いいことを思いついた』
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『最近やっぱり、詩織がおかしい。やたら涙もろい。おいおい、死ぬのは私なのにどうして詩織がそんなに泣くのか。幼馴染としてずっと一緒に育ってきて詩織がずっとお姉さんのように面倒をみてきてくれたけれど、詩織だって弱いところがある。私が死んだ後どうするのか心配だ』
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『私が死んだ後、詩織を支えてくれる人がいればいいのに。心配で死にきれないじゃん。どうせなら、詩織はこっちのページを目撃したほうがいいのに。まったくブックマークのずれなどないので、たぶんこの日記を読んでいる人はいない。別にいいのに』
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『最近、詩織があまりにも元気がないのでちょっと悪戯をすることにした。まあ、こんな体じゃできることも限られているけれど。本当、ずっと病院にいるなんて退屈だ。』
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『詩織に悪戯をもちかけると嫌な顔をされた。まあ、私の振りをしてバスで助けてくれた男の子にお礼をいってきてなんて普通に考えたらやらないかー。結構、面白いとおもったんだけど。』
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『もう一度、詩織に悪戯をもちかける。今度は、私はあの男の子のことが忘れられない。初恋かもしれないって言ったら、詩織は渋々だけれど、一回だけの約束で引き受けてくれた。よっしゃ、なにかやり方考えなくちゃ。』
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『簡単にプランを立てた。今はネットでなんでも売っている。ものすごく小さなカメラとか、イヤリング型のイヤホンマイクとか。まるで子供のころに読んだスパイ小説みたいだった。面白いので買ってみた。ついでに私の髪の色にそっくりなウィッグも。うーん。気分はスパイ。すごくワクワクする。前の詩織だったら、こういうことも笑ってくれたけれど、今の詩織はどうだろうか。笑ってくれなかったら、詩織の将来をちょっと心配すべきかもしれない』
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『詩織は引き受けてくれた。あっさりと。っていうか、すごくまじめなかんじで。冗談だったのに! どうやら、詩織は私のことで相当まいっているらしい。私よりしっかりものの癖に』
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『とうとうやった! というか私ってやっぱり天才かもしれない。若くして死ぬのが惜しまれるね。』
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『今日は詩織に、作戦を実行してもらう。いやー、今日の詩織は可愛かった。いつもいくらいっても服とか可愛いの着てくれないし、髪だってきちんと結んじゃって、美人なのに勿体ないと思っていた。今日は、
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『やばい、ちょっとふざけ過ぎた。例の男の子があんまりいい人そうだったから。調子にのって、「アルバイトで彼氏になってください」なんて言ってしまった。あっ、詩織が帰ってきた。すごく怒ってる。やばい』
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『いや、しかたないじゃん。詩織の可愛い姿もっとみたかったんだもん。私もかったけど着てない服とかあるし。これから着る機会なんてほとんど無いし。それに、詩織似合うし。でも、きっと普通にお願いしても絶対に詩織は着てくれないもん。というか、着てくれなかった。幼馴染で親友として、やっぱりそれはもったいないと思うのだ。素材だっていいし。私も詩織が可愛い格好をしているところをみたい。さて、詩織も説得したし、明日は何を着てもらおうかな』
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『うーん。これは結構たのしいかもしれない。詩織に可愛い服を着せられるだけじゃなくて、外の世界をカメラをとおしてだけど見ることができるのは。相手の男の子はなかなか鋭い。正直、詩織に直接あっていないと指摘されたときはびびった。でも、女は度胸って学校でならったもんね。適当にいなして切り抜けた。さすが私、そしてそれに調子をあわせられる詩織もすごい。というわけで、本格的に一ヶ月間、詩織にメイクしたり好きな洋服を着せられる。自分が着られないのもあって、かなり楽しみだ。あと、ピンクのクリームソーダなんてあるの知らなかった。飲んでみたかったー』
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『西宮アキラ。好きなものは卵焼き。←大事な情報だからメモしておいた! 漢字あってる(?)』
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『今日は詩織が卵焼きを作ってきてくれた。私はこの甘い、ミルクと砂糖がたっぷりはいった卵焼きが大好きだ。でも、違う種類の「甘い」卵焼きがアキラ君いわく、存在するらしい。ちょっと気になるので、私はそれも食べてみたいと詩織におねだりした。』
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『うん、卵焼きは砂糖とミルクに限る。詩織が作った料理は全部美味しいけれど、私はあれを甘い卵焼きとは認めない。』
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『家の学校の制服しらないとかアキラ君、大丈夫かよ』
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『パンケーキ。果物がたっぷりのったパンケーキ食べたい。しかも期間限定でメロンのってたし。メロンいいなあ。詩織は嫌いっていうけれど、私はメロン大好き。本物のメロンもメロン味も愛してる! というか、アキラ君、選ばせてくれるとはなかなかいいやつだ。いやー、イヤリングのこと言われたのはあせったわー。妙なところ鋭い。
仕返しにからかってしまった。よく考えたら、あれ……間接キスしてる……すごく反省。』
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『うん? もしかして、なんかばれた?』
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『詩織に鯛焼きの開きを買ってきてってメッセージ送っとこ』
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『やば。同じ学校の子と街で遭遇とかあんまり考えてなかった。ウィッグずれてないといいけど。まあ、万が一名前よばれても私も詩織もよばれるときは「シオリ」だから大丈夫だと思うけど。いや、やっぱりウィッグつけているのはあやしいか。』
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『最近、毎日ちょっと調子がいい。楽しみが増えたせいかもしれない。詩織に可愛い服を着てもらうのも、アキラ君がちょっとずつ成長するのも見ていて楽しい』
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『いやー、今日の詩織のコーディネートは最高に可愛い。私天才。海ということで、念のためメイクはウォータープルーフにしておいた。』
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『いいかんじなのに、詩織には積極性がたりない。思わず電話した。あとメロン味のアイスを嫌いだからって残すのはよくない。私もメロン味たべたい』
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『アキラ君、偉い。気が利く。思ったよりもいいやつ。あと、アクセサリー選びのセンスも悪くない。確かに今カメラを仕込んでいるネックレスより、アキラ君がくれたやつのほうが上品で詩織ににあっている。でも、詩織がお礼をいったあとなにか一言いってたけれど、聞き取れなかった。一体なんていったのだろう。』
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『詩織の膝枕は私の指定席だけど、もうすぐ私はいなくなるから特別に貸しといてあげよう。アキラ君、詩織をよろしくね』
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『ちょっと語りすぎた。はずかしい。あと、アキラ君、本当にいい人っぽい。このままネタバレして、詩織とアキラ君で付き合ってくれればいいのに』
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『最近また調子がわるい。なんだかすこし怖い。』
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『詩織が心配だ。私が眠っているのをみるだけであの子はないているのだもの。せめて、詩織とアキラ君がうまくいけばいいのに。ふたりをくっつけるいい方法はないだろうか』
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『しおりへ、わたしのことはしんぱいしないで、しあわせになってね』
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