第50話 「ねえ、話してもいい? 私の幼馴染の話……」

 昼食を食べたあと、俺たちはいつもどおりのんびりと話をした。

 いつも通りの気軽な話。

 学校のこととか、子供時代好きだったこととか、本当に意味がなくて些細な話しばかりをした。

 いや、俺がそう仕向けた。


 しーちゃんがなにか変だったから。


 できるだけ色んなことを話してもらって、いつもの元気なしーちゃんがみたかった。


 それに不安だった。どんなに一生懸命に話をしていても、ときどき、ふとした弾みに会話と会話の間に不思議な空白ができてしまう。

 その瞬間に俺はしーちゃんが時々、シオリにみえるのだ。


 違和感と不安でいっぱいになっていた。

 俺の頭は本格的におかしくなったんじゃないかって。

 もし、おかしくなったとしても、しーちゃんをシオリの代わりにするのだけは避けたかった。最初はそうしてもいい。ちょうどいいと思っていたときもあったけれど、しーちゃんを知れば知るほどそんなことはできない。

 どうせ、現実をみないなら、俺は壁に向かって話しかけるべきなんだ。

 しーちゃんを巻き込むべきではない。



「ねえ、話してもいい? 私の幼馴染の話……」


 ふとした空白に、しーちゃんははすごく静かな声を滑り込ませて俺を見つめた。

 広い硝子窓の向こうの池には色んな色の花が植えられていた。まるで西洋の絵画のような景色だ。あまりにも現実離れしたその景色をぎりぎりのところで現実だと信じられるのは、レストランの両脇の壁を埋め尽くしている自動販売機の電子音だけだった。


 俺はあいまいに頷く。場合によっては景色を眺めていたといいわけできるようなぼんやりとした表情で。

 そう、彼女が秘密を喋ったときにもし後悔しても、俺は聞いていなかったというために。


「私の幼馴染ね。死んじゃったんだ」


 しーちゃんの言葉が「なんだそんなことか」と笑い飛ばせる内容じゃないかぎり、俺は聞かなかったことにしようとしていたのに。

 しーちゃんが話してから、言葉にしてからどんな風に見極めてから、俺に気持ちは表せば良いと思っていたのに。

 なのに、しーちゃんの告白はそんな俺の決意でさえも揺るがすものだった。


 しーちゃんは大きく息を吸い込む。


 まるでそうでもしないと窒息しそうなくらい息苦しいと言わんばかりに。

 しーちゃんの幼馴染。彼女にとって大きな存在だということは時々話にでてくることから分かっていた。小さい頃からずっと一緒で大切名人。

 今まで何度出てきても、しーちゃんの話の中で幼馴染についてはそれ以上語られることはなかった。


「病気だったの」


 しーちゃんはぽつりという。

 しーちゃんの言葉が俺のなかに染みこんで、まるで氷水を服に染みこませたみたいな悲しさがずんと俺を支配する。

 シオリも病気だった。


「私の幼馴染はね。小さい頃から体が弱くって、ってこれは前にもはなしたよね。最後の方は学校にも通えなくて入院していたの。その子が言ったの。死ぬ前に恋がしたかったって」


 そういって、俺をみてしーちゃんは微笑む。少し寂しそうだけれど、さっきまでよりはずっと穏やかな表情だった。

 だけれど、しーちゃんの言葉はそれ以上続かなかった。


「ねえ、アキラ君。もし、世界が明日滅びるとしたらどんな一日をすごす?」

「そりゃあ、やりたいことをやるよ」


 しーちゃんはふふっと笑って、じゃあと質問を重ねる。


「じゃあ、アキラ君のやりたいことって何? 世界が滅びる前日にアキラ君は何をするの? 旅行に行くのだって一日じゃたりない。何かをするには準備もお金も時間も必要じゃない? だけど、世界が急に滅びるの。最後の一日のために準備させてくれる時間なんてないの。」


 俺は言葉に詰まってしまった。

 世界が滅びるならやりたいことをやるに決まっているのだが、具体的に何がといわれても全く思いつかないのだ。

 俺が返事をできないでいるのを見て、しーちゃんは言葉を続ける。まるで練習でもしてきたかと思うくらい滑らかに、


「ね、思い浮かばないでしょ。人間、死ぬ気でやればなんでもできるとかみんなよくいうけれど、実際あした世界が滅亡しますよなんて言われたところで何かをしたいなんて思わないの。もし、やりたいことがちゃんとあったとしても、世界が滅びるって気づいたときには遅いの。手遅れなの……」


 しーちゃんは泣いていた。

 ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

 ハンカチで抑えても間に合わない特大の涙の粒が、しーちゃんの目からはこぼれ続けた。

 それはきっと、しーちゃんがずっと抑えていた幼馴染に対する言葉だったのかもしれない。

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