第48話 「ねえ、好きなの?」
遊園地に行くには、電車にのって一つ隣の街にいってから、そこから更にバスに乗るというのが車のない高校生のルートだった。
隣町までの電車は何本もあるのだけれど、そこからのバスの本数は少ない。もちろん、観光シーズンだとかロックフェスティバルがあるときは、十分おきくらいにバスが来るらしい。
けれど、通常だと田舎のバス会社はやる気がない。
朝と昼と夜に数本だけはっきりと時間がかかれていて、そのあいだを線を適当に矢印で伸ばして『この間、約30分間隔で運行しております』という注意書きがしてある始末だった。
結局、俺としーちゃんは隣町の駅までいって、駅のロータリーのところで時間をつぶすことになった。
バス停で待つ人はほとんどいなかった。
さっきまで乗っていたJRのホームは人で溢れているのに、バスを利用する人は少なかった。地方なのでみんな家族に車で迎えに来てもらったり、学生だと自転車なんかを使うのが普通なのだろう。
ただ、そんな時間も俺たちにとっては、楽しい時間だった。
「今日のお昼はハムにしようと思うの」
「ハム?」
「そう、ハム」
俺は頬袋いっぱいにひまわりの種を詰め込んだハムスターを想像してぎょっとする。そんな俺をみて、しーちゃんは俺が理解していないのかと思ったらしく、スマホの画面を「ほい」と見せてくる。
そこには串にささった肉が網の上であぶられている写真があった。すごく美味しそうだった。
「ハムスターってこんなに食べるところあるの?」
俺がハムスターから離れられないでいると、しーちゃんは俺の頭をコツンとやって、
「ハムスターじゃなくて、ハ・ム。サンドイッチとかにはいっているやつ」
と俺の耳に大きな声でゆっくり言い聞かせる。
もう、そこまでやらなくても。ちょっとぼけていただけじゃないか。
「確認ですが、これはデートでしょうか?」
ちょっと間をおいてから、しーちゃんはメガネをくいっとあげて俺にきいた。
しーちゃんが俺の手をにぎる。
「はい、デートです」
俺はしーちゃんの手が震えているのに気づいた。
そのくせ、しーちゃんは「ふーん」と言ったあと話題を変えた。
なんだよ、きいておいて。その反応。
俺はふと前にも似たような会話をシオリとして懐かしさがこみ上げる。
「ねえ、ねえってば、アキラ君は好き?」
「えっ、なにが?」
「もう、きいてなかったの」
しーちゃんはそう言ってほっぺを膨らませる。
一体、しーちゃんはなんの話をしていたのだろう。
考えごとをしていたせいで聞けなかった。
「ねえ、好きなの?」
しーちゃんはもう一回俺に聞く。だから一体何の話だのだろう。でも、しーちゃんは教えてくれる様子がない。
しかたなく、俺は答える。
「好きだよ」
一瞬でしーちゃんが耳を赤く染めた気がした。
「本当に好き?」
しーちゃんはじっとこちらを見つめる。
「好き」って言葉が切り取られて俺のなかでぐるぐるとまわりはじめる。
あんな風に言われてしまったら、俺のことを好きって言われているみたいでドキドキして頭の中が熱くて溶けたキャラメルみたいになってしまう。
案の定、灰色の脳細胞ではなく、溶けたキャラメルの脳みそをもった俺は、「うん」と頷くしかなかった。
それを聞いて、しーちゃんは悪戯っぽく笑った。
「ふーん、でも私は嫌い」
「えっ?」
「だから、私は嫌いっていってるのメロン。メロンを半分にきって上にアイスをのせたデザートがうっているみたいなんだけど、私はメロンが嫌いだからたべたくないって話」
しーちゃんはそう言って、ちゃんと話を聞いてなかったなあと頬を膨らませる。
なんだ、「嫌い」ってメロンのことか。
メロンを嫌いなんて珍しいな。
まるでシオリみたいだ。
そういえば、前にいったときシオリはメロン味のアイスをのこしていたな。あれ、でもシオリは前にメールでメロンが好きって話をしていたようなきがする。
シオリについての記憶があいまいになるなんて……俺は自分にショックをうけた。
そんな……あんなに好きだと思っていたのに、今目の前に別な女の子がいるくらいでこんなにシオリのことがあいまいになってしまうなんて。俺は最低だ。
メロンなんて高級品でみんな喜ぶと思っていたけれど、高いからみんなそう言えないだけで、実はみんな嫌いだったりするのだろうか。
まあ、ここらへんはメロンがよくとれるのでそんなにめずらしくもないしな。
俺はあらためて自分の住む街の田舎具合を実感する。
駅前だけはぴかぴかだけれど、きっとちょっと進めばこの街も田んぼと畑だらけだろう。
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