第44話 「ねえ、今なんていったの?」
しーちゃんとの日々は俺の生活に色を取り戻した。
しーちゃんはいつもどおり、俺の隣を歩く。
しーちゃんと一緒に歩くと、シオリと一緒にいたときのように世界に色が戻ってくるのだ。
そういえば、この見慣れた街もしーちゃんと一緒に歩くことによって廃墟じゃなくて、ちゃんと人が生活する街にみえるようになった。
シオリといった、古本屋も鯛焼き屋もこの前までは意味のなさない、ただ過去の思い出が残っていないか探索する廃墟だった。すこしでも、シオリとの思い出がのこってないか、俺は終わってしまった世界をぐるぐるとゾンビのようにさまよっていた。
だけれど、しーちゃんと歩くと世界に色が戻ってきたのだ。
ぼろくて古い自分には無縁そうな古本屋も、シオリが死んでからはなにか分からないかび臭くて黄ばんだ紙の束がならんでいるだけだったのに、しーちゃんと一緒に除けばちゃんと面白そうな新しい本を入荷している。その隣の鯛焼き屋にはただのあんこじゃなくて、いつの間にか季節の味のクリームが入った鯛焼きがうられるようになっていた。あまいだけじゃない、クリームシチュー味なんかも売られるようになっていた。
先にあるコーヒーショップは、地域の歴史に関係あるアニメとコラボしてちょっとだけお客さんが増えていた。
ふと、古書店の前で立ち止まると、硝子に俺としーちゃんが映っていた。店内がうっすら暗いおかげで、綺麗に反射して鏡とまではいかない。
けれど、すごく見覚えがあるものが映っていた。
「……シオリ!」
俺は一瞬、硝子に俺としーちゃんが映っているはずなのに、シオリがとなりにいるように見えたのだ。
「えっ……?」
しーちゃんにも俺の声が聞こえていたみたいで、こちらをみたあと、すごく困惑した顔で固まった。
「な、なんでもないっ」
俺は慌てて首を振る。
だけど、しーちゃんは困惑したままだった。
急に、冷たいものが俺の背中を走る。
すごく嫌な感じだった。
「ねえ、今なんていったの?」
しーちゃんの声が別人のように低くなった。
「な、なにも」
「本当……?」
しーちゃんがすっごく近くにいた。いつも適度な距離感でいてくれて心地のよいしーちゃんが、有り得ないくらい近い。
しーちゃんのメガネの奥をのぞきこむと、そこにはぽっかりと黒い穴があいているみたいにただ真っ黒な瞳があった。
どこまでも光を吸収し続ける真っ暗な闇。
俺はそんなしーちゃんから目をそらすことができない。
「どうしたの?」
と言って、しーちゃんは俺に手を伸ばす。
冷たくて細い、つららのような指先が俺の手の甲に触れた瞬間、俺は思わず振り払ってしまった。
「ご、ごめん」
しーちゃんは固まっていた。
自分でもそんな振り払うつもりは無かった。
なのに、実際はバサッと衣擦れの音がするくらい俺は腕をひいて、しーちゃんを拒絶していた。
俺が普通の状態であれば、きっとこんなことはなかっただろう。
きっと、俺のあたまはすこしおかしいのだ。
シオリをうしなってしまったショックで。
きっと、あたまの、ねじが、ゆるんでこわれてしまったのだ。
現実を見るのが怖くて。
俺が普通だったら、しーちゃんを拒絶することなんて絶対になかった。さっきのもきっと見間違いだ。
あんな風になったのは、シオリを失ったショックから俺がまだ立ちなおれていないからだろう。
立ち直る気もないけれど。
「ごめん」
どちらともなく、謝る。
だけれど、俺たちの間の空気は昨日までとは違ってまるでかたまりかけた血液がゆっくりと這うような闇が迫ってきていた。
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