第42話 「……幼馴染がいたの……体が弱くて、引っ込み思案だったから私がいつもお姉さん役でした」

 今日はしーちゃんに図書館に誘われた。

 俺がテスト前だと言うと、しーちゃんがでは図書館で勉強しましょうと言ってくれたのだ。進学校というのは何時もテスト前だけど、という俺の皮肉もしーちゃんはきいてくれない。


 もちろん、図書館は俺がしーちゃんの下敷きになった県立の大きい図書館ではない。最近、俺はあそこでトラブルを起こしすぎている。きっと警備員さんにつまみだされてしまうだろう。


 警備員さんにつまみ出されるという下りのこところで、しーちゃんに笑われた。

 余程おかしかったらしい、お腹を抱えて笑っている。

 ただし、図書館にいるので声はあげずに。笑いすぎて苦しそうなくらいだった。


「ほら、そんなに笑ったら、こっちの図書館でも俺の肩身がせまくなっちゃう」


 注意したはずなのに、結局しーちゃんは爆笑して、そのせいで図書館の司書さんに俺がにらまれることになった。

 しーちゃんは得なのだ。

 三つ編みにメガネと真面目の権化みたいな格好をしてお嬢様学校の制服を着ているから、多少変なことをしていてもそれを咎めない。でもそのかわり、何もしていない俺がまわりから睨まれているような気がする。



 図書館の自習室には社会人やお年寄り、高校生などいろん世代の人がまばらに座って、それぞれテーブルに全然違う資料を広げている。

 学校の自習室みたいな「勉強命!」、「受験!」、「必勝!!」なんて雰囲気が漂っていないところが居心地がいい。受験は個人なのに、どうしてか家の学校の教師達は「受験は団体競技でもあります。クラス一丸となって学ぶ姿勢を大切にしましょう」なんて言っている。


 正直、かったるい。

 そのくせ、学校の自習室は一人一つきっちりと机ってものがあって、そこで勉強以外のことが見えないようになっていて息が詰まりそうだ。ぴりぴりとして、必死で、みんながおぼれかけながら何かにしがみつこうとして居るみたいだ。


 だけれど、ここは違う。


 広々としたテーブルに気まぐれに座って本を読んでたり、図鑑で調べ物をしたり、資格試験の本を広げる人もいる。

 こう、無理矢理まっすぐに直近のテストや模試、その先の大学受験しか見えないように強制されている感じがなくて、ちょっとだけ安心した。


 しーちゃんは、「テスト勉強をしましょう」なんて言って俺を連れてきたくせに、小説なんて読んでいる。


「しーちゃん、ここは学習室ですので、読書は下の普通の図書コーナーでお願いします」


 俺がちょっと意地悪をいうと、


「残念でしたー。これはサイドリーダーでーす。立派な課題です」


 そういって、読んでいた本をふってみせる。

 たしかによくよく見ると、しーちゃんがもっているのは日本のホント比べてざらざらとした灰色っぽい紙のペーパーバックだった。


 だけれど、しーちゃんは辞書をとることなく、ただ普通に本を読むようにそれをめくる。

 洋書をめくるしーちゃんのことが、ちょっとだけかっこよく見えた。


「しーちゃん、何読んでるの?」

「本」

「そうじゃなくてー」

「ほら、テスト勉強して」


 しーちゃんはこう言うときお母さんみたいだ。そういってからかうと、しーちゃんの青白いほっぺはかあっと赤くなった。


「お、お母さんじゃないもん」

「でもさ、しーちゃん妹とかいるでしょ」

「どうして? 妹も弟もいません」

「えーおっかしいなあ。なんかさ、ちょっと仕切り屋っていうか弟や妹がいるひと特有の頼れる感があるんだよねえ」

「あ、もしかしたら幼馴染のせいかもしれません」

「幼馴染?」

「……幼馴染がいたの。お互いに一人っ子で小さい頃から仲良しで、何時も一緒だった。体が弱くて、引っ込み思案だったから私がいつもお姉さん役でした」


 しーちゃんはそう言って、寂しそうな顔をした。

 なぜか、それ以上その幼馴染さんのことを俺は聞けなかった。聞いてはいけないような気がした。


 無駄話をしないように、テスト勉強をする。とはいっても、最近は授業にもちゃんとついていけているし、予習もしているので、そこそこポイントを抑えて勉強するだけで大丈夫だった。

 勉強というのは不思議だ。

 やり方がわかって上手くいっているときはとても簡単なのに、つまずくと勉強の仕方さえも分からなくなるのだから。


 今の俺にとって勉強はどちらかと言えば気晴らしというか、暇を埋めるのにちょうどいいものだった。

 シオリがいないという現実から目を背けるのに数学なんかはぴったりなのだ。

 ぴたりと決まった答えに収まるのも心地がよかった。


 数学の問題を解く様子をしーちゃんは見ていたのか、


「アキラ君って実は勉強できたんだねー」


 と感心したようにノートをのぞきこんでくる。


「実はってなんだよ。俺がこのあふれでる知性をまるで普段から隠して居るみたいじゃないか」


 俺はそういって、ちょっとむっとしたことを示すように頬を膨らませる。


「えいっ」


 しーちゃんは、そんな俺のほっぺをいつの間にか手に持っていた蛍光マーカーでつついた。

 膨らんでいたほっぺがつぶれて、俺の口から「ぶっ」と空気が漏れ出る音がして、自習室中の人がこちらをみた。


 しーちゃんは、あわてて俺から離れてそっぽを向く。しかも、よくよくみるとしーちゃんが手にしている蛍光ペンのキャップがあいていた。

 俺は視線に耐えられなくこそこそと男子トイレに向かうと、そこにはほっぺに黄色の線が書かれたまぬけな俺の顔があった。

 だけれど、それがおかしくて、俺はお腹をかかえて笑った。

 こんなに笑うのは久しぶりかもしれない。


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