第36話 『なんでも聞いてください!』
「……考えさせてくれ」
俺はなんとか言葉を吐き出した。
本当は甘いささやきに飛びつきたかった。
彼女はそれを聞いて、まだ俺がまだ彼女の提案を受け入れるなんて言っていないのに、嬉しそうに笑った。
花が綻ぶようにとでもいうのだろうか、ふわっと一気にその場が春になったみたいに一気に明るくなった。
彼女は俺に連絡先を書いた紙を渡して、「待ってます」とだけ言ってあっさりとその場を離れていった。
意外だった。
だって、急にあんな距離感でやってくる人間だ。まさか俺に限ってストーカーなんてことはないだろうけれど。
それとも、俺が人との距離感が分からなくなってしまっているだけなのだろうか。もっといろんな人と話したりかかわったりした方がいいのだろうか。
高校にはいってから、自分に失望した俺は、周りと距離を置く傾向にあった。
だけれど、シオリと付き合うようになってそれも徐々に変わっていった。
シオリが死んでからはふさぎ込みがちになっているのは自覚しているけれど。
そしてどうしてさっきの女の子は俺に友達になってほしいなどというのだろうか。
確かに、俺は彼女を助けたけれど。
あれは偶然であると同時に、事故に巻き込まれて死んでしまいたいという下心もあったのだ。
正義感とかいい人とかそういうものでは決してない。
俺はただ自分の利益のために行動して、失敗して、結果彼女を助けたことになっただけである。
ただ、それだけなのに、友達になりたいなんて、箱入りのお嬢様の考えることはよくわからない。それとも男に免疫がないとああいうのを「運命」とか思ってしまうのだろうか。
残念ながら、俺の運命の人はシオリたった一人だし、もうこの世にはいない。
だけれど、あの時のあの子の眼差しは真剣だった。
それに、あの子が望んだのは“友達”としてのお付き合いだった。
もし、男に免疫がなさ過ぎて、仮に、ありえないけれど、万が一、俺のことを好きになっていたとしたら「友達」ではなく「恋人」になってくれるようにお願いされるのではないだろうか。
そう、シオリの時のように。
それとも、家が厳しい箱入りのお嬢様のおうちでは男性とのお付き合いは「お友達」から始めないといけない家でもあるのだろうか。
そしたら、シオリが異常だったということだろうか。いや、まあ、たしかにシオリはちょっと変わったところ、世間とずれたところもあったけれど、俺にとっては唯一無二かけがえのない大切な人だ。悪いとか普通じゃないとかそんな風には欠片も思うことはできない。
考えれば、考えるほど分からなくなる。
あれ……なにかがおかしい。
確かに、俺は図書館で眼鏡で黒髪のみつあみでシオリと同じ学校の制服の女の子を助けた。
だけれど、今日はなにか印象が違うのだ。
どこが違うとははっきり言えない。
けれど、確実になにかが、どこかが違う……。
なにかがおかしい。
でも、具体的に何がどう違うのか、わからない。
どんなに考えてえも分からない。
そして、俺はその夜。もらった連絡先にあるメッセージを送った。
『ちょっと聞きたいことがあるんだけど……?』
『なんでも聞いてください!』
『直接、会ってききたいんだけど、いいかな?』
『はい、もちろん。』
メッセージはあっというまに帰ってきた。
それならばと俺は公園の近くにある、初めてシオリと行った喫茶店を指定した。
あそこならマスターとも顔見知りだし安心だ。(通ううちに「マスター」と呼べと言われたし、マスターと呼ぶようになってから店主は前よりも禿げた)
いつも閑古鳥が鳴いているので、万が一、今日みたいに泣かれたとしても周りから不審な目で見られなくて済む。
俺があの場所を選んだのはそれだけの理由だった。
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