第34話 「助けてくれてありがとうございました」
「あのー、……この前はありがとうございました。もしよかったら、お友達になってください」
「はあ……この前? というか、ほぼ初めて、会った人にそんなこというなんておかしくない?」
俺は目の前にいる女の子に言った。
自分でも冷たいかなと思うような声だった。
だって、仕方ないじゃないか。確かに目の前にいる女の子はどちらかというとあまり美人といえないというかすごく地味。真っ黒な髪をみつあみにして、瓶底みたいな眼鏡をかけている。
確かにこんな子どこかでみたことがある気がする。
だけれど、一度シオリの声が聞こえたような気がする俺にとってそんな彼女の存在は俺が妄想の世界で再びシオリに出会うのに邪魔者でしかなかった。
悪気はないのだ。ただ、シオリのことを思い返していたのを邪魔されたくない。それだけだった。
目の前にいる女の子はどこかでみたことがある気がするけれど、全く思い出せない。
いまどき、ほとんど知らない人に話しかけるなんて怪しい。しかも、制服はシオリと同じお嬢様学校のものだった。中高一貫で男性に免疫がないという噂だ。だけれど、そんな女の子が急に「お友達になってください」なんて変だ。
学校は男女交際にたいしてよく思ってなくて、シオリでさえ俺とデートしているときに同じ学校の生徒に見つかりそうになったときは二人で逃げたくらいなのに。
見ず知らずの男に、急に声をかけてきて友達になってくれなんて言うなんて変だ。おかしすぎる。
それとも何かの罰ゲームなのだろうか。
もし俺が、イケメンだとか、某アイドルにそっくりだとかなら、その人と付き合っている気分を味わいたいからとかそんな理由で、友達になってそのアイドルとつきあっている気分を味わいたいとかならあるかもしれない。男に免疫のない女子高育ちのお嬢様がちょっとだけ恋愛ごっこをしてみたいとか。
だけれど、俺は自分でいうのもなんだが、いたって普通だ。
しかも、芸能人なら誰に似ているかと聞かれるとたとえられる人間がいない。ただ、近所のおばあちゃんからはものすごーく昔の俳優をあげて、「少し、そうそう、斜め四十五度くらいみあげた瞬間なら面影があるかもねえ」なんていわれるくらいの似方しかしていない。
つまり、お嬢様学校の真面目そうな女の子が、他校生の俺とわざわざ友達になりたがる理由なんて存在しない。
それに、シオリと同じ学校の生徒ならうちの学校よりも頭がいいはずだ。
俺の通う学校も公立としてはここら辺では一番頭がいいとされているけれど、そもそも中高一貫のお嬢様学校とくらべれば、カリキュラムの組み方が違う。
六年かけて大学授業のために、中学三年のときには高校の勉強にはいっている人間からみたら、いくらそこそこ勉強ができたとしてもまだ学年にあわせた勉強をしている俺たちなど勉強ができるとか判断する対象でもないだろう。
しかも俺はシオリと出会うまでは高校では落ちこぼれだったし。
結論、目の前の女の子が俺と仲良くしても特にこれと言ったメリットは何一つない。
……一体何が目的なんだ?
「あ、あのっ……」
俺が考えこんでいると、目の前の女の子はおずおずと、俺に再び話しかける。大きな瓶底眼鏡のせいで表情はほとんど見えないけれど、雰囲気からすごく不安が伝わってきた。
もしかして、俺が怒っているとか無視していると思ってしまったのだろうか。悪いことをしてしまった。さっきの声も自分でも冷たく聞こえるくらいだったし当然だ。シオリはきっとこんな俺をみたら、「もっとやさしくしてあげて」っていうだろう。シオリが好きでいてくれた俺でいたいと思った。
「ああ、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって」
俺はできるだけ、怖くないように、ゆっくりと言った。
「あ、あの。この前、図書館ではありがとうございました。おかげでけがをしなくてすみました。なのにちゃんとお礼もいえなくて……」
ずきっと、頭が痛くなった。
あのときか。図書館で確かに女の子を助けようとして、俺が気を失ったとき。でも、なんだか目の前の女の子はあの時とちょっと印象が違う気がした。何が違うってはっきり言葉にはできないけれど。
それに俺は、助けたというより俺はとっさに体が動いてしまっただけだ。
しかも、恰好よく受け止めるどころか一緒に階段を転げ落ちて頭をぶつけて意識を失うなんて間抜けなのに。
目の前の女の子はあのとき俺に助けられたというのか。
なのに、目の前の少女は、こう宣うのだ。
「あのときはありがとうございました。おかげでけがをしないで済みました」
「……そんな……大したことしてないし」
「助けてくれてありがとうございました」
そう言って、小さなシャラリという音とともに、目の前の少女は深々とお辞儀をした。
ああ、なんか過去にこれにそっくりなことがあったかもしれない。
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