第32話 シオリの日記 p1
今日、助けてくれた人がいた。
バスの中で倒れそうになっているところを、彼は手をつかんで支えてくれたのだ。その上、席まで譲ってくれた。
あのまま、立っていて倒れる瞬間とバスが急ブレーキを踏む瞬間が偶然一緒だったらと思うと、本当に彼に感謝してもしきれない。
あの時のお礼が言いたくて、そのあと何度も同じ時間帯にバスに乗ったけれど、彼にあうことはできなかった。
私にはもうあまり時間がのこされていないというのに。
最初はただ、お礼をいいたいと思っていただけなのに、気が付くと私はいつも彼のことを考えるようになっていた。
もしかして、これは一目惚れというものかもしれない。
子供の頃から、女子ばかりの環境でそだったせいだろうか。こんな小さなことで人を好きになってしまうなんて。クラスメイトたちが読む少女マンガのような恋なんてありえないと思っていた。
そんな一瞬で人を好きになるなんて。
だけれど、気が付くとバスにのったときだけでなく、私は街の中で常に彼をさがしていた。
「ただ一言お礼を言いたい」
自分自身に言い訳をしながら、私はいつのまにか心のなかに初恋を育てていた。
だけれど、私にはほとんど時間が残されていない。
もうすぐ、入院するのだ。
もう長くない残りの時間、好きなように生きたいそんな風に思うけれど、どうもそんな風にはゆかないらしい。
両親は、私に少しでも長く生きていて欲しいらしい。
親としては当然の願いだろう。
たとえ、病院で機械に繋がれて生命を維持しても一秒でも長く生きて欲しいと願うのは。
本当は自由に生きたかった。
今までできないことをするというより、何気ない日常を全力で楽しみたかった。
勉強と習い事ばかりではなく、放課後に寄り道をしたり、遊びにいったりそんな何気なくてありきたりのことをしてみたかった。
小さなころから習い事も勉強も大変だけれど、「大人になったときのために」と言われ両親の期待もあったので特に逆らうこと無く続けてきた。でも、いざこうやって自分の人生があとわずかとなったら私の人生ってなんて何もなくてつまらないものなんだろうと思った。
もっと、自由に生きたかった。
でも、親不孝な娘である私は親の希望である以上、おとなしく入院して、意識がなく機械につながれようと生き続けることになるだろう。
それだってたぶんそんなに長く生きることはできないだろう。自分でも分かるのだ。
せめて、彼にお礼をいってちょっとでいいから話してみたかった。
こんなこと誰にも言えない。
親友を除いては。
私が死んだらこの日記は親友にもらってもらうことになっている。万が一、両親に読まれたら大変だ。
こんなこと書かなきゃいいのかもしれない。
だけれど、もうすぐ死ぬって思うと、自分がこの世界から消えてしまうとおもうと、こわくてしかたないのだ。
でも、両親はもっとくるしんでいる。
わたしがこわいなんていってもなんの解決にもならない。
だから、わたしはきょうもよいむすめでいなければいけない。
つらい。くるしい。
わたしのじんせいってなんだったんだろう。
わたし、やまうちしおりのいきたいみってなんだったんだろう。
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