第30話 「そんなことをしてないで、ちゃんと自分の毎日を生きて」

 手を伸ばしてはいけないと分かっていた。

 シオリの幻覚に。


 本当に幽霊がいれば良かったのに。


 だけれど、俺に見えているシオリは俺の幻覚だ。

 自分でも分かっている。


 だから絶対に手を伸ばしてはいけないって。

 手を伸ばせば、あっち側にいってしまうから。


 きっと、本物のシオリは俺が手を伸ばすのを喜ばないだろう。

「そんなことをしてないで、ちゃんと自分の毎日を生きて」っていうだろうと想像ができる。

 だけれど、今の俺にはそんなことは無理だった。


 俺は毎日、彼女がいた日々を思い出し、繰り返す。

 ただ違うのは彼女がいないこと。

 世界が勘違いすればいいのだ。俺がおかしいのではなく、シオリが居ない世界の方がおかしいってことに。


 俺はだんだん、いろんな場所でシオリのことを見ることが出来るようになっていった。


 最初は思い出の場所にふとあらわれるだけだったシオリ。


 でもだんだん、俺の生活の中にシオリは現れるようになった。

 親に頼まれて買い出しにでかけたスーパーやちょっと遠出をしたときの駅のホーム。

 いたるところにシオリがいる。


 ああ、シオリ……。


 帰ってきてくれたのだろうか。


 それとも、俺はパラレルワールドにでもいきかけているのだろうか。

 シオリがちゃんと生きている世界線に。


 それでも良かった。

 なんでもいい。

 シオリがいない世界なんて、意味も価値もない。


 自分が毎朝目覚める度に、なぜ自分が生きているのだろうと絶望する毎日だった。

 生きていることに意味なんかない。


 だけれど、不思議と死ぬことだけはできなかった。

 シオリは「もっと、いきたかった」っていうと思うから。


 もし、死後の世界があるとしても、きっと俺が自ら死を選んだとすれば、シオリは俺に失望するかもしれない。

 そしたら、死んだって意味がない。


 俺は、何にも意味を見出すことができずに、ただ毎日を繰り返していた。


 それでも幻覚はつきまとう。

 最近、シオリの元気は前と比べて元気がない。

 以前までは生きているころとかわらず、凜とした美しさがあったのに、最近のシオリは朽ち果てたゾンビや幽霊のようにただふとした瞬間に俺の視界のどこかに現れる。


 シオリ、シオリ……俺はいったいどうすればいいんだ。

 シオリ、君は俺に一体何をしてほしいんだ。

 俺は君のために何ができるんだ。


 シオリ……。


 ずっとこんな日々が続くのだろうと思っていた。


 いつ死んでもいい。

 そんな風に思っていた。


 そんなある日のことだった。

 空から女の子が降ってきたのは。

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