第29話 「あの……この本さがしているんですけど」

 それは、図書館での出来事だった。

 何時も行くというか、シオリと一緒にいっていた学校から一番近い市立図書館が書架整理として休館だったので、その次に近い県立の図書館に向かったときのことだった。


「あの……この本さがしているんですけど」


 確かにシオリの声が聞こえた。俺は思わずあたりを見回す。だけれど、あのシオリの美しい亜麻色の髪はみつからない。

 でも、俺は確かにあのとき、シオリの声を聞いたのだ。


「……シオリ?」


 俺は思わず、呼びかける。だけれど、もちろんシオリはいない。

 それでも諦めきれない。

 俺は再び彼女の名前を呼ぶ。まるで呼んでいれば現れるとでもいうように。

 ここで呼ばなきゃまた失ってしまうと思っていたんだ。


「シオリ、シオリ……いるんだろ。ねえ、シオリ! シオリーッ!」


 周りの人がぎょっとしたようにこっちをみる。そりゃあそうだ。ここは図書館だ。誰も喋らずに静かに過ごす語が前提の場所。そんな場所ではっきりと声をだして人の名前を呼び続けている俺は異常者かなにかだと思われて当然だ。


 あっというまに、図書館の職員の人が駆け寄ってきて静かにするように注意する。ものすごい怖い顔で警備員さんまで一緒に。

 だけれど、俺の顔をみて二人とも固まった。

 俺は自分でも気づかないうちに涙を流していた。


「君、なにがあったのかは知らないけれど、若いんだからいくらでもやり直しはきくよ」


 そういって、警備員さんはさっきまでの警戒したようすを説いて、俺の背中をぽんぽんと軽く叩きながら慰めの言葉を言っていた。

 だけれど、そんなものは俺にとって意味がなかった。


 若いんだからやりなおしがきくって?

 若くたってもうシオリは死んじゃったし、やり直しもなにもないんだ。警備員さんは受験のストレスだとでも思っているのだろう。

 俺はおとなしく警備員さんに肩を抱えられながら図書館の外まで送られる。


「……やりなおしなんてきかないんだよ」


 俺は言葉を吐き捨てた。




 それからだった。眠っていない昼間でもシオリの幻覚をみるようになったのは。


 それまで、俺の生活はシオリとの思い出をはんすうする日々だったのに、今度はあらたにシオリを探す日々がはじまった。


 シオリは死んだって頭では分かっているはずなのに、その肝心な頭がバグをおこしてシオリを作り出してくれたのだ。

 きっと、あのままシオリを思い出し続けるよりはマシだとやっと俺の肉体が分かってくれたのだろう。


 俺はたとえ幻想だとしてもシオリを再び失うことだけは考えられなかった。

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