第28話 「私はもっといきたかったなあ……」

「アキラ君、ねえ……アキラ君ってば」


 毎朝、シオリの声が俺を起こす。

 夜にシオリを思い出して涙を流していたせいで、腫れた瞼を持ち上げようとしながら、俺は「あと少し」と口のなかでもごもごと返事をする。現実だったら、絶対だれにも聞き取れないことばで。


 だけれど、シオリの声はちゃんと答えてくれるんだ。


「ほら、起きて。起きないと学校に遅れちゃうよ」


 (いいよ。もう学校なんて、どうだって。)


「だめだよ。ちゃんと学校に行って。私はもっといきたかったなあ……学校」


 一瞬、もっと「行きたかった」ではなく「」って言ったのかと思った。

 生きていて欲しかった。

 どうして死んでしまったんだ。


「もう、アキラ君ったら。そんなこと言ってないで起きて!」


 寝ぼけた頭だと中途半端に幻想のシオリとの会話が成り立つ。

 完全に目が覚めてしまえば、俺は有り得ないって分かってしまうから、こうやって会話をすることもできなくなってしまう。

 邪魔するのだ。常識が。


 そんな常識をなくして、完全にあっち側にいけたらどんなによかっただろう。


 まぼろしだったとしても、このシオリがいないという現実から目を背けられるならば大歓迎だ。むしろ、本物じゃなかったとしても、俺の中でシオリが生きているならばそれだけで意味があった。

 たとえ周りからおかしな奴と思われたりしても構わない。


 幻想の中に浸りきって、シオリとすごせれば、それは俺にとっては意味のある人生になると思った。


 そんなことをずっと思っていたせいだろう。


 街の中を歩いているとき、シオリの存在を感じるようになったのは。普通なら、そんな自分自身をみて病院にいくか誰かに相談するだろう。とうとう、頭がおかしくなってしまったんじゃないかって。


 だけれど、俺は嬉しかった。

 とうとう、シオリがいる世界がもどってきたって。

 終わった世界で再び生きることができるって。


 シオリが死んだことによって俺の人生は終わったも同然だった。


 シオリがいる世界がもどってきたら、何をしよう。

 まず、シオリにちゃんと謝ろう。

 なぜかそう思った。

 そして、そのあと一体俺は何をシオリに謝らなければいけないのだろうか、シオリに謝らなければいけないようなことをしていないことに気づく。


 俺は、日常の中にシオリを探し続けた。

 忘れたりしないよう。

 すこしでも風化したりしないように。


 俺が忘れてしまってはシオリが消えてしまうから。


 前よりも注意深く周りをみて、シオリを探す。

 シオリとの思い出の場所にいって何度もシオリとの会話を繰り返した。

 そしてやっと昨日、昼間なのにもかかわらずシオリの声を聞くことができた。

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