第26話 「山中さん、いいえ。志桜里と私は小さなころからいつも一緒でした」
世界の終わりはあっけなくやってきた。
本当に突然。
もうすぐ世界が終わる日々を送っていたから覚悟していたはずだったけれど。
世界はあっけなく、終わってしまった。
朝、いつも通り、シオリとの待ち合わせの場所に向かって待ってた。シオリの具合も悪そうなので、俺はブランケットと温かい飲み物をあらかじめ用意しておく。本当は魔法瓶とかに用意しておいたほうがさめなくていいのかもしれないけれど、シオリは猫舌だし今日は少し変な夢をみて寝坊してしまったのでコンビニでカフェラテを買う。シオリは猫舌だから、来ることにはきっとちょうど飲み頃になっているはずだ。
最初の朝デートのときに、勝手にお弁当を作ってもらえると想像していた図々しい俺はどこにいったのだろうと自分でもおかしくなる。
だけれど、ちっちゃなことでもシオリのためにできることは何でもやってあげたかった。
だけれど、その日、飲み物がさめてもシオリはやって来なかった。
おかしいなとスマホをみると、そこにはメッセージが来ていた。
体調が悪くて起きられなかったのかな。
最初はそれくらいにしか思っていなかった。
俺は、手元のぬるくなったカフェラテを一口飲んでからメッセージを開く。
「志桜里の友人です。志桜里は今日この世をさりました」
冷え切った苦いモノが体のなかをさあーっと流れていくのを感じた。血液が冷えて体の中を逆に巡っていっているのではないかと思うくらい苦しくて頭がくらくらする。
覚悟はしていたつもりだった。
だから、シオリとの毎日を大切に生きた。
なのに、どうして。
最後にちゃんとお別れも言えないなんて。
昨日まで普通に連絡をとっていたのに。
世界が終わった。
本当にそんな風に感じた。
いつもの風景から色が消えていく。
それは暗転して、一気に世界が変わるのではなく、気づくと色んなものからなにか大切なものが抜け落ちてそれの形だけがうっかり存在し続けているみたいだった。
色も匂いも味も、感覚という感覚が無くなった。
だけれど、そこにそれらがあったという記憶が俺を苦しめた。
そのあとのことは自分でどうしたかもよく覚えていない。
シオリのスマホから、シオリの友人と名乗る人が俺に、お通夜やら葬式の連絡などをこまめに送ってくれた。
俺は一応、それらに出たはずなのに全く覚えていない。
学校の制服を来て、花がたくさん飾られた場所に行った。
そこにはシオリが来ていたのと同じチェックのスカートの制服の少女たちがたくさん彼女との別れを惜しんでいた。
俺はとてもじゃないけれど、棺の中のシオリを見ることができなかった。見てしまったらそれが最後で本当にシオリが死んでしまうんじゃないかと思った。
馬鹿だよな。
まるで、その事実を見なければシオリが生き返るとでも思って居るみたいで。
本当、俺は馬鹿だ。
シオリだってちゃんとお別れをしたかっただろうに。
シオリは本当に良い子だったらしく、同じ学校の少女たちが参列していた。一クラスでは済まないだろう。
その中の一人の少女が友人代表として、彼女への別れの手紙を読んでいた。真っ黒な艶やかな髪が印象的だった。
その少女はシオリの親友で幼馴染だったという。
「山中さん、いいえ。志桜里と私は小さなころからいつも一緒でした」
彼女の声は震えて消え入りそうだった。ずいぶん泣いたのか、年のわりには低くかすれていた。
会場は彼女の言うことを一言たりとも聞き逃すまいとシンっと静かになる。
彼女は小さなころからのシオリの思い出を丁寧に語った。声は涙ぐみ消え入りそうなのにそれぞれのエピソードは生きているときのシオリをはっきりと思い出させるくらい鮮明だった。俺がシオリから聞いたのと同じエピソード。
シオリが二人っきりでいるときに楽しかったこととして、俺に思い出として語ってくれた話がそっくりそのまま彼女の唇から紡がれた。
シオリの好きなものに、最後まで日々を大切に生きたこと。俺は途中でそれを聞くのが辛くなって耳を塞ぐ。
彼女が語るシオリは本当は今の俺にとってはあまりにも生き生きとしていて、じゃあなんで死んでしまったのだという理不尽さで俺の心のなかを埋め尽くして苦しめたから。
彼女の立ち姿は堂々としていて、姿勢がピンと伸びたところはシオリにそっくりだった。きっと、育ちの良い女の子というのはあんな風に立つようにしつけられているのだろう。
本当なら、彼女のようなシオリをよく知っている人と話して、シオリの思い出を共有すればよかったのかもしれない。
だけれど、俺は自分の中がからっぽになったような感覚に耐えられず、泣き崩れる前に、静かにその場をたちさることしかできなかった。
本当なら、ご両親に挨拶するとか、シオリがちゃんと天に昇るところを見守るべきなのに。
彼氏失格だ。
色を失った世界の中に、俺は再びひとりぼっち取り残された。
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