第23話 「ねえ、アキラ君。もし、世界が明日滅びるとしたらどんな一日をすごす?」
シオリのいう、「あっち」まで俺たちは走り続けた。
やっぱり青春というのは海を走るのかと感心すると同時に、さっきまで他人事だと思っていたから気にしなかったけれど、自分たちがあの青春のイメージそのままで浜辺を走っていると思うとなんだか急に気恥ずかしくなった。
だけれど、シオリを見失うのは嫌だったし、シオリから「大好き」と言われたことで心の中が爆発しそうなくらい嬉しさであふれていてもうどうにでもなれという感じだった。
ただ、実際は俺たちはそんなに長く走ることはできなかったけれど。砂浜は普通の地面と違って、ぎゅっぎゅっと一歩進むたびに足が少し沈む。すごく走りにくい。
あっという間に疲れて、「休憩」なんていってお昼をたべたレジャーシートの上に戻ることになった。
レジャーシートの上に倒れこむように俺たちはだつりょくする。
久しぶりに走ったせいで、俺があまりにもぐったりと本当にレジャーシートの上に寝そべっているので、シオリはあきれたのか、「ほら」といってぽんぽんと自分の膝のあたりをたたく。
「えっ?」と思うけれど、シオリはゆずる様子がない。
やっぱりこれも定番すぎて恥ずかしい。映画とかでやっているシーンは何度もみてきたけれど。
「おじゃまします」といって、シオリの膝に頭をあずける。大丈夫かな重くないかなとちょっとだけ浮かせて無るけれど、「ほら、ちゃんとして」そういって仕方なく本格的にひざまくらをしてもらう。シオリの膝は柔らかくてすごくいい匂いがした。
幸せだった。
ずっとこうしていたかった。
しばらくして、交代しようと起き上がったけれど、シオリは俺に膝枕されるのを拒否した。理由は「恥ずかしいから」だって。自分がしてあげるのはよくて、されるのはだめなのはよくわからない。
そのあとは俺たちはいつもどおりのんびりと話をした。
いつも通りの気軽な話。
学校のこととか、子供時代好きだったこととか、本当に意味がなくて些細な話しばかりをした。
いや、俺がそう仕向けた。
シオリの秘密を知るのが怖かったから。
でも、どんなに一生懸命に話をしていても、ときどき、ふとした弾みに会話と会話の間に不思議な空白ができてしまう。
「ねえ、話そうか。シオリの秘密」
彼女はすごく静かな声で言って俺を見つめた。
波打ち際で波がくだけては、虹色の小さな泡がいくつもできている。
そうやって出来た泡もつぐにはじけるか、さもなければ波と一緒に海の中に引いて戻っていく。
俺はそれを眺めるのに夢中で気づかないふりをする。
そう、彼女が秘密を喋ったときにもし後悔しても、俺は聞いていなかったというために。
「私ね。もうすぐ死ぬの」
シオリの秘密が「なんだそんなことか」と笑い飛ばせる内容じゃないかぎり、俺は聞かなかったことにしようとしていたのに。
シオリが話してから、言葉にしてからどんな風に見極めてから、俺に気持ちは表せば良いと思っていたのに。
なのに、シオリの告白はそんな俺の決意でさえも揺るがすものだった。
シオリは大きく息を吸い込む。
まるでそうでもしないと窒息しそうなくらい息苦しいと言わんばかりに。
本当はそんなシオリを問い詰めたかった。
「死ぬってどういうこと? 嘘だよね。せめて、何かの比喩だよね」そういって、彼女を捕まえておいて、決して死なせなんかしないと思った。
だけれど、俺はそうやって問い詰めることができなかった。
シオリのことが好きだったから。
シオリのことだ、ただ怠惰で死ぬということではないのだろう。きっとなにか理由があって、一生懸命だした結論がいまここにあるのだ。
「あのね、私ね。病気でもうそんなに長く生きられないの。これって実は結構前から分かってたの。アキラ君に助けてもらった日も通院の日だったんだよ」
そういって、俺をみてシオリは微笑む。少し寂しそうだけれど、さっきまでよりはずっと穏やかな表情だった。
「ねえ、アキラ君。もし、世界が明日滅びるとしたらどんな一日をすごす?」
「そりゃあ、やりたいことをやるよ」
シオリはふふっと笑って、じゃあと質問を重ねる。
「じゃあ、アキラ君のやりたいことって何? 世界が滅びる前日にアキラ君は何をするの」
俺は言葉に詰まってしまった。
世界が滅びるならやりたいことをやるに決まっているのだが、具体的に何がといわれても全く思いつかないのだ。
俺が返事をできないでいるのを見て、シオリは言葉を続ける。まるで練習でもしてきたかと思うくらい滑らかに、
「ね、思い浮かばないでしょ。人間、死ぬ気でやればなんでもできるとかみんなよくいうけれど、実際あした世界が滅亡しますよなんて言われたところで何かをしたいなんて思わないの。もし、やりたいことがちゃんとあったとしても、それを前日になって始められる? 移動の時間だってあるし、やりたいことによっては初めてじゃ上手くいかないかもしれない」
すっごく難しいでしょとシオリは俺に笑いかける。だけれど、目の奥には悲しみの色がはっきりと見えた。
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