第19話 「だって、初めて名前……呼んでくれたから」
日曜日、待ち合わせの場所にいくとシオリは既にまっていた。
俺も、待ち合わせの時間より随分早く着いたはずなのに。
「おはようございます。今日は宜しくお願いします」
シオリは畏まった感じでそう言ってふかぶかとお辞儀をした。
今日のシオリは、すごく綺麗だった。
紺色の膝丈のワンピースに白っぽいカーディガン。カーディガンには襟ぐりの部分がレースで縁取られていてさりげなく可愛かった。
初めてあったときも美少女ではあったけれど。今日のシオリはすごく静かで落ち着いている印象だった。
洋服の色が濃いせいかいつもとくらべて、あのいつものネックレスもイヤリングも目立たなかった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺はシオリがしたのと同じように深く頭を下げる。
こんなことをするのは初めてだった。でも、なんとなくそうした方が良い気がしたんだ。
「ふふ、なんか変だね」
「シオリのほうから、ああいうふうにいったんじゃないか」
そういって、二人で照れたように笑う。
なんか、まるでこれが初めてのデートをするみたいだった。きっと、普通のカップルならこんな風なんだろうなあとイメージしていたそのままだった。
「ねえ、名前……はじめて名前読んでくれたね……」
ちょっと涙ぐんだ声だった。
笑っていたのに次の瞬間には泣きそうになっている。
今日のシオリはなんか変だった。
「イヤだった?」
俺は慌てて聞く。もしかして、名前を呼ばれたのが嫌で泣きそうになっているのだろうか。ほら、呼び捨てにしてしまったからとか、両親からもらった大切な名前だからとか、きっと人には色んなこだわりがあるのかもしれない。
だけれど、シオリの返事はいがいなものだった。
「いやじゃない……嫌じゃなくて、嬉しかったの。だって、初めて名前……呼んでくれたから」
そういって、シオリはぽろりと涙の粒を一粒落とした。
ネックレスとそっくりな綺麗で済んだ滴型が頬から流れ星のように滑り落ちた。
人生ではじめて女の子の泣き顔を美しいと思った瞬間だった。
今まで、女の子なんてよく泣くし面倒くさい存在だと思っていた。実は小生意気な子供のころから俺にとってすぐに泣く女の子は面倒くさくて、だからこそ子供のころの俺は誰にでも優しくしていたのだ。トラブルに巻き込まれたり泣かれたりするのが面倒くさいから。
それに大抵の女の子は、マンガやアニメのよう泣き顔が綺麗なんてことはない。顔は赤くなるし、目だって赤く充血して翌日には瞼まで腫れてしまう。だから、俺は女の子の泣き顔というのが苦手だった。
だけれど、シオリの涙はすごく綺麗で、もし人生で一度だけ時間を切り取って閉じ込めることができるとしたらこのときを選ぶかもしれない。そう思わせるくらい、神々しくて貴重なもののように思えた。
シオリがそっと俺に手を差し出す。
「ほら、行こう! 予定より早いけれど」
「ああ、そうだね……」
俺がもう一度、シオリの彼女の名前を呼ぶかためらっていると、
「ねえ、もっと名前で呼んで?」
シオリはそう言って俺を上目遣いにみつめた。
「ああ、行こう。えっと、シオリ」
照れてしまったのが恥ずかしくて、俺はシオリの手をぎゅっと握った。
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