第17話 「みんなには内緒だよ」
「私こう言うのはイヤ……」
シオリは泣きそうな声でぽつりといった。
俺もイヤだった。
そもそも、シオリは何も悪くない。
俺が勝手に思いこんで、卑屈になっているだけなのに。
なにやってるんだろう。ホント……。
自分のことが嫌いだった。
こんなことで女の子を泣かせるなんてだめにんげんじゃないか。
もう一度、チャンスが欲しい。
シオリに手を伸ばして、たとえ嘘でもいいから恋人として隣を歩きたい。
そう、強く思った。
出来るはずがない。
いや、違う。
出来るはずないなんていうのは俺の言い訳だ。
そうやって、出来るはずないなんていうのはただの逃げるための口実だ。
シオリはすぐ隣にいるのだから、向き合って謝って手を伸ばせば良い。
「シオリ……」
そう呼んだ瞬間、俺の腕はぐいっと捕まれて、引っ張られた。
シオリは俺の腕を引いて、店と店の間の細い路地へと入っていく。
普通はこんなところを人は通らないような。
古ぼけた壁にはあまどいのパイプが走り、足下にはいつから置かれているのか分からない植木鉢。
時折、室外機がただでさえ狭い道を占領して歩くのを邪魔する。
こんなところを通るのはネコくらいだ。
だけれど、シオリは俺の手を引きながら器用に路地を進んでいく。
腕を引っ張られている以上、付いていかないといけない俺は急いで足を動かす。
なにかに躓いたりしないように地面をみると、ビールの王冠にビー玉に読み捨てられた雑誌、なぜこんなところにあるのか分からないようなモノが時々あってそれらを踏みつけないように、足を必死で動かす。
まるで、何かのゲームみたいだった。
とにかく、集中してものにあたらないようにしながら全力で走る。
走っている間に見えたその光景はジブリ映画で見るような不思議で面白い世界がこの先にあるのではないか思わせる。
なんだかよく分からないけれど、子供のころあったようなふつふつと心の中になにか温かいものを流し込まれたような不思議な楽しさがこみ上げてきた。
やっと、足を休めるのが許されたのはどこだか分からない場所だった。しっとりとした地面に木の緑が妙に落ち着く場所。
一体、俺たちはどこに来てしまったのだろう。まさか、子供のころに読んだ物語みたいに、でたらめな道を進んでいるうちに異世界に来てしまったなんてことないだろうなと不安になる。
「はあ、はあっ……ここまで来れば大丈夫」
シオリは、息を切らしながらやっと言葉を発した。
俺は驚いて言葉もでない。
なんか急に映画の世界に来てしまったみたいだ。
お姫様が普通の女の子の振りをして追ってから逃げているのかと思ってしまうようなセリフをシオリが言うものだから、俺は思わず吹き出してしまった。
「一体、何があったんだ?」
一応、俺も映画っぽい返事をしてみる。一瞬だけ大まじめな顔をして。するとシオリも笑い出す。
こうなったらとまらない二人でゲラゲラと笑う。
ちょっと息切れして苦しいのにも関わらず、ヒイヒイと息を必死に吸い込みながら笑う。
ひとしきり笑ったあと、シオリは教えてくれた。
「同じ学校の子たちがいたから、恥ずかしくなって逃げちゃったの……」
そういうシオリの頬はピンク色に上気して可愛かった。さっきまでの俺なら、「恥ずかしい」の意味を俺みたいな不釣り合いなやつをつれているのはやっぱり恥なのかとひがみっぽく思ったかもしれない。
だけれど、こうやって不思議な道を一緒に走り抜けたあとだと、気分は爽やかだった。
そりゃあ、俺だって女の子とあるいているのを見られたら、相手がどんな女の子であれ、からかわれるから気恥ずかしくなってしまう。
「大丈夫。それより、さっきは俺のほうこそ、ごめん」
素直に謝ることができた。
こんなに簡単だったのだ。
「ちょっと、びっくしりしたけど。大丈夫」
なんだか、疲れたけれどすごく穏やかで幸せな気持ちになれた。
できるなら、ずっとこうしてシオリと一緒にいたい。
ここが本当に異世界でこのまま二人でどこかにいければ良いのに。そんなことを言ったらシオリに笑われた。
「こっちだよ」
シオリの言うとおりに来た道を戻るのではなく、木の隙間をいくつか通り過ぎると見覚えのある駅前にでた。
こんなにすぐ近くにあんな夢みたいな場所があるなんて気づかなかった。
「みんなには内緒だよ」
そういって、シオリは立てた人差し指を唇に当てた。
俺はそんなシオリを抱きしめたくて仕方がなかった。
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