第14話 「ほら、アキラ君も。あーんってして?」
目の前のパンケーキはすごくおいしそうだった。
俺の目の前のさらにはきつね色にやいたぺったらとしたパンケーキに鮮やかな緑色のアボカド、その上には薄いピンク色の生ハムがベールを欠けるように何枚も並んでいる。
そして、皿の縁にはなんだかよく分からないけれどお洒落な葉っぱがまぜあわされたサラダがふんわりと盛られていた。
店員さんがナイフとフォークをもってきたのが分かるお洒落具合だ。パンケーキなんてホットケーキの親戚で、フォークでつつけば簡単に食べられるだろうと思っていた自分が馬鹿みたいだ。
もし、こんなややこしそうな食べ物がくると分かっていたら、俺はちょっと強引でも限定十食と書かれていた、ボルシチとかいう得体の知れない写真をみるかぎりシチューみたいなものを注文していただろう。あれなら、パンとサラダは別な皿だし、きっと簡単に食べられたはずだ。
シオリはというと、俺の目の前でなんのためらいもなく、ナイフとフォークを器用に動かしてパンケーキを食べ始める。
あんなにホイップクリームやフルーツが山盛りになったものをどうやって食べるのかと思えば、山のようなホイップクリームとフルーツがのった一枚目をずらして、クリームもなにもついていないやわらかそうなパンケーキを小さく一口分ずつ切り出していた。
なるほど、あれなら簡単そうだ。
真似して食べてみる。
意外と簡単だった。
まずはシンプルにパンケーキ部分だけを一口。
小麦とバターとミルクの香りがした。
子供のころからしっているホットケーキと違って生地は薄くて少しだけしっとりとしていた。そしてバニラの香りはしない。全く甘くはないけれど、素材がもっている甘さをベースにしたような体に良さそうなおいしさだった。
「おいしいね、これ」
そういうと、シオリは大きく頷く。
シオリは真剣に食べていた。
そういえば、普通の女子だったらこういうパンケーキなんかを注文したら写真をとりたいのではないだろうか。写真をとってSNSにアップするとか。
だけれど、シオリはそんな様子はなかった。
最近だと誰かと食事をしているときだって、スマホをテーブルの上に出しておく人が多いのに、シオリは写真を撮るどころか、スマホをとりだした様子もなかった。
育ちがいいんだなと思って感心した。
たったそれだけのことかもしれないけれど、なぜか人と一緒に食事をするときにその瞬間を最大限に大切にしようとするその姿勢がすごく格好いいと思ったのだ。
「ほら、あーんして。約束したでしょ?」
へ? 約束? そういえば、さっき「一口ちょうだい」と言われていたけれど、それってこと。
そして、シオリは「あーん」と口をあける。
小さな唇は綺麗なアプリコット色をしていて、ちょっとだけツンとしていて唇の真ん中の二山はとがって綺麗な形を作っていた。
ああ、そっちなんだ。
なんとなくだけど、「ほら、あーんして?」といわれたとき、なぜだか俺がシオリに食べさせてもらうことを想像してしまったことに苦笑いする。
照れくさいけれど、シオリに食べさせてもらう役割より、食べさせて上げる役割のほうが幾分かは気が楽だった。
シオリの小さな口にも入るように、パンケーキを小さく切って、それにアボカドと生ハム、こちらは気持ち大きめに、切ったのをのせてフォークで突き刺した。
「ほら、あーん」
俺はちょっとだけ気恥ずかしくなりながら、もっとシオリが恥ずかしがれば良いと思いわざわざ口にだして「あーん」と言った。
だけれど、シオリはためらうことなく、俺の差し出したものをパクリと食べる。
「うーん、甘い物のあとのしょっぱい系はたまらなくおいしいね。なんていうの、塩分がこうミネラルになって染みこんでいくっていうかさー」
シオリはわざと自分を抱き寄せるような仕草で身もだえてみせて、おいしさを表現していた。
その様子は普段はものすごく整った完璧な美少女のシオリと大きくかけ離れていたので俺はまたおかしくなる。
だけれど、俺は油断しすぎていた。
相手は、急に公園で恋人になるアルバイトをしないかと持ちかける女の子だ。
「ほら、アキラ君も。あーんってして?」
そういって、いつの間にか俺の目の前にはフォークが突きつけられていた。もちろん、とがったフォークがまっすぐと向けられているのではなく、絶妙な配合でパンケーキ、生クリーム、フルーツが味わえる一口大のが突き刺さっていた。
油断していてた、俺はそのフォークの先から逃れることができず、
しかたなく、口を空ける。
ものすごく甘い味と香りが口のなか一杯に広がる。
すごく上品な甘さだった。そう、これはメロンの香り。
いろんなフルーツがのってる中、たった一欠片しかのってないのに、一番偉そうにそして美味しそうだったメロン。
おそらくこのパンケーキのフルーツの中で一番の主役だろう。普通ならば一番食べたいところ。
それをくれるなんて、シオリはなんて優しいのだろうと感動する。
そして、俺はもう一つ気づいてしまった。
俺たちさっきから間接キスをしている!
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