第13話 「ねえ、一口ちょうだいね」
今日のデートはちょっとお洒落なパンケーキ屋さんだった。
俺は一皿が千円以上することに、分かってはいたけれどちょっと身構えた。
いや、分かっている。
生地から作って、クリームや新鮮なフルーツを綺麗に盛り付けて、綺麗なお姉さんが持ってきてくれるのだから。
これくらいの値段当然だ。
だけど、ついこの間までアルバイトを探していた身としては千円というのは……俺が普通のバイトを一時間たときよりも、パンケーキ一皿の方が高いのだ。
俺があまりにも難しい顔をしていたからだろう。
シオリは、
「今日は私のおごり」
なんていって、にやっと笑う。安心してって意味らしい。
本物の彼氏なんだからたまにはこういうところでおごるんだろうなあと思う。
俺はただ、アルバイトで付き合っているだけ。
なんだか変な感じだ。
こうやってシオリと過ごしていると、アルバイトとかそんなこと関係なく、シオリいるのが楽しいし、ずっと一緒にいたかった。
しかし、パンケーキはどれも美味しそうではるが、同じような見た目をしていてよく違いが分からなかった。
だけれど、シオリは、
「あ~、美味しそう。どれも。迷っちゃう」
なんて言って、眉間に皺をよせて、メニューを胸のあたりに引き寄せて真剣に考えている。
「じゃあ、君が好きなのを二つ選べば良いよ」
シオリが気に入った方を食べれば良い。もう、俺は選ぶのも面倒くさいというか違いが分からなかった。
シオリはしばらく考えたあと、
「んー。この一番フルーツがたくさんのっているのと。もう一つは、生ハムとアボカドのやつ」
いいかな? とシオリは決定を口にしたあとこちらを見つめる。
いいもなにも、シオリがお金を払うのだし、シオリが俺の雇い主なのだ。
そんなに気を遣わなくてもいいのに。
シオリが手慣れた感じで、店員に注文する。
「焼き上がるまで二十分ほどお時間いただきます」と店員は言い残して去って行った。
以前の俺だったら、女の子とふたり料理が来るまで手持ち無沙汰で、この時間を苦痛に感じていただろう。
どうやって、逃げ切ろうと必死に頭を巡らせていただろう。
だけれど、今は違う。
シオリと一緒なら。
シオリと二人でいるとき、話題がつきることは無かった。
「ねえ、そういえば何時もつけているそれってお気に入りなの?」
俺はシオリの胸元と耳のあたりを指さす。
そう初めてあったときもだけれど、こうして制服なんかで会うときもずっと付けている。青い滴型のネックレスとおそろいのイヤリングだ。
初めて会ったときの白いワンピースなら分かるけれど。
制服には少々派手すぎるデザインだった。
お嬢様学校なら校則も厳しくて華美なデザインとして怒られそうだと思ってちょっとだけ気になったのだ。
「えっ、あっ。これ。そうそう、すごくお気に入りなの」
なにか様子が変だった。まるで、校則を破ったのを見つかって先生に咎められる生徒のように慌てている。
なんでそんなに慌てているのだろう。相手は俺だというのに。
「いや、いつも着けているからちょっと気になっただけだよ」
俺はシオリを安心させようとして言ったけれど、シオリはより慌てる一方だ。いつもは落ち着いていて、おとなしい感じのシオリが、なぜだかそわそわしているし、目が泳いでいた。
「そんな大したものじゃないから……」
そういって、耳のイヤリングをぎゅっと押し込むように触る。
アルバイトだけど恋人としてシオリと一緒にいて気づいたのだが、シオリは慌てたり困ったりしたとき、そのイヤリングをぎゅっと押し込むように触る癖があるみたいだった。
しかし、イヤリングとネックレスの話でなんでそんなに困るのだろうか。触る癖があるということはきっと、お守りのような意味合いで持っているものなのかもしれない。
だけれど、お守りなら俺に聞かれて慌てたり困る必要なんて無いはずだ。
どうして、そんな風に困っているのだろう。
もしかして、昔の恋人からもらったものなのだろうか。
少女マンガであるよくある。忘れられない昔の恋人からもらったとか……。
俺はちょっと想像しただけなのに、ちょっとだけ嫉妬した。
嫉妬したあとで気づく。俺はアルバイトでシオリの恋人になっていることを。
どうしてあんな申し出をうけてしまったのだろう。
あんな申し出なんて受けずに普通に友だちから始めていたらこんなにもやもやとした気持ちにならなくて済んだのに。
そんな風にもやもやを抱えているうちに、店員さんが「おまたせしました」とできあがったパンケーキを運んできた。
「ねえ、一口ちょうだいね」
パンケーキをみて、シオリは明るい感じでいった。
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