第9話 「あの、もしよかったらこれ食べない? 作ってみたの」
「おはようございます。えっと、アキラ君」
朝だというのに、シオリはめちゃくちゃ元気だった。
俺はというと……すごく眠い。
朝は苦手なのだ。早起きして何かをするというのは信じられない。朝練なんて無理だ。中学時代は朝練があることを理由に野球部を諦めたくらい、俺は朝が苦手だった。
なのに、昨日の夜。シオリから『明日の朝、デートしませんか?』と連絡が着たのだ。
正直、何かの見間違いだと思った。
アルバイトで彼氏になるのだからデートをするのは当然だと思うけれど、何で朝なのだろう?
デートといえば、学校帰りに待ち合わせとかそういうイメージだったんだけど。
俺は一応、『朝なの……放課後じゃなくて?』と確認のメッセージを送る。
すると、『朝です。もし良かったら朝ご飯も一緒にたべませんか?』
とすぐに返事が来た。
ちょっと、面白そうだと思った。
放課後にデートなんて言っても、俺はどこか適当に買い物に付き合うとかスイーツを食べにいくくらいしか思いつかない。マンガやドラマでみるようなありきたりな内容だ。
だけれど、シオリの提案は『朝ご飯』だ。
最近は家族とも朝ご飯を食べない(俺は朝はあまり食欲ないし、親は朝はコーヒーを飲むくらいだから)ので、誰かと朝ご飯を食べるなんて面白そうだと思ったのだ。
でも、今は猛烈に後悔している。
眠いのだ。
朝から完璧な美少女のシオリを目の前にしても眠気には勝てない。
俺は今朝、シオリとの約束のためにスマホのアラームの他に小学校の頃から使っている目覚まし時計をせっとした。みんなが知っている通信教育の付録でついてきたキャラクターの奴だけれど、これが「オハヨウ! アサダヨ! オキテー! ぐううzzz』という人を起こしながら自分は寝るというとんでもなく腹が立つ目覚ましだった。
そのおかげでこうやって遅刻することは無かったけれど。
朝の公園の空気はすごく冷たかった。
でも、意外と人も多い。ランニングや犬を連れて散歩している人が結構いる。
夕方の公園の方が人が少ないと思えるくらい賑わっている。
みんな元気なんだなあ。ちゃんとした人間というのはこうやってちゃんと朝起きられなきゃだめなんだろうなと俺はぼんやりとした頭で思っていると、彼女が急に俺のそでの端っこを摘まんでをクイッと引っ張ってきた。
「眠いんですか? アキラ君」
心配そうな顔でのぞき込んでくる。
「うん、朝はちょっと苦手で」
「じゃあ、コーヒー飲みませんか?」
そういって、歩き出した。
歩いていると、時々、シオリの手の一部が俺の手に触れる。
ときどきあたるシオリの指先は冷たくてどこかにぶつけたら壊れてしまいそうなくらい華奢だった。
近くにあるチェーン店でコーヒーとホットドッグをテイクアウトする。朝ご飯っていうから、俺はシオリがお弁当でも作ってきてくれるのを期待していたことに自分で気づいて恥ずかしくなった。
なに勝手に期待して、がっかりしてるんだろう。
俺は自分がちょっと浮かれていたことに気づいて苦笑いした。
再び公園に戻り(といってもさっきと違い公園のランニングルートからはずれた人気のないベンチだ)、シオリと一緒に朝ご飯を食べた。
そんな静かで現実離れした空間で、紙の包みをカサカサ言わせてホットドッグを食べその油っぽさを熱いコーヒーで流し込むのは、楽しかった。まるで自分がどこかの映画の登場人物になったみたいな気がする。
さっきまでがっかりしていたのが嘘みたいだ。
自分は今すごく新しい世界をみていると思った。
朝に食欲なんてわかないと思っていたのに、肉の味がしっかりと濃いウインナーに軽くトーストされたパンは食欲をそそる。そして、肉の脂の味は熱いコーヒーが絡め取って流してくれる。コーヒーの香ばしい匂いと、澄み切った朝の空気が胸の中をすうっと清々しい気分にしてくれた。
心なしか、何時もの朝学校にいくギリギリまで寝ているときよりもずっと頭が冴えているような気がした。
今日は俺もシオリも、あまり喋らなかった。
ただ、景色と時々遠くの方でランナーが通過するときの派手なスポーツウェアの色がチラチラと見えるのをぼんやり眺めていた。
別に気まずくない無言も心地が良かった。
食べているときに無理矢理話したり、相槌を打つのは本当は好きじゃない。それに気づいてから、俺は家族と食事の時間をずらしていた。
心地の良い無言の中、俺はあっという間に食事を終える。
環境がいいのか、そのホットドッグが美味しいせいかなのか分からないけれど、少々ものたりなかった。
残ったコーヒーをちまちまとすする。
苦い。
さっきまではホットドッグの脂もあってこんなに苦く感じなかったのに、やっぱり俺にはブラックは早すぎたか。顔をしかめていると、シオリはいつの間にかタッパーを取り出して、
「あの、もしよかったらこれ食べない? 作ってみたの」
と聞いてきた。
タッパーの中身はなんと、太陽の色をした美味しそうな卵焼きが礼儀正しく並んでいた。
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