第7話 「よろしくお願いしますね。彼氏さんっ」

「単刀直入に言おう。俺は昨日まで君にあったことがないと思うんだ」


 彼女は「えっ」という顔をして、固まった。

 そして、再び耳元を抑えて静かに考え込むような顔をする。

 この仕草は彼女の癖なのだろうか。

 うーんと迷ったあと、彼女は静かに、


「どうしてそう思うの?」


 と俺に尋ねる。

 質問に質問で返すなんてずるいなあと思う。


「だって、君くらいの美人、一度見たら忘れるわけないよ」


 俺は正直に答える。

 大がかりな“ドッキリ”であるならば、とっとと終わらせたかったから。

 すると、彼女はぽかんとした顔で俺をみつめた。

 そして、しばらくして、こう言ったんだ。


「だって、あの日は私あなたに顔を見せていないもの」


 さっき、言いあいっこをしたときと同じような、いたずらっぽい笑顔で。瞳をキラキラさせていた。


 彼女の言い分によると(彼女が美人かどうかは置いておいて、でも「そう思ってくれるなら、ありがとう」ということだ)、彼女はあの日は具合が悪かったのでほとんど顔を上げずに下ばかり向いていたとのことだった。


「でも、いくら下を見ていてもちょっとくらいなら顔がみえるじゃないか」


 俺が言い返すと、彼女は恥ずかしそうに白状した。


「あとね、あの日はお化粧してなかったの」


 最後の方は消え入りそうな声だった。

 彼女曰く、女の子というのは化粧で随分変わることができるらしい。

 にわかには信じられないけれど、「そういうもの」ときっぱりと言い切られてしまっては化粧をすることのない男である以上、納得するほかなかった。


 どうしよう、断る理由というか、このドッキリを終わらせるタイミングを失ってしまった。

 誰かがどこかからプラカードをもって「ドッキリでしたー!!!!!」ってやってくれないかなと周囲をきょろきょろと見舞わずが、カメラらしきモノは見当たらないどころか、カメラを隠せそうな置物や観葉植物には埃が積もっているのが分かったくらいだった。てか、これだけきょろきょろしたら、他の店なら店員さんがとんできて注文するのに、この店の店主はやってくる様子がない。

 本当に酷い店だ。

 高校生の俺だってあきれる。


「それで、聞きたいことはそれで全部ですか?」


 彼女は、俺が他になにも言わないのに驚いた様子だった。

 てっきり、アルバイトをするにあたって何か不安とか条件を確認したくて呼ばれたのだと思っていたのだ。


 だけれど、俺は彼女が俺と本当は会っていないのではという仮説が正しいと思い込んで、その謎さえとければこのアルバイトの話はなくなると思っていたので、それ以上はなにも考えていなかった。


「これ以上、疑問がないということはアルバイトの話、受けてくれますよね」


 彼女の手がそっと俺の手にのび、両手で包みこんだ。

 両手で俺の手を握ったまま。懇願するようにこちらをみつめる。


「は、はい。よろしくおねがいします……」


 俺は、もう断る口実が見つからなかった。それにお金も欲しかったし。相手は自分と同じくらいの年の女の子だ。最悪の場合、俺の方が力も強いし足も速いので逃げ切れる。

 俺が了承したことを聞いた途端、彼女はぎゅっと両手に力を込めて微笑んだ。

 頼りない小さな手が俺を頼ってくれているみたいでなぜだか誇らしい気持ちになれた。


「よろしくお願いしますね。彼氏さんっ」


 こうして俺の予想外の彼女との恋が始まったのであった。

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