第6話 「それで、あなたに付き合ってもらうために私は何をすればいいのかしら?」
俺は翌日の放課後、昨日の公園のすぐ近くにある古びた喫茶店にいた。
流石に、まずいと思ったのだ。
人前であんなに奇妙な話をするのは。誰かに聞かれたり見られたら、変に思われる。
だから入ったことはないけれど、なんども見たことのある場所。
この古くさい喫茶店に待ち合わせ場所を変えてもらった。
ここなら、静かだし、店なので万が一、あの美少女が変な人だった場合も第三者がいれば安心だ。
正直、店に入ったとき、失敗したと思った。
古ぼけた喫茶店だということは分かっていたけれど。
ドアをあけたとたん、ドアの上についている錆びかけた真鍮のベルが、『ガラン、カラーン』と調子っぱずれな音を鳴らしたけれど、「いらっしゃいませ」の声ひとつない。
ただ、エプロンをしたちょっとはげ気味のおっさんが置くからでてきて、「好きな場所、どうぞ」というだけ。
俺はこの店で一番明るそうな場所、窓際のテーブル席を選んだ。
喫茶店のテーブルが硝子っぽいのでよくよく観てみると、テーブルと思ったそれはインベーダーゲームになっていた。
驚いた。
こんなぼろい喫茶店なのに、どうしてこんなに洒落ていて珍しいものがあるのだろうか。
テレビで紹介される伝統のあるレトロ喫茶の特集とかをみて、子どもの頃は食事をしながらゲームをできるなんてすごいなあと感心したことを覚えている。
もちろん、親にねだっても連れて行ってもらえなかったけれど。
パサッ、カタッ。ゴン。
無愛想な店主が、ストロー、コースター。そして、クリームソーダの入ったグラスが順番に置かれる。
クリームソーダは意外なことに、赤いソーダが入っていた。
「グレナデンシロップが入ってるんですよ」
「お待たせしました」も言わない無愛想な店主は、眠そうな口調でいう。
「えっ、お酒?」
俺は慌てる。グレナデンシロップがなんだか分からない。名前は聞いたことあるけれど、なにかカクテルのレシピだった気がする。
俺、どう見ても未成年だし。そもそもクリームソーダを頼んだのに、なんでお酒がでてくるんだよ。いくら、成績悪くてサボりがちとはいっても、一応進学校の生徒だ。たぶん、学校にばれたら、ただではすまない。
慌てていると、店主は、
「グレナデン、知らない? ザクロのシロップだよ」
ちょっと馬鹿にされた気分だった。
この禿げ。もっと、禿げ散らかしてしまえ。
俺は心の中で悪態をついた。
俺はふくれながら、ストローの袋をびりりとやぶって、クリームソーダにストローをさした。ストローをさしたせいで、赤かったソーダがアイスと混ざってピンク色になる。
味は甘いかったが悪くなかった。
「ごめん、まった?」
ガラガラリーンという入り口のベルの音と一緒にそんなセリフが飛んできた。
「いらっしゃいませー」
今度は、店主のおっさんはちゃんと言ってる。
なんだよこの差は。
まあ、たぶん。俺が差別されたのではなく、彼女が特別扱いされたのだろう。
さっきまで、眠いのかと疑うくらい細いおっさんの糸目は、今度は三日月がたなってにっこりと微笑んでいる。
彼女が俺の前の席にすわると、店主はいそいそと、水とおしぼりが出てきた。
「お紅茶を」
彼女はメニューを見ずに注文した。
店主がさっと厨房に戻るのを見送ってから、
「サービスいいのね。この店」
と俺にこっそり囁いた。
「君にとってはそうみたいだね」
俺は皮肉めいた口調でいう。
すると、彼女は驚いたように眉をつり上げた。
そして、耳を抑えてちょっと考え込んでから、
「嘘」
と言った。
「本当さ」
俺は反撃する。
「嘘でしょ」
彼女は笑う。
「本当です」
俺は言い返す。
「嘘」
「本当」
「本当」
「うそ……って、ああ!」
引っかかってしまった。
彼女はやったああというように手を小さく上げて喜ぶ。
ああ、こんなに可愛い笑顔がみられるなら負けてもいいかなってくらい。
そんなことをしていると、店主のおっさんがポットに入った紅茶とティーカップそして、「サービスです」という言葉とともにクッキーがでてきた。
「ほらね、俺には何もなしさ」
店主が去ったあと、そう言ってふくれてみると、彼女はクスクスと笑い出した。
つられて、俺も笑う。
ああ、なんか昨日の夜まで思っていたような疑念とか怪しさとかどうでもよくなってくる。
ただ、二人で笑っているのが楽しかった。
ひとしきり笑ったあと、彼女は俺にこういった。
「それで、あなたに付き合ってもらうために私は何をすればいいのかしら?」
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