第4話 「ずっと、付き合ってなんて図々しいことはいいません。一ヶ月、一ヶ月だけでいいんです」

 目の前の女のこはすごく優雅にお辞儀をした。

 白いワンピースを着ているのも相まって、白鳥が優雅に舞っているようだった。

 きっと、ちゃんとした家の女の子なんだ。

 すごく姿勢が綺麗だった。


 まっすぐとピンと伸びた背筋。

 あんなに突拍子もないことを言ったのに、なぜだか俺は彼女から目が離せなくなった。


「ずっと、付き合ってなんて図々しいことはいいません。一ヶ月、一ヶ月だけでいいんです」


 彼女は俺に一歩近づいて懇願した。


「一ヶ月……?」

「そう、一ヶ月だけでいいんです」


 目の前の美少女は、うるうるとした目でこちら見つめる。

 頬が赤い。もしかして、これって泣く直前? まずい。女の子を泣かすなんてことになったら。いや、俺、なにもしてないけれど。


 だけれど、今、目の前のこの子に泣かれたらまるで俺が泣かせたみたいになる。

 そんなことになったらどうすればいいか分からない。

 そうだ、できるだけ話を引き延ばして、冷静になってもらおう。


「なんで、一ヶ月だけなの?」

「それは、状況に応じてです。とりあえず、一ヶ月、やってみませんか?」


 意外と押しが強かった。

 どうしよう、なんか楽そうだし断れない。


「ちなみにアルバイトってことは時給は?」

「時給はありません」


 ほらね、やっぱり美味しい話には裏がある。

 時給がないなら、アルバイトじゃないじゃないか。俺はまあ、変わりたいと思ってるのもあるし、買いたいものもあってアルバイトをはじめようとしたのだから。

 無報酬では、いくら相手が美少女でもアルバイトはやらない。


 俺がそういって、断ろうとした瞬間、彼女はふらりとバランスを崩しかけた。

 慌てて、俺は立ち上がって支える。

 今度はあのときよりも、大きくバランスを崩していたせいか、彼女は俺の胸の中によりかかるような形になってしまった。


 やばい、温かいし、なんかすごく良い匂いがする……。

 驚いて行動したのと、女の子が急に胸のなかにいるのと、もうよく分からないけれど、非日常が重なりあって俺の胸はドキドキしていた。

 なんだろうこの感覚。


 だけれど、こんなことで俺は無報酬のアルバイトなんて受けない。

 そう、こんなことで冷静を欠くなんて。そこまで落ちぶれてはいない。そもそも、アルバイトしませんかって言ってきた向こうから無報酬なんておかしいんだ……。


 だけれど、俺の胸に寄りかかる彼女はとても温かくやわらかくそしてどこか儚かった。

 まるで、今この瞬間にいるのが奇跡みたいで、ちょっと目をそらしたらどこかにいなくなっちゃいそうなくらい。なぜだか不思議な透明感があった。


「すみません。私ったら……でも、あのときもこうやって助けてくれたんですよね」

「い、いや」


 俺は彼女のペースに巻き込まれないように、とりあえず慌てて否定した。

 そして、彼女は今度は俺からすっと離れて、一歩下がった。


 さっきまでの柔らかさと温かさが消えて、急に胸にぽっかり穴があいたような気分になった。あれだけ彼女のペースに巻き込まれまいようにと思っていたのに、こうやって離れられるとこちらから手を伸ばしたくなる。

 どうして、こんなに俺はドキドキしたり寂しくなるのだろう。


 なのに、彼女ときたら「それで、アルバイトなんですが」とまた妖しげな話にもっていこうとする。

 ただ、「あのとき助けてくれてありがとう」とか「お礼をいいたかったの」とかだったら、こんな美少女に言われて悪い気はしない。悪い気はしないどころか、むしろこの再開をきっかけに付き合うとまでは言わないけれど仲良くなりたい、友だちになりたいと思うのに……。


「アルバイトの報酬は時給じゃなくて成功報酬です」


 とりあえず、一ヶ月無事に仕事ができたらこの値段でいかがでしょうと彼女が示した金額は俺が普通のアルバイトで想像した時給じゃ気が遠くなるまで、働かなきゃ行けないような金額だった。

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