第2話 「あ、あの。この前……っていっても、一ヶ月くらい前。助けてくれましたよね。バスで女の子を……」

「はじめて、会った人にそんなこというなんておかしくない?」


 俺は目の前の(たぶん)頭のおかしい美少女にいった。

 どう考えても普通ではない。

 今日は十二月二十三日クリスマスイブ前日でも四月一日エイプリルフールでもないのだから。

 せめて、この二つだったら、ちょっと恋人がいなくて焦っているとか、人をからかうのが好きとか理由が付けられる。


 だけれど、どっこい今日はどちらでもない。

 それに、俺は目の前の女の子に全く見覚えがないのだ。

 見ず知らずの人にいきなり告白するのも変だし、しかも「アルバイトでいいから」なんて。「体の関係だけでいいから」よりももっとやっかいだ。

 だって、アルバイトといえば、お金が発生するのだから。


 それに俺はそんなにイケメンではない。

 たとえば、某アイドルにそっくりだとかなら、その人と付き合っている気分を味わいたいからとかそんな理由で、そのアイドルになりきってデートをするなんて仕事もあるのかもしれない。


 だけれど、俺は自分でいうのもなんだが、いたって普通だ。

 しかも、芸能人なら誰に似ているかと聞かれるとたとえられる人間がいない。ただ、近所のおばあちゃんからはものすごーく昔の俳優をあげて、「少し、そうそう、斜め四十五度くらいみあげた瞬間なら面影があるかもねえ」なんていわれるくらい似方しかしていない。


 つまり、俺にわざわざ金を払ってデートをする意味なんて全く理解できない。


 あとは、もう一つありうるとしたら、家庭教師代わりとかだろうか。残念ながら俺は高校に入ってからは落ちぶれた。

 中学までは決まって学級委員に選ばれるような真面目で成績優秀な生徒って目でみられていたけれど、高校に入ってからはみんながそういう経験をしてきただった。


 受験という戦いの中で勝ち残ってきたのだから当然だった。

 スタートラインはほぼ同じだったけれど、高校で必要とされる努力は中学までとは比べものにならなかった。

 みんなが大学を行くこと目指している学校だ。


「今まで通り頑張るだけじゃだめ……みんなが努力しているんだから、周りよりももっと努力しなくちゃ」


 初めてのテストが帰ってきたときの、親の絶望と落胆と非難が入り交じった言葉を思い出す。

「いままでは、良い子だったのにねえ……」とため息と同時に吐き出された言葉で俺はどうでも良くなってしまった。


 別にサボっていた訳じゃないのに、ただ一回テストの結果が良くなかっただけで、俺は不良にでもなったかのように親は失望するのだ。もういっそ、そのまま不良にでもなってやる。

 そのときはそう思った。

 だけれど、俺は不良にもなることができなかった。


 そもそもずっと、良い子で生きてきたのだ。

 今更、別な生き方なんて分からなかった。

 だけれど、頑張り方も分からない。どんなにあがいても落ちていくだけ。


 良い子に戻る方法も見つけられず、俺はただ、だらだらと落ちていくだけだった。

 ただ、怠惰な高校生が完成した。

 すこしでも変わりたい、そう思ってアルバイトを探したのに見つからないというオマケつきだ。


 だから、家庭教師代わりに使うということも有り得ない……一体何が目的なんだ?


「あ、あのっ……」


 俺が考えこんでいると、目の前の女の子はおずおずと、俺に再び話しかける。すっごく不安そうな顔をしていた。

 俺はちょっと考え込むとつい没頭して無口になってしまうところがある。もしかしたら、そんな様子をみて目の前の女の子は俺が怒っているとか無視していると思ってしまったのだろうか。悪いことをしてしまった。


「ああ、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって」


 俺はできるだけ、怖くないように、ゆっくりと言った。


「あ、あの。この前……っていっても、一ヶ月くらい前。助けてくれましたよね。バスで女の子を……」


 一ヶ月前? はっきりとは覚えていないが確かに、前にバスで女の子を助けたかもしれない。

 助けたといってもそんな大げさなことじゃない。


 部活もやっていない俺は、高校の授業を時間割をみてサボるということを覚え始めていた。

 その日も時間割をみると、特に重要な授業はもう無かったので「先生、頭が痛いです」と適当な理由を職員室に言いにいって早退学校からの早期脱出ゲームをしたのだった。



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