第18話 あるバレンタインデー2

「酷い目に遭った……」


 深紅の強襲から十分後、シフトに入ってくれたバイトさんと入れ替わって休憩室に来た俺は、思わず溜め息を吐いてしまった。


「千隼、おつかれー。どうしたの、そんな疲れて」


 まだ休憩時間が終わっていない湊が、椅子に座ったままひらひらと手を振ってくる。


「ちょっとした事故に遭ってな……」


 俺は彼女の対面に座ると、深紅にもらったチョコをテーブルに置いた。


「あれ、商品持ってきたの? 廃棄の品?」


「いや、深紅からもらった。バレンタインのチョコだそうだ」


 遠い目をしてそう伝えると、なんとなく事情を察したのか湊は苦笑した。


「……なるほど。深紅もなかなか面白いことするね。よし、私のバレンタインも同じようにしよっか」


 ガタッと椅子から立ち上がる湊。


「待て! それだけは待て!」


 俺は咄嗟に彼女を引き留めた。


「こんな悲しいチョコがまた生まれてたまるか! 考え直せ!」


 必死の説得が功を奏したのか、湊は再び着席した。


「そんなに嫌?」


「当たり前だろ! めちゃくちゃ虚しかったからね!」


 深紅に贈られたのですらあんなに虚無感あったのに、湊に同じことをされた日にはポッキリと心が折れかねない。


「確かに、千隼が作ったチョコを千隼に贈るのは虚しいね。しょうがないな、じゃあ店長が作ったチョコを贈ってあげる」


「祖父なんだわ! その店長、俺の祖父! バレンタインに爺ちゃんが作ったチョコを食べる孫の身にもなれ!」


 母チョコレベルでしんどいチョコである。


 このまま湊の自主性に任せていたら何を贈られるか分からない。


 多少マナー違反だが、こちらからチョコのリクエストをしよう。


「いやもう、贅沢は言わないから、せめて本命感のある手作りチョコで頼む」


「だいぶ贅沢言われた気がするんだけども。バレンタインにおいてそれ以上の贅沢はないよ」


 湊は呆れたような顔をしていたものの、俺は意見を曲げるつもりはない。


「だってお前に義理チョコとか贈られた日には、俺は寝込むぞ。二日ほど」


「どんだけメンタル弱いのさ」


「メンタルの弱さではなく、愛の重さだと思ってほしい」


 俺は心から訴えたのだが、どうも湊には響かなかったらしく、白い目を向けられた。


「ふーん……そんなに欲しがってるようには見えないけどね。他の子にもらったチョコをこれ見よがしに持ってきてるくらいだし」


 湊は唇を尖らせると、テーブルの上に置かれた深紅からのチョコを軽く小突いた。


 と、それを見て、俺の中に一つの直感がよぎる。


「湊、もしや妬いてる?」


「何がよ」


 ポーカーフェイスを維持する湊。


 しかし、幼馴染みの俺には彼女の瞳が微妙に揺らいだのを見逃さなかった。


「いや、俺が深紅にもらったチョコを見せたから」


「べっつにー」


 ふいっと顔を逸らす湊。


 そのふくれっ面が、俺に更なる確信をもたらした。


「……もしかして、この休憩中にチョコを渡してくれるつもりだったのか? なのに、俺が他の子にもらったチョコを見せたりしたから、出鼻を挫かれたとか」


 そこまで言ったところで、湊の横顔がみるみる赤くなった。


「そ……」


「そ?」


 小首を傾げる俺を、湊は思いっきり睨み付けてきた。


「そこまで推理できるなら、図星差されたら恥ずかしいってことも推理してくれないかな!?」


「お、おう……当たってたんだ」


 俺の洞察力も意外と捨てたもんじゃないらしい。


 と、軽く動揺した俺のリアクションでますます恥ずかしくなったのか、湊はぷるぷると震えた。


「も、もういい! 今年は千隼のチョコはなし!」


「なに!? 待て! 謝る、謝るから!」


 すたすたと休憩室から去っていこうとする湊を、慌てて追いかける。


「もう遅い! 来年まで反省してなさい!」


 普段なら余裕を見せる場面だろうに、今回は湊なりに緊張していたようで、完全にへそを曲げてしまった。


「よし、分かった! じゃあ逆チョコでどうだろう! 俺がチョコをあげることで、湊からもらえない虚しさを誤魔化す感じで!」


「受け取りませーん!」



 ――この後、日付が変わる直前まで謝り倒してチョコをもらう俺であった。

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