第6話 誰かにとっての特別な一日・2
「あ、もしもし。風間様でしょうか? お世話になっております、ホテルスプラウトです。ただ今ですね、娘さんが迷子になっていたのを保護したので、ご連絡差し上げたのですが。ああいえ、わざわざ戻ってこられなくても、我々が娘さんをそちらにお届け致しますので、現在地を教えていただければ」
――という湊の電話によって、俺たちが両親の元まで亜里砂ちゃんをエスコートする話はまとまった。
「あの……本当にいいんですか?」
湊と手を繋いで街を歩きながらも、亜里砂ちゃんは少し遠慮がちだった。
「もちろん。せっかくなんだから、いいプレゼント買おうね!」
「つっても、時間はないがな」
俺は時計を見ながら一つ注釈を付けた。
両親は今頃不安だろうし、時間をかけるわけにはいかない。
道中でパッと買うのが理想だ。
「お二人とも、ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げる亜里砂ちゃん。
「ふふっ、どういたしまして」
「これも仕事のうちさ」
それに少し微笑ましくなりながらも、俺たちはお土産屋に入る。
入り口から観光客向けの商品がたくさん並んでいて、目移りしそうな光景だった。
「じゃ、選んじゃおうか」
「はい」
わくわくした様子で店内を回る亜里砂ちゃん。
最初は興味深そうに眺めていたものの……徐々にその表情は曇り、やがて足が止まった。
「なんか、こういうのじゃない感じが……」
どうも、彼女が求めているものとこの店のラインナップが噛み合わないらしい。
「ふむ……まあ結婚記念日のプレゼントだもんね。お土産って感じでもないか。かといって、あんまり高いものは買えないだろうし、どうしたものかな」
眉根を寄せて考える湊。
俺もどうにか亜里砂ちゃんのお眼鏡に適うものがないかと、少し周辺の棚を見て回ってみる。
すると、不意に見慣れた人物の姿が目に入った。
「あれ、宮國先生?」
私服を着た担任教師が、土産屋の商品を真剣な目で眺めている。
地元民が土産屋で何をしてるんだ? と思っていると、その視線に気付いたのか、宮國先生がこっちを見た。
「あ、桐生君。こんにちは」
「どうも。プライベートで会うのは珍しいですね」
俺たちが挨拶を交わしていると、湊もそれに気付いたのか、棚の陰からひょこっと顔を出した。
「おや、宮國ちゃん? 何やってるんですか、こんなところで」
先生を発見するなり、小首を傾げる湊。
フランクな彼女に、先生は顔をしかめた。
「もう。先生と呼びなさいといつも言ってるのに」
威厳がありすぎるあだ名を嫌がる湊とは対照的に、宮國先生は教師としての威厳を保つため、あだ名で呼ばれるのを嫌がる。
とはいえ、そこに込められた親愛は嬉しいみたいなので、あんまり厳しくは言わないが。
「まあまあ。今は先生もプライベートですし」
「それを言われたら弱いわね。ま、今回は大目に見ましょう」
案の定、湊が軽く宥めただけで先生はあっさりと許していた。
「話戻しますけど、地元民が観光客用の店にいるなんて、どうしたんです?」
改めて訊ねる湊に、宮國先生は包装された饅頭を手に取りながら答える。
「今度実家に帰るから、お土産でもと思ってね。ところで、その子は?」
宮國先生が、俺たちの間にいる亜里砂ちゃんの存在に気付いた。
途端、湊が亜里砂ちゃんを抱き締めながら答える。
「見ての通り、私と千隼の隠し子です」
「そうなの!?」
「どう考えても湊の嘘ですよ!? 信じる要素なかったでしょ!」
謎のピュアさを見せた宮國先生に、俺は慌てて訂正を入れる。
すると、先生もほっとしたように胸を撫で下ろした。
「そ、そうよね……もし本当なら、桐生君は隠さずに自慢して回るものね」
「もっと他に根本的な問題があるでしょ! ていうか先生は俺をどんな人間だと思ってるんですか!」
「いや、自分の担当クラスに露骨なカップルがいると、いつそういう騒動が起きるかってひやひやものでね……桐生君は割と要注意人物だったの。なんかこう、愛情を抑える術とか知らなそうだし」
「いやそんなブラックリストに入ってるのなんて知りたくなかったわ! 何故墓場まで持っていってくれなかったんですか、先生!」
これから教師と人間関係を築いていくことに、ちょっと臆病になりそうだ。
ええい、これ以上知りたくもない情報をインプットするのも嫌だし、亜里砂ちゃんについての事情をさっさと説明してしまおう。
「実は今――」
俺は手短に事情を説明する。
一通り話を聞き終えた先生は、軽く頷いてからしゃがみこんで亜里砂ちゃんと視線を合わせた。
「亜里砂ちゃん。君のご両親はどんな人?」
訊ねられた亜里砂ちゃんは、たどたどしくもしっかりと答えていく。
「えと、とっても忙しいですけど、二人とも優しいです」
「そう。旅行はよく行くの?」
「よくかどうかは分からないですけど、年に一度は。それで毎年写真を撮るんです。旅行が終わって、家に帰ったらみんなで一緒にアルバムを見るのが楽しくて」
「……そっか」
少女の話を、微笑ましい表情で聞いていた宮國先生。
「なるほど、そっか。うん、ちょっと分かった気がする」
二人のやりとりを聞いて、湊は何か納得したように頷いた。
「お役に立てた?」
宮國先生も初めから答えが見えていたのか、笑顔で湊を見つめる。
「はい。とっても」
「うん。じゃあ私は自分の買い物があるからこれで。あとは頑張ってね」
自分の役割は終わったと判断したのか、宮國先生はレジのほうに去っていった。
「ありがとうございました!」
「お疲れ様です」
その背中を見送ってから、俺は湊に向き直った。
「分かったって、何がだ?」
軽く置いてきぼりにされた俺が訊ねると、彼女は自慢げに語り始める。
「単純なことだよ。亜里砂ちゃんの両親は亜里砂ちゃんのことが大好きで、なおかつ思い出を大事にする人。そして多分、毎年亜里砂ちゃんがどれだけ成長したかを確認して幸せを感じてる。なら、やることは一つ」
そこまで言われれば、俺にも分かる。
「……手作りの品か」
「正解」
娘が去年まで作れなかったものを作れるようになっている。
その成長の証を、思い出として残せたら最高だろう。
「というわけで、ご両親へのプレゼントは亜里砂ちゃんの手作りお菓子! 監修は千隼ね!」
「やっぱりそうなるよなあ」
他に手作りで俺たちが役に立てるってことはないし。
ただ、そうなると俺の仕事量が凄まじいことになってしまう。
「参考までに聞くが、聖に預けるっていうのは?」
ほら、お菓子じゃなくても手作り料理って手段もあるし。
一応提案してみると、湊は何故か生温かい目をこっちに向けてきた。
「いいけど……どうする? 亜里砂ちゃんが急に『練達の師により伝承された我が奥義を見よ』みたいな中二言語喋り始めたら」
「俺が悪かった」
客を中二病に罹患させて帰したら、ホテルの品位が疑われる。
「ちなみに深紅は?」
「んー……あの子も駄目。ちょっと今違う仕事頼んでるし」
当てにしていたもう一人も、どうやらスケジュールが埋まっているらしい。
何故かその仕事の内容をはぐらかす雰囲気があるのは疑問だが……とにかく俺が一肌脱ぐしかないようだな。
俺は亜里砂ちゃんに向き直ると、なるべく笑顔を作って話し掛ける。
「というわけで、これから俺がお菓子作りを教えることになるけど、いいかな?」
「はい。よろしくお願いします!」
ぺこりとお辞儀をしてくる亜里砂ちゃん。
そんな俺たちを見て、湊も一つ頷いた。
「よし、決まりだね。亜里砂ちゃんの両親は明後日……つまり結婚記念日に、ホテルでデ
ィナーの予約をしている。だから、そのコースの最後に出てくるデザートを、亜里砂ちゃんの手作りお菓子で飾るというサプライズを贈ります!」
湊は俺と亜里砂ちゃんの手を取ると、万歳するように思いっきり振り上げた。
「がんばろー! おー!」
「お、おー」
盛り上がる湊に気を遣ったのか、亜里砂ちゃんも掛け声を上げる。
そして、俺に注がれる二人分の視線。
「……おー」
渋々ノリを合わせた俺に、湊は満足そうな表情を浮かべるのだった。
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