第22話

 一夜明け、コミス村は再び穏やかな姿を取り戻していました。

 嵐のように突如現れたかと思ったらあっという間にいなくなる。そんな勇者様ご一行との大立ち回りを繰り広げたものの、被害らしい被害がほぼ無かったのは幸いでした。

 ただ……。


「村長さん、理解していただけましたか?」

「うむ……誠にご迷惑をおかけしました」


 今回の騒動、発端はやはり村の雰囲気が禍々しかった事に他ならないでしょう。いらぬ誤解を招かないためにも、サイモンも協力して元のデザインへと戻している所です。


「あの、本当に理解してくれてます?」

「しておりますとも!」

「じゃあその格好をやめていただいてもよろしいですか」


 なのに村長だけは魔物の幹部みたいな格好を気に入ってしまい、なかなか着替えてくれません。


「どうしてもダメですかの?」

「ダメです。……実は、僕たちは今日にも村を発とうと思っていまして」

「なんと!」

「またトラブルが起きても助けに入る事はできません、だから誤解を招かないためにもお願いします」

「うむむ……そういう事ならば仕方ありませんな。わかりました、数日中には何とかいたしましょう」

「できたらすぐにお願いしたいのですが」

「こればっかりは心の準部というものがありますからのう」


 この村長、何をそんなに気に入ったのでしょうね。着替えるくらいすぐに終わらせて欲しいものです。


 その一方でマーレは森にいました。今日はサボっているわけではありません、村を発つ準備の一環として探し物をしているのです。


「くっそー、どこだぁ~? サイモンたら馬鹿力で投げちゃってもう」


 探しているのはもちろん、最悪のタイミングでかかってきたため思わず森に投げ捨ててしまったスマホンです。あれが無いと次の目的地はもちろん、デスロードと連絡を取る事ができませんからね。


「投げた方向は合ってると思うんやけど、ちょっと小さめの本やからなあ」

「にしても、あのアニキがいきなり無くすとは思ってもみなかったっすね」


 捜索にはバジニアと、ようやく合流したロッコウも加わっています。彼は見た目がいかにもなモンスターですから、微妙な時期に村に寄り付かない方が良いという判断でこっちに参加していました。


「にしてもあんた随分来るのが遅かったわね、私たち村に着いてから変なのに絡まれて大変だったんだから。それでも私のお目付け役なの?」

「そのお目付け役から全力で逃げるような奴が何言ってやがる」

「私には態度悪いのね。尻尾ブチ切ったのをそんなに根に持ってんの? 尻尾だけに尾を引きずってんのね?」

「ついでに頭もブチ切れそうってのを足しておいてくれ」


 うーん険悪、このふたりはなかなか仲良くできそうにありません。


「だいたい、お前が素直に帰ってりゃあ何も問題はねえんだよ!」

「……」

「な、何だよ……」


 ロッコウの言葉にマーレが何やら考え込んでいます。珍しく言い返してこないその態度にロッコウのほうが困惑しちゃってますね。


「なんや、変なモンでも拾い食いしたんか?」


 バジニアまでもが心配してやって来ました。ちょっと考え事をしただけでこの心配されよう、さすがにマーレも不満そうです。


「みんなして私を何だと思ってるんだよ、私だって考え事くらいするぞ」

「そら悪かったな。で、何を考えてたんや?」

「いやちょっとね、家に帰ってもいいかなって思ったのよ」

「マジで?」


 これは意外、まさかマーレの口からそんな言葉が出てくるとは。

 バジニアはマーレとはそこそこの付き合いですけれど、ワガママなマーレが自分から折れた事など一度もありませんでした。それだけにこの発言は衝撃だったのです。


「どういう風の吹き回しや? 吹雪にでもなるんちゃうか」

「うるさいな。……あのヘンテコな奴ら、けっこう強かったでしょ?」

「あー、そら勇者とそのお仲間やからな、強くて当然や」

「私、今まで自分の事は世界最強だと思ってたの」


 なんとまあ大きく出たものです。アホだとは思ってましたがそこまでの自信があったとは。ロッコウも怒りを通り越して呆れてます。


「お前、よくそこまで言い切れるな」

「試してみる? 今ならマーレちゃん人形のおまけ付きよ」

「いらねえ」

「遠慮するなよ、後でサイモンに作らせるからさ」


 ボコボコにした上で人形をくれるという意味なんでしょうか? どちらにせよいりませんし、サイモンに迷惑をかけるんじゃありませんよ。


「話、途中やで」

「おっといけない。まあなんだかんだで、実家に帰ればまだまだ強くなる方法があるかもしれないってわけよ。今でも最強だけど、どうせなら楽勝で最強でいたいじゃない?」

「痛さではすでに最強やけどね」

「殺魚チョップ!」

「――腕落とし」

「ギャー!」


 強敵に出会って己の実力を思い知った話なのかと思いきや、もっと楽勝で勝ちたいという話でした。こうしてケンカのたびバジニアから軽くあしらわれてしまうのに、決して尽きる事の無い自信はある意味敬意すら感じます。


「みなさん、お疲れ様です。……って、うわあ!」


 と、そこにサイモンが合流しました。スマホンを探しているだけなのに、マーレの片腕が切り落とされていたらそりゃ驚きます。


「うう……いい所に来たサイモン、はやくモザイクかけてくれ……」

「それもある意味必要かもしれませんけど治癒魔法をかけておきますね」


 でも驚いたのは最初だけ、サイモンは冷静にマーレの腕を拾い上げます。こう淡々と対処していると魔物生活にも慣れてきた感がありますね。


「あ、アニキお疲れ様です。スマホン見つけておいたっすよ」

「ありがとうございますロッコウさん」

「あんたタイミング考えなさいよ。ていうかスマホン隠し持ってたわね! 殺魚パンチ!」

「ギャア! 無い腕で殴りやがった!」

「ギャー! 痛たたたた!」

「マーレ、動かないでください」


 いつの間にかスマホンを見つけていたロッコウ、それをサイモンへの点数稼ぎと見たマーレが速攻で攻撃を仕掛けます。まだ腕を治してないのにアホです。


「何しやがるこのアホ人魚!」

「ソレは私が見つけたかったんだよ! 見つけたんなら見つけたって言え!」

「まあまあ、おふたりとも……」

「ホンマ、サイモンに苦労かけてどないすんねん。なあサイモン?」

「あはは。実を言うとちょっと楽しくなってきちゃいました」


 賑やかなのは良い事です。そしてバジニアにはまたしてもサイモンがオカンに見えている事でしょう。


「さて、治療も終わりましたし、スマホンも見つけたところで出発しますか」

「あれ、もう行くの?」

「誤解があったとはいえ王女様と事を構えてしまいましたからね。その誤解も解けていませんし、村に王国軍でも来ようものなら迷惑どころではありませんからね」


 ああそうか、サイモンたちはアリエンテが追放の身である事を知らないのでした。

 心配せずとも村の装飾も元に戻しましたし、表立って王国軍が来ることはないでしょう。もっとも、彼らはそれを知る由もありませんがね。


「ねえサイモン、今回はひとりで行くとか言わないの?」


 マーレがサイモンを見上げて言いました、少しだけ意地悪な笑顔を浮かべながら。


「そんな事言って、ごく当たり前について来る気満々じゃないですか」

「そりゃそうでしょ。なんだかあんたの事ほっとけないのよね、私がいなきゃダメなんだから」

「いやそれ絶対逆やろ」


 バジニアのツッコミにロッコウも頷きます。


「そう言うバジニアさんも来てくれるのですね」

「そやね。いい機会やし、世の中どないな服があるんか見てみたいんよ」

「バジニアが来るんなら服の心配はいらないしな~」

「ウチはアンタのクローゼットちゃうよ? あんまり服好きやないくせに」


 マーレに軽くツッコミを入れながらも、実はバジニアにもまた思うところがありました。


(ウチも、このままやったらアカンな……)


 そしてそれはロッコウも。


(オレは必ず使命を全うしてみせるぜ。アニキ、あんたなら必ず……!)


 それぞれの想いを胸に秘め、記憶のないお人好しサイクロプスとその仲間たちは森の中を歩き始めました。

 次なる目標は、かつて魔王軍の幹部を務めたという悪疫公カトリオナ……の二代目。


「さあ、この国の現状を確かめ、悪政を正しに参りましょう!」

「そんな目的だったかな……?」


 やれやれ、果たしてサイモンは記憶を取り戻せるのでしょうか。ホント、いろんな意味で。


 *****


 それからもうひとつ。サイモンたちからは遠く離れたここ、アリエンテのキャンプでも新たな問題が発生していました。


「うわーん、こんなのわたくしの剣ではありませんわ!」


 アリエンテが変わり果ててしまった〈魂の器ソルクレイド〉を前にまた駄々をこねています。


「そうは言うが娘っ子、余は強いぞ」

「うわーん、勝手にしゃべる剣なんてイヤですわ!」


 そうなんです、あれから少し時間が経ち、ようやくアリエンテが落ち着きを取り戻したと思ったら、〈魂の器ソルクレイド〉が禍々しい形状に変化しただけでは飽き足らず、ついには喋り始めてしまったのです。

 わんわん泣いて不満を訴えるアリエンテとそれを慰めるいかにもな魔剣。呪いが元になっている割には話してみると良い奴でしたが、お付きのふたりにはどうしていいかわかりません。


「姉上、これはどうしたものかな!」

「どうかしらねえ~」


 こんな時、頭を捻るのはメルメルの役目です。消去法で。

 それを理解しているメルメルはあれこれ思案を巡らせていました。


(アリエ様の呪い自体が剣に移った? それにしても自我のある呪いなんて驚きね、もしかしてあのサイクロプスの仕業なのかしら。一応報告は出したけど、またあのサイクロプスに会う必要があるかもね……)


 メルメルが自分のスマホンを開きます。そこにはこの大陸の簡易地図、そして彼女の作った魔神器の位置が映し出されていました。


 *****


 ……フフフ、ハハハッ!

 いやいや、それにしても長年にわたり王家を悩ませていた闇の力を、あんな力づくで解決してしまうとは! 神聖魔法が使えるサイクロプス、この組み合わせは思っていたよりも『当たり』だったかもしれませんね。

 横で見ていた者たちにとっては、ただサイモンが引っこ抜いただけに見えた事でしょう。でもあれ、実はけっこう高度な事なんですよ。

 形なき闇の力に仮の実体を与えて掴み、宿主であるアリエンテにダメージが残らないように回復魔法を施す、ついでに聖なる力と腕力で暴れる闇を抑えながらね。

 あと、取り出した後に消滅させなかったのはよく気が付いたと褒めてやりたいですね。

 実を言うとあの闇の力、アリエンテの命と直結している厄介なシロモノなんですよ。もしあのまま消滅させていたらアリエンテもどうなっていたか。おお、考えるだけで恐ろしい~。


 いやほんと、面白い事というのはいくらあっても足りないのですよ。

 どんどん力を増していくサイクロプス一行、闇の力が新たに形を変えた勇者一行。どちらもこの先どうなるのか、……我は楽しみで仕方がありませんにゃ!


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サイクロプスになる前が思い出せませんが困った事があれば言ってください ダイナマ @Dainama

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