第21話

 ここで少々昔語りをば。

 モッテナン王国歴代最強の勇者。今でこそアリエンテはそう呼ばれていますが、その道は決して平坦なものではありませんでした。


 最初の事件はアリエンテが四歳の頃。暇を持て余したアリエンテが部屋を抜け出し、両親を探して城の中をトテトテと歩き回っている時でした。

 城の中にはもちろん臣下の人間が多数います、当然アリエンテも侍女のひとりにすぐ見つかってしまいました。


「あらあら王女様、こんな所まで出てきてはいけませんよ」

「ちちうえ、あいたいー」


 そこは謁見の間へと続く扉の前。どうやらアリエンテは謁見の間でお仕事中の王様に会いたくなってしまったみたいです。


「王様は大事なお仕事をされている最中ですから、お部屋に戻りましょう」

「うー」


 アリエンテは恨めし気に扉を見つめます。警備上の問題で謁見の間に続く鉄の大扉はとても重く頑丈に作られていました、いつも担当の兵が開閉するくらいのものなので幼児のアリエンテに開ける事などとても無理なシロモノです。

 と、誰もがそう思っていました。その瞬間までは。


「……や!」


 ドオォン!


 これが彼女のターニングポイントとなった瞬間です。

 幼いアリエンテが両手で叩いたとたん、重い鉄の扉が爆破でもされたのかってくらい弾け飛び破壊されてしまいました。

 幸い死者は出ませんでしたが、近くにいた兵士と侍女数名が軽傷を負ったこの事件。その噂は瞬く間に王都じゅうへと広まりました。


「王女様は凄まじい力をお持ちになっている」


 街はそんな話題で持ち切り、建国の英雄である初代勇者の再来と誰もが熱狂します。

 でもこの熱狂は最初だけでした。だって今はいたって平和な世の中、さらに王都の中ではなおさら有り余る力を振るう相手がいないのですから。

 兵士たちと練習試合をするにしても王女はまだ子供、本気で相手をするわけにもいかず、かといって手を抜けば瞬殺されてしまいます。だから誰も戦いたがる者などいません。

 こういった事情で熱狂はすぐに冷め、まあ将来に期待かぐらいに落ち着きました。


 期待に応えたかどうかは知りませんが、アリエンテはアリエンテで成長に従ってどんどん強くなっていきました。単純な力だけでも彼女の前では鍵など意味をなさず、好奇心の強い彼女を止められるものは何もありません。体格にこそ恵まれなかったものの剣の才能も抜群で、その成長は留まるところを知りませんでした。

 話として聞いている分にはいいですけど、当事者たちにしてみればたまったものではありませんよ。王女が通った後はドアも道具も片っ端から壊れてしまうし、有り余る力の余波で被害に遭う事なんかザラでした。


 ちなみにこのあたりで王様の提案により、五歳年上の姉弟が専属の従者に任命されています。そう考えるとアリエンテは現在十三歳ですからイジメルダたちは十八歳という事になりますね。うん、まだあの格好はギリセーフじゃないでしょうか。知らんけど。

 まあ従者と言っても幼いころからずっと一緒にいるわけですから、幼馴染というか親友みたいなものですよ。ガムバルデにとっては良い訓練相手になりますし、イジメルダにとっては頑強なアリエンテは魔法や魔道具の良い実験相手になっています。

 えーと、その子は王女様なんですよ、一応。


 話が脱線しましたね。

 それである日、異常なまでに強くなっていくアリエンテに頭を悩ませた王様は高名な司祭を呼び、なんとか王女の力を制御できないか見てもらう事にしました。

 しかしその結果、思いもよらない事態が起こります。

 司祭が言うには、王女の力は何か邪悪なものが憑りついている事による反動との事でした。悪しき力は日に日に増大し、いつかは国の、世界の平和を脅かすとまで言い切ります。

 もちろんこんな事は王様にとって受け入れられるものではありませんでした。しかし、王女の力を目にしている手前、王としての責務もあり見過ごすわけにもいきません。

 王様はこの事を口外無用の極秘事項とし、なんとか解決の策を探ります。でも人の口に戸は立てられぬもの、どこから漏れたのやら再び王都の噂になってしまいました。


「王女の力は邪悪なもの」

「王女はこの国に災いをなす者」


 こうなるともうどうしようもありません。

 アリエンテは力を制御するための修行という名目で、わずか十歳にしてふたりの従者のみを連れた追放の身に。最後まで泣いてすがる王様の姿は今でも関係者の間で語り草となっています。


 ここだけの話、実際はもっと苛烈で、一部の者からは処刑の話さえ出ていたのです。さすがにそれは王様が許すはずもなく潰されましたが、よからぬ事を考える勢力はいつの時代にも存在するもの。つまり、暗殺者です。

 アリエンテはどんな気持ちだったでしょう、十歳で愛しい両親と別離し、住み慣れた城を追放され、邪悪な力を宿すと言われ命を狙われる放浪の日々。表向きは修行でも実状は追放ですから支援もろくに受けられず、はじめのうちは日々の食事にも事欠き、その日を生き抜くのが精一杯という有様でした。

 それでも生きて来られたのは、持ち前の恐るべき力と、ふたりの親友の存在のおかげでしょう。王様がふたりを選んだ基準は年齢がなるべく近い事と、王女の力について来れそうな者というものでした。つまり、優秀なんです。王様の溺愛ぶりが感じられます。


 それから三年経った現在、天才魔道具技師でもあったイジメルダが開発した魔神器、そしてアリエンテ専用の〈魂の器ソルクレイド〉によってかなり力は制御できるようになりましたが、いまだ王城への帰還は果たされていません。彼女たちは極秘裏に王様からの支援を受けつつ、各地で必要に応じその力を振るっていました。ま、野生動物みたいな雑魚魔物とか、そのへんの盗賊とか程度ですけど。

 そんなものでも事情を知らない民衆からは最強の勇者だともてはやされるわけですよ、王女様の気持ちなんか全く知らずにね。


 今回の依頼は王都から盗まれた魔神器〈灰燼の瞳イグニス〉を取り返すというものでした。

 ご存知の通りその盗賊はサイモンたちが退治していましたから、アリエンテたちは魔神器を回収するだけで良かったのです。

 でもアリエンテは任務の積み重ねが力の制御に繋がり、ひいては城に帰るという目的が達成できる、そう信じて動いています。そんな彼女だからサイクロプス出現の噂を無視できずにコミス村まで来てしまったわけですね。


 お目当てのサイクロプスには出会えました、その結果は現状の通りですが。

 イジメルダ……もといメルメルの言う「〈魂の器ソルクレイド〉は武器ではない」というのは、「アリエンテの謎の力を抑える装置」という意味でした。それを知らないマーレと実行犯のサイモンによって壊されてしまった今、抑え込んでいた反動なのか、はたまた別の要因があるのか、アリエンテの力は面白いくらいに暴走しまくっています。


 うんうん、面白くなってきましたね。

 いつかの司祭の言葉は現実となってしまうのか? 暴走する勇者を前に、親友たちはどのような決断を下すのか? 


「よいしょっと」


 そしてサイモンはこの状況で何を成すのか? このままでは少なくともコミス村が崩壊してしまいそうです、そんな触手をダイコンみたいに引っこ抜いている場合ではありませんよ。


 ……。

 ……え、何? 何やってるって?


「うわあ! 何やってるんだよサイモン!」


 マーレがいち早く驚きの声を上げました。マーレだけではありません、その光景を見ていた誰もが声に出さずとも驚愕しています。

 暴走するアリエンテ王女、その禍々しい力は彼女の背中から触手のようにウネウネと溢れ出していました。

 それをですよ、まるでダイコンでも収穫するみたいに鷲掴みにして引っこ抜くやつがありますか。


「いやあ、これは立派な呪いですね。最初に会った時から僅かに感じてはいたのですが、これほど見事なものはなかなかありませんよ」

「珍しい野菜でも収穫したみたいに言うな」


 ごく普通に野菜ソムリエみたいな事を言っていますね。

 この状況、片手で押さえ込まれている暴走アリエンテはどうしたらいいんでしょうか。あまりに奇妙な状況に抵抗していいものやら助けを求めていいものやらわからず、ちょっと救いを求めるような表情になっています。

 サイモンもアリエンテの表情に気付いたようで、心配をかけないよう優しく声をかけます。


「もう少しお待ちください、もうちょっとで全部抜けますので……せーのっ!」


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 わあ、本当に全部きれいに抜けちゃいました。でもアリエンテが言って欲しかったのはそういう事ではないと思いますよ、たぶん。

 まあ抜けたものは良しとしましょう、アリエンテもすっかり元に戻ってますし。


 問題はその引っこ抜いたウネウネですよ。相変わらず禍々しく気持ちの悪い動きで、今度はサイモンの体でも乗っ取ろうとしているのか強力に腕に巻き付いています。


「オオオ……カラダ……ワガ……オオオ……」


 何か不気味な事喋ってますし。

 こうやって見ると野菜ではなくタコが近いですかね。サイクロプスの腕に絡みつく漆黒のタコだなんて、どこに需要があるのかさっぱりわからない絵面です。


「おっと、このままではいけませんね」


 うごめく呪いをそのままにしておくわけにもいかず、サイモンは神聖魔法を唱えようと力を集中しました。


「ギギギ……グアア……」


 さすがは神聖魔法、呪いの類には効果てきめん。シュウシュウと音を立てて少しずつ蒸発するように霧散しています。このまま続けてやれば消滅させる事も可能でしょう。


「……!」


 しかしどうした事か、サイモンは魔法を途中で中断します。そして今度は何かを探すように周囲を見回しました、その腕に未だタコをくっつけたまま。


「これ、お借りしますね!」


 無事お目当てのものが見つかったようです。サイモンはタコのくっついている手を振り上げ、そのまま勢いよく地面に落ちていた何かに叩きつけました。

 さらに追い打ちをかけるように魔法の言葉を唱えるとあら不思議、サイモンの大きな手が光の魔法陣を地面に描き、うごめく呪いの触手をみるみる吸い込んでいきます。


「……ふう、終わりました。これで大丈夫ですよ」


 一仕事終えてサイモンの顔は晴れやかです。

 それに引き換えアリエンテの顔の引きつった事よ。サイモンに命を救われたようなものなのに、その表情はいかにも文句があるといったものでした。


「わた、わたくしの……剣があああ……」


 半泣きでアリエンテの見つめる先には、彼女専用の魔神器〈魂の器ソルクレイド〉があります。

 折れたのが悲しいのではありません、ある意味折れてないのが悲しいのです。


「すいません、先程そちらのイジメルダさんが封印がどうとかおっしゃっていたので、呪いを封じ込める触媒にできるかと思ったのです。いや、それにしても上手くいって良かったですよ」

「本名で呼ぶなっ!」

「根が真面目なものでっ!」


 遠くからのツッコミにも答える律儀なサイモンでした。

 そう、サイモンは呪いを消滅させるのではなく、封印する事を選んだのです。それもさっき自分で折ってしまった〈魂の器ソルクレイド〉を触媒にして。

 おかげで封印自体は成功したものの、とても勇者が持つに相応しいとは言えない禍々しい様相の剣になってしまいました。


「こ、こんなの……わたくしの剣じゃありませんわぁ!」


 思うところがあるのでしょう、アリエンテの半泣きはいつしか大泣きに変わりました。


「あれ凄いね、魔法で剣も直せるんだ」

「いえ、さすがに無機物は治癒魔法では直せませんよ。折れた剣を利用して封印を施しただけです」

「なるほど、呪いをツナギにして修理したわけか」

「んー、ちょっと違うような。別に修理したわけではないので……」


 泣いているアリエンテをスルー気味にマーレとサイモンが話していると、その頭上をヒラリと飛び越えアリエンテの元へと向かう影がありました。


「失礼、アリエ様!」


 次の瞬間、ガムバルデがアリエンテを抱え上げ、猛烈な勢いで走り出します。


「なんだかぁ、今日はこれくらいにしておいた方がいいみたいねぇ。まったね~」


 バン!


「ふぎゃっ!」


 続いてメルメルがお別れの言葉を口にしながら発砲しました。

 弾はマーレの顔面に当たりましたが平気平気、これくらいすぐ治るから挨拶みたいなもんです。

 そしてさらにもう一発。こちらの弾丸は途中で複数の光の帯へと分裂し、勇者一行を包み込むとそのまま遥か高く飛んでいきました。さすがは王女のお付きだけあって移動呪文も心得ていたようです。


「いてて……なんて事するんだあのちょいキツ魔女っ子め。……ん?」

「どうしましたマーレ」

「いや、何か硬いものが……」


 マーレの傷が塞がると同時に、ポロリと何かが落ちました。


「指輪? これって、前に盗賊のボスがつけてたやつじゃない?」

「あ、本当ですね。どうしてこれがこんな所に」


 タイミングを考えると、メルメルが銃撃に乗せてぶつけてきたとしか思えません。

 何か硬いものをぶつけてやりたかったのでなければ、意図的にサイモンたちに渡したと考えるのが妥当でしょう。しかし、さすがにその理由までは誰にもわかりませんでした。


 とにかく、そんな置き土産を残し勇者一行は逃げ出した!

 ドタバタした割にはあっさりとした幕引き、サイモンたちも「あれ、これで終わり?」みたいな感じであっけに取られていました。


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