第20話

「あっつう!」


 こちらバジニア対メルメルの現場です、こっちの戦いもなかなかに白熱してまいりました。どれくらいかと申しますと、高速で飛び交う炎にバジニアが文字通り手を焼いているくらいには熱くなっております。


「どうかしら、自分でも改めて凄い発明だと思うわぁ~。様々な属性の魔法を高速かつ連続して放てるなんて、普通だったら超高等技術だものね~」


 メルメルの使うこの〈七色火砲マナスピアス〉という魔神器、本人曰く銃ではなく魔法の杖らしいです。

 もちろん武器の性能だけでなく、それを扱うメルメルの技量も相当なもの。歴戦のガンマンのように華麗な魔法の銃撃は見る者を圧倒します。


「熱っ! 火はアカンて! 服燃えるやろ!」


 それだけに攻撃の対象にされてはたまったものではありません。いかにバジニアが身軽で素早いと言っても、絶え間なく飛んでくる炎の弾丸相手では苦戦を強いられています。

 何より彼女は魔物とはいえ虫なのです、火は苦手以外のなにものでもありません。


(くっそー、誤算やったなあ。こないに弾幕張られたら近付けへんやん)


 メルメルも村に必要以上の被害を出さないようにしているためか、外れた火炎弾が留まったり燃え広がったりはしていません。おかげでバジニアは遮蔽物に隠れる事ができていますが、それは同時に魔法制御技術の高さを表していました。


(燃やすも燃やさんも自由自在っちゅうわけか。ドスに糸つけて投げてもええけど焼き切られそうやなあ……どないしよか)


 悩めるバジニア。実は、彼女の胸の内にはとある考えがありました。それはいわゆる『切り札』的なやつです。

 ただ、普通の切り札なら悩むポイントは『いつ使うか』なのですが、バジニアが悩んでいるのは『使うか使わないか』という点でした。要するに、可能ならば使いたくないのです。


(魔法である限りは無限に撃てるっちゅう事はないやろ。せやったら、村のモンには悪いけど遮蔽物を利用してくぐり抜けるしかないなあ)


 ちょっと強引な作戦ですけどそこは度胸で補いましょう。さあバジニアの腹は決まりました。


(よっしゃ……いくで!)


 ダッ!


「バジニアさん!」

「どうわぁ!」


 ゴチーン!


 意を決し、物陰から飛び出したバジニアでしたがなんと間の悪いこと。こちら側の戦いを止めるためにやってきたサイモンと出合い頭にぶつかってしまいました。


「あたた……。サイモン、何すんねん! 作戦全部飛んでもうたやん!」

「ちゃお、私もいるよ」

「アンタはどうでもええねん。というか、なんでふたりともこっち来てんの!」


 頭をさすりながら怒るバジニアに対しサイモンは落ち着いています。どうでもいいと言われたマーレはちょっとしょんぼりしています。


「もちろん止めに来たのですよ。成り行きで戦いになってしまいましたが事の発端は誤解に他なりません、まずはそれをわかってもらいましょう」

「そんな悠長な事言ってる場合やあらへんやろ。ほれ見てみい、こわーいお客さんが来とるやないの!」


 バジニアに指摘され、サイモンが振り返るとそこには……怖いお客さんです。

 他に形容する言葉が見つからなかったのでそう言いましたが、つまるところアリエンテ王女が追い付いてきたのです。小さな体が一回りも二回りも大きく見えるような気迫を背負って。


「見つけましたわ……邪悪なる一つ目巨人め、聖なる裁きをうけなさい!」

「お待ちください王女様、この度の件には込み入った事情がございまして――」

「問答無用!」


 アリエンテ王女の持つ自分の背丈ほどもある剣が、空間を引き裂くが如くサイモンへと襲い掛かりました。多分これも魔神器ですね、本物の剣よりは軽いんでしょうけど、こうも軽々と振り回せるのはさすが勇者といったところでしょうか。

 対するサイモンは防戦一方、攻撃を杖で受け止めながら対話の機会を得ようと王女をなだめています。


「ですから、僕は魔王じゃありませんって!」

「うるさいうるさい! 許して欲しかったら成敗されなさい!」

「そんなムチャな」


 まるで大人と子供、いや象とネズミの戦いを見ているようです。と言うにはいい勝負してますけどね。

 アリエンテ王女の身長はサイモンの三分の一くらいしかありませんから本来ならば相手にならないのですけど、その有り余る機動力で飛んだり跳ねたり走ったりして間合いを補っているのです。やはり勇者の名はダテではありません。

 その様子を見ているガムバルデもまた、サイモンの動きに注目していました。


(あのサイクロプス、巨体だがダメージを最小限に抑えるような動きで巧みに攻撃をかわしているな。そして驚くべき事だがあれは防御魔法か? 棍棒で剣を受け止める際に一瞬だけ小さな魔法盾を出現させている。俺の閃刃豪斧もあれで防いだのか……)


「見事だ!」


 感極まったのかガムバルデが唐突に叫び声を上げました。

 横にいる人物が突然叫んだら誰だって驚きます、それはアリエンテ王女がサイモンと戦い始めたタイミングで合流していたメルメルだって同じです。


「うわっ、びっくりした! もうガムちゃん、そのクセやめてって言ってるでしょ~!」

「申し訳ない! できたら姉上もそうやって俺に銃口を向けるのをやめていただきたい!」


 仲睦まじい姉と弟、いいですね。ちなみに双子です、あまり似てませんけど。


「……! それよりガムちゃん、あれはどういう事なのぉ?」


 楽しいきょうだいの戯れの途中、ハッと気が付いたようにメルメルが話を切り出しました。


「うむ! 止める間もなく行ってしまわれたのだ、面目ない!」

「もう、あの剣は武器じゃないって言っておいたでしょ~! 謝ってないで早く止めてきてよぉ!」


 どうやらこのふたり、アリエンテ王女が剣で戦っている事を危惧している様子です。

 そして、その言葉をしっかりと聞いていた地獄耳がいました。


(あの剣が武器じゃない? どういう事かしら)


 聞いていたのはマーレです。メルメルたちの不可解な会話の意味を無い頭で必死に考えています、せめてバジニアにでも相談すればいいのに。

 こういう時ってひとりで考えていてもロクな結果にならないんですよね。例に漏れず、マーレも勝手な決断を出してしまいました。


「サイモン! その剣を狙うのよ、ブチ折っちゃえ!」

「ええっ? し、しかし……」

「いいから! その方が早いって!」

「……仕方がありません、王女様、お許しください!」


 防戦一方だったサイモンが、マーレの言葉で一瞬だけ攻撃に転じます。

 並の相手だったら勇者の力で簡単にねじ伏せてしまえるのでしょう、しかしサイモンは並の相手でも並のサイクロプスでもありません。素早い斬撃のほんの一瞬の隙を突き、杖でアリエンテ王女の持つ剣の側面を打ち据えました。


 パキィン


 いくら見た目が立派な剣でも、サイクロプスの怪力で横から力を加えられてはひとたまりもありません。悲しい音を響かせながら、ポッキリと真ん中から折れてしまいました。


「わ……わた、わたくしの……け、剣……ががが」


 うーむ、これはいけませんね。アリエンテ王女は折れてしまった剣を見つめ、顔面蒼白でカタカタと小刻みに震えてしまっています。よほどショックだったのでしょう。

 そして、時を同じくして王女に負けず劣らずうろたえている人物がいました。


 ボン!


「うわっ!」


 その瞬間、サイモンの目の前で爆発が起き、巨体が後ろによろめきます。これは炎と風の合成で作られた爆発魔法ですね。


「どきなさい怪物!」


 爆発を起こしたのはメルメルのようです。何を焦っているのでしょう、余裕が無いのかさっきまでの甘ったるい口調を忘れているようです。

 サイモンを魔法で下がらせると大急ぎでアリエンテ王女の元へと向かおうとします。しかし、その行動は王女への援護にしか見えないため妨害が入ってしまいました。


「待てーい! 一対一の勝負を妨害するなんてこのマーレちゃんが許さないぞ!」


 飛び掛かる陸人魚がメルメルの腕を押さえつけます。


「こ……のっ、邪魔をしないで! ガ、ガムちゃん!」


 自分が行けないのなら弟に行かせる、その判断は正しいでしょう。でも残念ながら相手側にももうひとりいるのです。


「行きたいのはやまやまだが、このモスマンもなかなか手練れだぞ!」

「おおきに、褒めてくれてもなんも出えへんで」


 このようにメルメルはマーレが、ガムバルデはバジニアが担当し動きを封じています。さっきとは逆の組み合わせ、押し込めているという事はこちらの方がマーレたちにとって相性が良いのかもしれません。


 ――なんて、楽しく揉み合っている場合ではありませんよ。事態は刻一刻と悪い方へ向かっているのですから。


「わたくしの……わたくしの……!」


 ドガッ!


「!?」

「!?」

「!?」

「!」

「!」


 一同びっくり、特にサイモンたちには目を疑う光景でした。サイモンのような巨体ならともかく、アリエンテ王女は同年代にしても小柄なほう。それなのに、一歩足を踏み出しただけで地面を大きく砕くほどの脚力を見せたのです。


「わあああ!」

「……いけない!」


 アリエンテ王女はそのままサイモンへと飛び掛かります、折れた剣を落とした素手のままで。

 しかしその気迫をサイモンは無視できず、思わず杖でガードしました。ところが。


 ズバッ!


 その攻撃は、その場にいた誰にとっても、あらゆる意味で計算外でした。

 野生の獣が獲物を引き裂くかのような爪の斬撃が魔法の障壁を、頑強な杖を、そしてサイクロプスの強靭な皮膚さえ引き裂き血を流させました。

 三重の防御のおかげで流血こそしていますが大したダメージには至っていません。ただ、サイモンの驚きは手傷を負わされた事にではなく、他ならぬアリエンテ王女の豹変ぶりに向かっていたのです。


 それはまるで影の鎧。王女の背中から噴き出すどす黒い何かが、彼女の全身をまだらに包み込んでいます。手は爪に、口は牙に、見目麗しかった王女の姿はどこへやら。禍々しいオーラを身に纏い、触手状の影に吊り下がったこの姿、もはやサイモンとどちらが怪物なのかわかりません。


「そんな……どうして? いくら魔神器が無くなったからって、ここまでの変異なんてあり得ない!」


 悲痛な表情のメルメルが力づくでマーレを引きはがしました。


「どきなさい!」

「うわっ」


 回転するように振りほどかれ体勢を崩したマーレ、その体を台にしてメルメルが華麗な側転、からの銃撃! ドンッ!

 ただしこの銃撃が狙うものはマーレではありません、狙いは彼女の主であるはずのアリエンテ王女でした。おそらく魔法の弾丸なので回復など味方に有利な弾も撃てるのでしょう。

 まあ、弾が弾かれなければの話ですけどね。案の定、メルメルの放った弾丸は触手に阻まれ届きませんでした。


「くっ……通じない。どうすれば……」


 さあどうする勇者様ご一行、こんな事で勇者と言えるのか? もっと頑張りましょう。

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