第19話

 さあて、勇者一行との戦闘に突入しました。

 こちらではちょいキツ魔法少女のメルメルと、服飾大好き蛾人間のバジニアが不穏な空気で対峙しております。


「聞きたい事はいっぱいあるのよぉ? 魔物のあなたたちがさっきのスマホンをどこで手に入れたのかとか~、この村を占領して何をするつもりなのかとかぁ」

「ウチも聞いてみたいわ、その服どんな気持ちで着てるんかとかなあ」

「うふふふ」

「えへへへ」


 まさに一触即発、双方のとても恐ろしい笑顔が周囲の気温をガンガン下げているように感じられます。


「でも~、まずは害虫駆除! その腐った目ん玉をお掃除しちゃうんだからぁ。いっくよ~、〈七色火砲マナスピアス〉!」


 先に武器を抜いたのはメルメルでした。抜いたと言うよりは現れたという感じでしたが。

 これは最近開発されたという銃という武器ですかね。金色に輝くリボルバー銃が一丁ずつ両の手に握られています。いわゆる二丁拳銃というやつです。


「うわっ、それ銃っちゅうやつやろ? いかにも魔法使いそうな見た目で飛び道具かいな、えげつな~」

「ふふん、ただの銃じゃないのよ~。メルメルが作った武器なんだけど、とっても便利なんだからぁ」


ドン!


 通常の乾いた音とは違う銃声が響きました。

 メルメルの先制攻撃! 黄金に輝く銃口から、空気の塊のような弾が高速で飛び出しバジニアを襲います。

 しかしバジニアには当たらなかった! 

 ギリギリながら上手い回避です、虫の目は動くもののほうが捉えやすいのです。


「そっちが二丁ならウチも二本や」


 紙一重で銃撃を回避したバジニアの手に、いつか見たドスが握られています。本人の言う通り今回は二本で二刀流です。


「……ウチ、殺しは嫌いや。せっかくの綺麗な服が汚れて台無しになるからなあ」

「大丈夫よぉ~、あなたが近付かなくても〈七色火砲マナスピアス〉でバラバラにしてあ・げ・る、からぁ~」


 どちらも自信満々、気合十分。いやあ面白くなってきました、どちらが勝つか楽しみです。


*****


 一方でこちらでは熱血鎧騎士のガムバルデと、ポンコツ陸人魚王女のマーレが睨み合っております。マーレの『おさかなカラテ』がエリート騎士に通用するかが勝負のカギですね。


「君は人間のようだが、何故魔物に手を貸すのだろうか!」

「うっさいわね、こっちにもいろいろ事情があるのよ」

「なるほど、それもそうだな!」


 ガムバルデにもやはりマーレは人間に見えるらしいです。実は人魚でしかも王女様だなんて知ったらどんな顔をするのでしょう。


「事情ならば俺にもある、ならば恨みっこ無しだ! 〈蛇の羽ボロスダイン〉!」


 ガムバルデが大きく手を付き出し叫びました。するとどうでしょう、何も持っていなかったはずの手に、いつの間にか大きな戦斧が握られています。


「教えておこう、これは俺の魔神器〈蛇の羽ボロスダイン〉だ!」

「魔神器~?」

「そうとも、我が姉上が造り出した至高の魔道具だ! 俺の〈蛇の羽ボロスダイン〉は切れ味だけでなく、耐久力も上げてくれる優れものだぞ!」

「へえ、あのちょいキツ魔女っ子けっこう凄いじゃん。でもご親切に手の内明かしちゃっていいわけ?」

「あくまでフェアにやるためにな! 女子供を斬るのは俺の趣味ではないが、魔王に与するのならば捨ておくわけにはいかん! では行くぞ!」

「あ、攻撃前に宣言するタイプ? あんた暑苦しいって言われない?」


 挑発もなんのその。騎士の振るう戦斧が力強く空を裂き、マーレを仕留めんと襲い掛かります。


「なかなかの迫力だけど甘いわね、旬のイカ刺しくらい甘いわ」


 マーレもまたなかなかのもので、余裕たっぷりなのは口先だけではありませんでした。

 おさかなカラテの神髄か、流れる水の如く流麗に、ひとつふたつと斧の切っ先を回避しながら間合いを詰めています。避ける時でも前のめりとはいい根性してますね。


「カジキ突き!」


 間合いに入ったマーレの素早い突きが、スパーンとガムバルデの顔面を捉えました。

 まだまだこんなものでは終わりません、攻める時は一気呵成に畳みかけるのがおさかなカラテの流儀なのです。


「ハマグリ打ち! からの~、回転式殺魚エルボー!」


 裏拳からの肘打ちが的確にガムバルデの顎を打ち据えます。

 技名だけ聞いていると遊んでいるようにしか聞こえませんが手応えはバッチリ、えぐいくらいにモロに入りました。普通ならここで完全失神KO、試合終了です。


「……痛っ!」


 しかし、そうそう上手く事は運ばないのが現実というもの。腕に痛みを感じたのはもちろん、嫌な予感にマーレは飛び退きました。


「うむ、よく鍛えているな! 技の切れはなかなかだ!」

「当然でしょ、まだまだこんなものじゃないわよ。(あれ~? けっこう入ったと思ったのになあ)」


 驚くべき事に、ガムバルデにはダメージがほぼ入っていないようでした。これも魔神器とやらの力なのでしょうか。


(なんか斬られちゃってるし。大振りの攻撃に細かい攻撃が混ざってた?)


 それに対し、マーレはいつの間にか腕を少し斬られています、あの猛攻をかいくぐって一撃を入れられていたようですね。このくらいの傷ならひと撫でする間に治ってしまいますが――


「そしてその傷の治りの速さ、君も人間ではなかったようだな! ならば手加減はいらないというわけだ!」


 おっと、超速で傷が塞がるのを見られ人間でない事がバレちゃいました。

さすがに人間相手だと手加減をしていたようです。そして今、マーレも魔物である事がバレた以上、その手加減はしてくれないでしょう。


(……ちょーっと、ヤバめかも)


 実はマーレの戦い方はわりと力押し、そのため素で耐えられるとちょっとピンチです。

 されど陸人魚は冷や汗をかきながらもニヤリと笑います。この相性の悪い相手にどこまで食い下がれるか、見ものですね。


「では俺の番だな! 魔王の手先よ、覚悟を決めるがいい!」


 ガムバルデが戦斧を水平に構え、力を溜めるように目を閉じ神経を集中します。

 マーレは思いました、「うわコイツめっちゃ目閉じてるじゃん」と。今のうちにこっそりと距離を取れば間合いの外に逃げられるかもしれない、そして空振って慌てたところに反撃の猛ラッシュを仕掛ける! 完璧な作戦だ! なんて考えています。

 もちろん考えたからには即実行に移すのがマーレです。すでにジリジリと後ろに下がり始めていました。

 ところが――


「行くぞ! 閃刃豪斧!」


 残念ながらマーレの目論見は容易く打ち砕かれてしまいました。

 カッと目を開いたガムバルデの繰り出す、掟破りの斧での居合切り。その速度と射程はマーレの予想をはるかに超えており、かなり間合いを取ったはずのマーレの首を確実に捕捉していました。


(ヤバッ……斬られ――)

「ちょっと待ったあ!」


ガキィイン! ズダァアン!


 想定外の攻撃にマーレが己の死を覚悟したその瞬間、空から巨大な何かが落下しふたりの間に立ち塞がります。


「必殺サイモンシールド……って、サイモン!?」

「サイクロプス……!?」


 まあ、この状況で乱入してくる奴なんてひとりしかいませんね。お察しの通り、お人好しのサイクロプス・サイモンが、戦いを中断させるために飛び込んできたのです。フライングボディプレス気味に。


「戦う必要などありません、双方収めてください!」

「何を言う、新たな魔王の誕生を目にして戦う理由しか見当たらんぞ!」

「その件についてはちゃんとお話しします、ですのでまずは武器を置いてください」


 必死に訴えるサイモン。しかし、戦いのさなかでそんな話がすんなり通るはずもありません。


「ナイスだサイモン! 隙あり! さあさ喰らえよ地獄アッパー!」


 なんで身内側が話を聞いてないんでしょうね。

 マーレは今がチャンスとばかりにサイモンの陰から飛び出し、今度こそガムバルデの顎を砕かんと渾身の一撃を放ちます。


「だからダメですって!」


 もちろんこんな卑怯な事をサイモンが許すはずもありませんね。こうなる事は予測されていたのか、巨人の大きな手によっていとも簡単にマーレが捕まりましたよ。


「離せ~、せっかくのチャンスだったのに!」

「なに汚い事を言ってるんですか。攻撃よりもまずは誤解を解く努力からですよ!」

「なによ、あっちから仕掛けてきたんだから……ん?」


 どうした事でしょうか、まだまだ文句を言い足りない様子だったにも関わらず、マーレの言葉がピタッと止まってしまいました。


「ねえ、それ何?」

「えっ?」


 言葉を止めた原因はマーレの視線の先、サイモンの肩から後頭部のあたりにかけてあるようです。

 言ってしまえば何かが、いや誰かがしがみついているのですよ。戦いに参加しているはずの、もうひとりの誰かさんが。


「いいかげんに! わたくしを! 無視するんじゃないですわ!」


 それは他ならぬアリエンテ王女でした。

 どうやらマーレとバジニアが一対一に移行した際、サイモンと一対一になるはずだったのに無視されちゃったようですね。なんとかしがみついてポカポカと攻撃を加えていたらしいですけど、サイクロプスの分厚い皮膚にはお子様パンチなど蚊が刺したほどにも感じず、ここに来るまで気付いてもらえなかったというわけです。

 でも大丈夫、サイモンが指摘されて首筋の異物をつまみ上げましたから。


「あっ、そんな所にいらしたのですか」

「ううう……こんなネズミのようにつまむなんて……無礼にもほどがありますわ」


 半泣きの王女様をガムバルデが受け取って降ろします。

 あーあ、サイモンたら泣かせちゃいました。プライドの高いお子様を怒らせちゃったらお話どころではなくなってしまいます。


「やっぱり魔物は悪ですわ、わたくしの〈魂の器ソルクレイドル〉で成敗してさしあげます!」


 ほらほら、アリエンテ王女がムキになって剣を抜きましたよ。


「さあ、ひざまずいて許しを請いなさい! そうすれば一思いに――」

「あっ! バジニアさんまであんな事を!」

「……って、ちょっと!?」


 あら、王女様残念でした。

 バジニアもまた戦いを繰り広げているのが目に入ったサイモン、居てもたってもいられずに走って行ってしまいました。マーレをその手に抱えたままだったので、アリエンテは完全に放置された形になってしまいました。


「……」


 小刻みに肩が震えてます、怒ってます、怒ってますよこれは。

 この放置プレイにアリエンテ王女は怒り心頭。王女として、勇者としてのプライドが音を立てて崩れていくようでした。


「いい度胸ですわ……あのサイクロプス……!」


 小さな体にめいっぱいの怒りと闘志を込めて、地面を踏み砕かんばかりにアリエンテはサイモンを追い歩き始めました。


(うむ、これはマズイぞ!)


 心の中でも大きな声のガムバルデが心配しています。

 サイモンたちはまだ知らないのです、このアリエンテ王女がわずか十二歳にして、モッテナン王国歴代最強の勇者と謳われている事を。

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