第四章 勇者現る

第18話

 新しい目的というものは、誰しもちょっとウキウキするもの。サイモンもどこか足取りが軽やかになっているような感じです。


「新しい情報も入りましたし、便利な道具も頂きました。世の乱れを正す大仕事、気を引き締めていかねばなりませんね」

「いや、ちゃうやろ。まずはサイモンの記憶を戻すんが先やないの?」

「僕の事は後回しでも構いませんよ、困っている人々を放っておくほうが心苦しいですから」


 やれやれ、このお人好し巨人ときたら。これでは記憶が戻るのは当分先の事になりそうです。サイクロプスの身で何ができるのかは疑問ではありますが、本人はいたってやる気です。


「ところで、マーレの事で何か大事な話があったような気がするのですが……」


 不意に切り出されるサイモンの話にマーレがビクッと反応しました。


「えっ!? あ、そうそう! 私前から思ってたのよ、新装開店で一見さんお断りの店ってどうやって行けばいいんだろうかって」

「それはもう、お店の人の知り合いになるしかないんじゃないでしょうか」

「同族経営ってやつね」

「違いますよ」


 こんな感じでマーレがごまかすため、この分だとサイモンはもうマーレの家出問題は忘れちゃってますね。こんな事で世の中をどうこうできると思えないのは気のせいでしょうか。

 あとバジニアは覚えているようですが半ば諦めているようです、もはやツッコミすらありません。彼女はマーレとの友達付き合いがわりと長いので、いつもの事だと思えているのかもしれません。


 おっと、楽しいお話はここまで。コミス村が見えてきましたよ。

 ただし、普段とは異なる異様な雰囲気を伴って、ね。


「――!」


 いち早く異変に気付いたサイモンが、マーレとバジニアを大きな手でかばうように屈ませました。


「うわっ! な、何?」

「お静かに。……妙な感じです、いつもとは何かが違うような」


 森に身を潜め様子を伺うサイモンたち。どうした事か、この時間帯ならば外で仕事をしている村人がいるはずなのに人の気配がありません。


「なんや、人がおらんで」

「広場にでも集まっているのでしょうか」


 少し移動して角度を変え、広場の様子を探ってみると……いました、村長をはじめ村人たちが集まっています。

 いや、その表現は正確ではありません。正しくは『集められている』ですね。

 そう考えられる根拠は、村人たちが広場に座らされ、先頭の村長が尋問を受けているからです。このあたりでは見かけない男女によって。

 この状況、さすがのマーレも慎重にならざるを得ませんでした。


「何よこれ、おかしな事になってるわね」

「アイツら何者やろ。見たとこ魔法使いと戦士か、この間の連中と違ってちゃんとしとるな。あのカッコどこかで見た事あるような気がするんやけど……サイモンはどう思う?」


 サイモンに相談しようとしたバジニアですが、ここで大変な事に気が付きました。


「サイモ……あれ、サイモン!?」


 そのサイモンが見当たりません。いくら隠れていてもあの図体を見落とすはずがありませんから、そうなると見当たらない理由は限られてきます。


「失礼、これは何事でしょうか! そしてあなた方はどちら様ですか!」


 やれやれ、何のために隠れていたのやら。

サイモンは村人が尋問されているのを見て飛び出して行ってしまいました。サイモンらしいと言えばらしいですけど、いい加減に自分が一つ目の巨人である事を自覚して欲しいものですね。

 あ、でもちょっと面白そうな事になっています。サイクロプスがいきなり現れて質問してくるというハプニングがあったにも関わらず、件の男女は思ったほど驚いてはいません。


「おお、本当に喋るサイクロプスがいたとは! 世の中何が起きるかわからないな!」


 このそこそこ立派な鎧を身に纏う、逆立った短髪がいかにも熱血漢という風貌の若い騎士、少しは驚いているようですけど意味合いが違いますね。サイモンの情報をどこからか聞いていたのでしょうか。


「本当ねぇ~。灰燼の瞳イグニスを回収するだけのつもりだったけど、念のために来てみて正解だったわぁ」


 こちらの魔法使い……と言うよりは魔法少女という感じのフワッとした女性、カールしたピンク髪なうえに甘ったるい喋り方をしていますがどこか怖さを感じさせます。

 それからもうひとつ、実は村に現れた来訪者はもうひとりいたのです。別に隠れているわけではありません、さっきのふたりの間にずっといました。

 三人目の来訪者は驚いた様子も無くサイモンに話しかけます。


「あなたが話に聞いたサイクロプスですわね? ……ふぅん、たしかにわたくしたちと話ができるくらいの知性は持っているようですわね」


 サイモンがうっかり見落としていた理由、それは彼女が小さかったからに他なりません。

 尊大な口ぶり同様、立派なお召し物の金髪少女が真っ直ぐサイモンを見上げています。どう見ても子供で、横のふたりよりもかなり背が低いため気付かなかったのです。


「僕の事をご存じなのですか?」


 謎の来訪者に対し、サイモンが質問を投げかけようとしました。すると意外な事に、村長がそれを制止したではありませんか。


「いけませんサイモン殿!」

「村長さん、どうしたのですか」

「こ、このお方は……その……」


 どうにも歯切れが悪い村長、それを見かねてか来訪者自身が名乗りを上げます。


「わたくしを知らないとは、しょせんはそのていどですのね。覚えておきなさい、わたくしはアリエンテ=モッテナン、このモッテナン王国の王女にして勇者! なのですわ!」


 ははあ、なるほど。身なりが良いのも村長が喋りにくそうにしていたのもそういう事でしたか。

 王女様が名乗りを上げた勢いで、ついでにお連れの人たちも名乗ってくれるようです。それではまず騎士さんから。


「俺はガムバルデ=オドーエス! アリエ王女の護衛をしている! よろしくな!」


 若き騎士が声を張り名乗りを上げました。なんというか『!』の多い男です、気は良さそうですが一緒にいるとかなり暑苦しいでしょうね。


「私はぁ~、同じく護衛をしているメルメルだよ~。じ・つ・は、ガムちゃんのお姉ちゃんなのよぉ」


 続いて魔法使いの方です。今度は小さい音や『~』が多くて鬱陶しいですね。


「ガムバルデとイジメルダは王国の中でも優秀な、わたくし自慢のお供ですのよ」

「アリエ様~、本名言うなんてひどい~」


 つまり、メルメルの本名はイジメルダ=オドーエスというわけですね。

 まあなんとなく本名を呼ばれたくない理由がわかります。王女に対して込めた多少の殺気も致し方ないのでしょう。


「なんなのこいつら、また変なのが来たわね」


 ここでマーレとバジニアが合流です。何か言ってますけど、おかしな三人組という点ではどっこいどっこいなのではないでしょうか。

 そう言えばまだサイモンは自己紹介をしていませんでした。ちょうどマーレたちも来たところですし、サイモンは王女様の前に跪いて名を名乗ります。


「申し遅れました、僕はサイモンという者です。こちらは――」

「こんちゃ、私はマーレよ」

「ウチはバジニアです、よろしゅう」


 軽いなあ。サイモンはともかく他のふたり、少なくとも王族相手の挨拶ではありません。

 でも彼女たちは魔物ですから、人間の王族だからって関係ないという思いが根底にあるのかもしれません。

 サイモンだけは村に迷惑がかかってはいけないと、少し焦っているようですけどね。


「あの、おふたりとも。こちらは一応王族の方なので……」

「なんだよ、私だって王族だぞ」

「そうでしたっけ。はて、それに関して何かあったような」

「(あっ、やべっ)そ、そうかな~、なんでもないよ~」


 墓穴を掘りかけたマーレは置いといて、バジニアは来訪者の服が気になっている様子。もちろん服の創作者という視点もありますけど、今回はまた別の意味で。


「そや、どっかで見た事ある思たら王国正規軍の鎧か。そっちの魔法装束は……何やソレ」

「これはメルメルの特注品だよ~、かわいいでしょ?」

「いやどうかなあ? その感じは人を選ぶっちゅうか、わりかしキツいと思うで」

「あら……そう」


 うわ怖っ。引きつった笑顔から隠しきれない殺意が溢れ出していますよ。

 バジニアもイジメルダ……いや、メルメルも服に関しては譲れないところがあるようで一触即発状態になってます。


「みなさん落ち着いてください。あの、アリエンテ様、よろしいでしょうか」


 とりあえず場を落ち着かせようと、サイモンが割って入るように王女様に話しかけます。

 初対面、ましてや相手はこの国の王族なのです、ここは礼儀正しくいきましょう。


「なんですの、申してみよ」

「はい、ありがとうございます。それで、村の人たちはなぜ広場に集められているのでしょうか。この村に何かあったのですか?」

「あら、その事ですの?」


 何も知らない愚かな下民に教えてあげても良くってよ、と言ったかは知りませんけど、アリエンテ王女は腰に手を当てふんぞり返って話し始めました。

 なんでもこの間村を襲った盗賊の首領、あの魔術師は王都から魔神器を盗んで逃げていたようです。覚えてますか『魔神器』、デスロードが言っていた強力な魔道具とかいうやつですよ。そういえばあの盗賊、王都にいたとか言ってたし、凄そうな指輪をしていましたね。


「でもわざわざ来てみればもう捕まっていたなんて、むだ足でしたわ。せっかく勇者としての力が活かせると思いましたのに」


 つまらなそうにため息をつく王女様。すると、代わってお付きのふたりが口を開きます。


「でもぉ~、回収が簡単で助かりましたよぉ。あと面白い話も聞けましたよねっ」

「うむ! あの賊はかなりの手練れ、それを捕らえただけでも素晴らしいというのに、人語を話すサイクロプスなど見た事も聞いた事も無い! 素晴らしいな!」


 王女と兄妹のように並んで腕を組むガムバルデと、王女をぬいぐるみのように撫でまわしながら話すメルメル。とりあえず三人の仲が良いのはわかりました。

 それにしてもサイモンの話が伝わっていたとは。おそらくゲロったのは村長でしょうね。


「お褒めに預かり光栄です。しかし盗賊の件は成り行きと言うか、僕としては当然の事をしたまでです」


 おお、いつも謙虚なサイモンくん。頭を下げて感謝の意を伝えます。

でも今回ばかりはちょっと状況が悪かったようですよ。


「当然の事、ですの? それでは村のこのありさまはどう説明していただけるのかしら?」

「えっ」


 アリエンテ王女に指摘され、サイモンは慌てて頭を上げ周囲を見ました。

 今日は色々な事がありましたし、生き残りの旧魔王軍にも出会いました。だから忘れていたりうっかりしていても無理はないと思いますけど、なんとも間が悪かった。

 村長の格好をはじめ、コミス村は現在ダークネスな装飾でいっぱい、知らない人が見たらそりゃあ魔物の村だと思われても仕方がないくらいです。当然、この国を治めている王族として見過ごせるものではありません。


「わたくしの推理では、盗賊を退治したのはジャマだったからにすぎず、魔王軍再興のあしがかりを作っているのだと思うのですけれど、いかがかしら?」

「い、いえそんな、滅相も無い」


ピロリロリン


 んん? この緊迫した雰囲気をぶち壊すヘンテコな音は何でしょう。音はサイモンから、もっと言うとポケットから聞こえてくるようです。


「ちょっと失礼、どうやらスマホンが鳴っているようです」


 なるほど、この音はスマホンの呼び出しですか。サイモンはポケットから音の原因であるスマホンを取り出し開きました。


「お、通じましたな。いかがです魔王様、スマホンの使い心地――」


ブン!


 スマホンはとても便利な通信道具にもなります、本を開けば立体映像で相手が表示される素敵な機能も付いています。今のはデスロードですね。

 もっとも、ろくに会話する前にサイモンはスマホンを森の中に投げ込んでしまいましたけど。


「あ、いえ、今のはですね……」


 悲しいかな、世の中はかなりの割合で運とタイミングが占めているのです。もはや弁明の余地など期待できないでしょう。


「何も言わなくてもよろしくてよ、わたくしは嬉しいのです」


 アリエンテ王女はただ静かに、焦るサイモンを見ていました。


「え……?」

「今ここに、新たな魔王の誕生を目にすることができました。勇者としてこれほど名誉なことがありましょうか」

「えっと、それってやっぱり……」

「かくごなさい、魔王め!」

「だから誤解ですって!」


 サイモンの訴えも空しく、アリエンテ王女の号令と同時にお付きのふたりが戦闘態勢に入りました。

 僅かな時間でしたが動きの精度がこの間の盗賊とは比べ物になりません。さすがは王国の正規兵、それも王女の護衛を務めるようなエリートです。


 でも、こっちだって負けてはいないようですよ。


ドガッ!


 サイモンに攻撃が加えられようとしたその瞬間、ガムバルデとメルメルそれぞれに激しくぶつかるものがありました。


「おっと待った! そいつより私と遊びましょ!」

「話も聞かんと無抵抗の相手を攻撃すんのが王国のやり方なん? やっぱり、ウチとは好みが合わんなあ」


 おっと! ここでマーレとバジニアが飛び出し、一瞬にして一対三が三対三になりましたよ。数の上ではこれで互角、いい勝負が見られるかもしれません。


「マーレ! バジニアさん! ちょっと皆さん落ち着いて!」


 何を言ってるんですか。派手なバトルは娯楽の花形、うろたえる巨人など放っておいて、みな己の意地を通し勝利をもぎ取ろうではありませんか!

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