第17話

「待てーい!」


 走ってくる人影、もとい魔物影はひとつだけ。それも見覚えのあるシルエットです。


「村長さん、どうなされましたか」

「村長ではないと言っておろうが!」

「おっと、これは失礼しました」


 あ、そうですそうです。輪郭だけ今のコミス村村長に似ている大魔公のひとり、デスロード爺さんでした。


「サイモン、誰この爺さん」


 いきなり謎の老人が走ってきたので、まだ面識のなかったマーレが変なものを見る目で見ています。


「この方は魔王の側近を務められていた大魔公のデスロードさんですよ」

「ふーん、それでそのダイマコウが何か用?」

「まったく……昔は大魔公の名だけで恐れおののかれたもんじゃと言うのに、若いやつらときたら敬意のカケラも……ブツブツ」


 バジニアに続きマーレも大魔公の事を知らず、また年配の魔物に対する敬意も薄いようですね。

 まあ大魔公に関しては戦後二百年経ってますし、いたって平和な世の中では仕方ない部分もあるでしょう。ついでに言えば人魚族は中立なので戦いに参加してませんし。


「デスロードさん、どうかしたのですか? 僕たちはこれから帰るところなのですが」

「なのですが、ではない! そう簡単に逃がしてなるものか。フフフ、人質を取るようで申し訳ないが、貴方様の仲間が捕まっているのをご存知ですかな?」

「仲間ですって!?」


 はい、点呼確認。サイモン、マーレ、バジニア、ロッコウ、ちゃんと全員いますよ。


「もしかして、マーレの事でしょうか」

「おお、そうじゃそうじゃ。そのマーレとかいうのが――」

「ここにいるけど」

「いるんかい!」


 残念ながら本人がすでに目の前にいます。

 情報が遅いですねえ、わりと大騒ぎだったのに気付かなかったのでしょうか。


「おのれぇ……せっかく復活した魔王様らしき者が見つかったというのに。今度こそ参戦し、人間共を駆逐するという儂のリベンジの夢が……」

「そんな事を考えていたんですね」


 またしても地面に手をつきうなだれるデスロード。その肩をマーレがポンと叩きます。


「まあまあジイさん、夢は諦めなければいつか叶うって」

「いや、この場合叶ったらアカンやろ」


 さすがのデスロードもマーレには言われたくなかったのか、置かれた手を雑に振り払います。それからバジニアにも言いたい事があるようです。


「何を言うか、儂の夢は決して邪悪なものではない。そもそも二百年前の戦いも、堕落し穢れきった人間共を粛正するため神から仰せつかったものなのじゃぞ!」


 これは意外、歴史にはいろいろと隠された事実が存在するのですね。サイモンもこの発言に衝撃を受けたのか何やら考え込んでいますよ。


 それにしても……はて、そんな事言ったかな? よく覚えてませんね。デスロードが嘘をついているとか、そう思い込んでいるとかいう可能性もあるのでなんとも。


「それじゃね。もう来ないと思うけど、カジノはもうちょっと出やすくしといてよ」

「来る気マンマンやないか」


 ま、それはともかくもう帰る時間のようです。もの凄く名残惜しそうなデスロードを放置し、サイモン一行は地上への階段を上って――

 ……おや、サイモンがまだ動いてません。


「どないしたんサイモン、帰らへんの?」


 サイモンはずっと口に手を当て考え込んでいます。そして、バジニアに話しかけられたのをきっかけに、思いもよらない事を口にするのでした。


「いえ……ちょっと考えたのですけど、デスロードさんのお話を受けようかと思いまして」

「へ?」


 マーレたちはサイモンが何を言っているのか理解できない様子であっけに取られています。ついでにデスロードもまだよく状況が飲み込めていませんでした。


「え、何、どういう事?」

「前から気にはなっていたのです。盗賊が現れても国からの支援はほぼ無く、果ては村人自ら魔王軍に入りたいなどという始末。魔王復活の噂も、国が乱れているからこそ流れているのでしょう」

「ほほう、魔王軍に入りたいという村が?」


 急に元気になるデスロードをサイモンは制します。


「それは置いといて。魔王になることはできませんが、その代行としてデスロードさんの世直しをお手伝いする事はできます。僕も国の現状を、王都へ赴いてこの目で確かめてみるべきだと思いますから!」


 あれ、そんな話でしたっけ? なんだかサイモンがいいように話を変えちゃってる気がするのは思い過ごしでしょうか。

 そんな中ふと、マーレがバジニアにそっと話しかけました。


「ねえ、サイモンが魔王とか何の話?」

「ああ、アンタおらんかったもんな。あの爺ちゃんが言うには、なんやサイモンが復活した魔王ぽいんやて」

「えー、まさかあ。あんなに魔王とかけ離れてるやつもそうはいないぞ。だいたい魔王ってサイクロプスだったの? バカ代表なのに?」


 その途端、マーレに向かって怒号が飛びます。小声で話していたのにさすがは大魔公、デスロードにもしっかり聞こえていたようです。


「バカ代表とはなんじゃ! 魔王様に向かって!」

「あ、聞こえてた? そうじゃなくて、サイクロプスのほうがだよ」

「どちらにせよ、魔王様はサイクロプスなどではない。というか儂も正体は知らん、偉大なお方には謎がつきものじゃからな」

「適当だなあ、側近だったんじゃないの?」

「やかましい、昔の事は良いのじゃ。それに儂とてこの者の体に似合わぬ知性と、魔王様の気配がなければこんな事言わぬわ」

「だから魔王じゃありませんって」


 サイモンまで加わり、完全に話が脱線しています。

 ここで意外な事に、話の軌道を修正したのはなんとデスロードでした。サイモンがある意味乗り気になったのでチャンスを逃したくないのでしょうか。


「そう言えば、貴様は己の記憶を取り戻そうとしておるのだったな」

「貴様と貴方様って一字違いでずいぶんな差よね」

「己を魔王と認めぬ以上は貴様で十分じゃ。というか話に入って来るでない!」


 再び話の腰を折ろうとしたマーレがバジニアに取り押さえられました。


「さ、続きをどうぞ」

「……まあよい。形はどうあれ、我が軍に協力するというのならばこちらも協力させていただくとしようではないか」


 そう言うと、デスロードはサイモンに何かを投げ渡します。これは本、いやサイズ的に手帳でしょうか。サイモンが持つとほぼ豆本なので使いづらそうです。


「これは?」

「古くより、人間共はその貧弱な力を補うために魔道具を開発してきた。最近ではさらに魔神器などという強力なシロモノもあるそうじゃがな」

「では、この本は……」

「魔神器ではないが便利な魔道具じゃ。その名も素魔本スマホン! 離れていても通信ができたりする優れものじゃ」

「魔の本はいいとしてスはどこから来たのよ」

「知るか、作った奴に聞け。もしそんな機会があったら老眼でも使いやすいようにとか言って……ってやかましいわ!」

「マーレ、大事な話のジャマしたらアカン!」


 マーレとバジニアが追いかけっこしてますが、ここは無視で。ついでにデスロードのノリツッコミも。


「この場所はすでに儂らが調べておる、貴様の記憶に繋がるものはおそらく無い。が、その本に記された魔法の地図にとある人物の居場所をマークしておいた。他にアテが無ければ助けになるかもしれんな」

「どんな方なのでしょうか」

「……四大魔公のひとり、悪疫公カトリオナ」

「!」


 サイモンが驚くのも無理はありません。その名はかの四大魔公のひとりであり、勇者に討ち取られたはずの存在なのですから。


「まさか、生きているのですか?」

「いや、あ奴は死んだよ。儂が言っておるのはその弟子、二代目カトリオナじゃ。まったく、他の若いモンと同じで魔王様の復活になど興味のない恩知らずじゃが、今の貴様らにとっては役に立つかもしれんからの。たぶん」


 なんだか投げやりですね、ジェネレーションギャップってやつ? 仲悪いんでしょうか。


「ちょっと、悪疫公だなんていかにもヤバそうな感じじゃないの。そんなのに会っていいわけ?」


 バジニアを振り切ったマーレが心配しています。なにせ名前の字面が悪すぎますから、普通はそう思いますよね。でもサイモンは普段と変わらぬ表情で気にも留めていない様子でした。


「きっと大丈夫ですよ、魔王の復活に興味が無いらしいですから」

「魔王とか関係なく悪い奴だって可能性はあるでしょ」

「可能性はありますけど、魔王の復活に興味が無いという事は、今の生活に不満が無いと言えるのではないでしょうか」

「どーなのかなあ。ねえ骨爺さん、そこんとこどうなの?」

「貴様という奴は……。儂も良くは知らん、自分で確かめろ」


 この骨、失礼なマーレに対しても一応は教えてくれるなんて、意外と良い奴なのかもしれません。


「わかりました、会いに行ってみます。大魔公様、ありがとうございました。……あ、それからこれを」


 別れ際、サイモンがデスロードに何かを渡しました。どうやらいくつかの小瓶が入った袋のようです。


「これは僕が調合した回復薬です、あのミノタウロスの方が目を覚ましたら差し上げてください」

「何を言うか。あの者には魔王様への不敬罪で処罰すら考えておったものを」

「いえ、それはおやめください。元はと言えばこちらが悪いのです、手持ちが無いのでこんな事しかできませんが、是非に」

「……むう、貴様がそこまで言うのであれば」

「ありがとうございます。それでは」

「うむ……気を付けてな」


 サイモンがその巨体を窮屈そうに折り曲げ感謝の意を表します。マーレと違いきちんと敬意を払うサイモンに、デスロードの態度も少しだけ和らぎました。


「では皆さん、いったんコミス村に戻りましょうか」

「アニキ、オレはちょっと用があるので先に戻っててくださいっす。すぐ追いつくので」

「そうですか、わかりました」


 こうして、新たな目的を得たサイモン一行。まずはその準備のためにコミス村に戻る事になりました。

 今日はロッコウだのデスロードだの、新しい出会いが多いですね。もののついでにもう少し出会いがあるかもしれませんよ。

 そう、サイモンたちはまだ知りません。コミス村がちょっと大変な事になっているのを。


 それとはまた別に、ひとり残ったロッコウ。


「ロッコウよ、情報ご苦労であった。引き続きあの者の監視を行え」

「了解しました。デスロード様、アニキ……いや、サイモンの記憶を取り戻す手伝いはいかがいたしましょう」

「無論、可能であれば手伝え。それで魔王様が覚醒なされば良し、違えば……それはそれでやりようはある」

「……了解、しました」


 おお、なんか怪しい会話してますよ。

 果たしてサイモンの旅はどうなるのでしょう、なんだか楽しくなってきましたね。

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