第16話
魔王城の地下へと続く大階段、薄暗く不気味な石の回廊にコツコツと足音が響きます。サイモンとロッコウは裸足なのでこれはバジニアの下駄の音ですね。
サイモンは何日かこの上で寝泊まりをしていたというのに、気付かなかったとはよほど巧妙な隠され方をしていたのか、はたまたサイモンが気にしていなかっただけなのか。どちらにせよ、この先が未知のエリアである事には変わりありません。
やがて階段の終わりが見え、サイモンはぐっと気を引き締めました。
「こ、ここは……!?」
暗い通路から突如開けた視界、階段のその先にあったものがサイモン達を驚愕させます。
そこにあったもの、それは村でした。いや、村と言うよりは市場と言った方が正確かもしれません。中央に作られた水場を中心に簡易的な店舗がいくつか並んでおり、ある程度文明的な生活が送られているのは間違いないでしょう。
ちなみに、ここにいるのは当然ながら全て魔物です。数もあまり多くはないようですね。
「ようこそ魔王様、歓迎いたしますぞ」
階段を降りたすぐそこにデスロードが待ち構えていました。歓迎してくれるのはいいとして、サイモンにはその呼び方が気に入らなかったようです。
「何度も言いますが僕は魔王ではありません。それより、ここは一体?」
「無論、ここは来たるべき魔王様の復活、そして人間との戦いに備えるための秘密基地と言ったところですな。全て貴方様のものでございます」
「だから違いますって」
「強情ですな。ですが、これを見てもまだそんな事が言えますかな?」
デスロードの合図によって、手下の魔物たちが台座に乗った何かを運んできました。
それは大きな布をかけられているので何かを知る事はできません、分かる事と言えば人間かもう少し大きいくらいの物体であるという事くらいでしょうか。
その物体が何であるか、それを考えた時サイモンは息を飲みました。高齢とはいえ大魔公の力は本物です、人魚の一匹くらい石像にするなどわけもないでしょう。
「まさか……あなた方は何をしたのですか!?」
「なあに、全ては貴方様のため。丁寧に丁寧に扱っているだけですよ……ククク、ハッハッハ!」
老獪なるガイコツが高笑いと共に勢いよく布を取り去りました。
「さあ見るが良い!」
「!? マー……! ……あれ?」
布の下からは石像に変えられたマーレが……なんて事はありませんでした。だって誰もそんな事言ってないですからね。
で、そこにあったものが何かというと、ゴテゴテと色々な装飾の付いた骨と黄金の玉座でした。
「どうです魔王様、二百年の間に磨き上げるだけでなくより豪華に改装してみましたぞ! これを見れば血が騒ぎましょう? 己が魔王であることを認めざるを得まい!?」
「……あ、すいません。意外過ぎて話までは聞いていませんでした」
「クソが!」
予想に反して見向きもされなかったのが悔しいのはわかりますが、仮にも魔王だと奉ろうとしている相手に向かってなんて言い草でしょう。
もっとも、切り札がコレではどうでしょうね。バジニアも変わったものを見る目では見ているようですが。
「なあ大魔公の爺ちゃん、サイモンの望むモンてこれの事なん?」
「そうじゃよ、魔王としてこれほど素晴らしい玉座は他にあるまい!」
「普通にダサいで、これ」
「クソがぁー!」
あらら、サイモンに引き続きバジニアにまで否定されて、大魔公様はすっかり拗ねてしまいました。
サイモンたちにとっても特に得られるようなものもなく無駄足でしたかね。三角座りでいじけているデスロードを置いて地上に戻るつもりのようです。
「……?」
ふと、サイモンが何かに気付きました。
「サイモン、どした?」
「いえ、何か聞こえたような……」
そりゃあここは地下街になってますから、何かは聞こえるでしょう。ほら、耳を澄ませば聞こえてくる、市場特有の活気のある声が――
「どぉうわああぁあ~!」
……何ですかね、このどこか聞き覚えのある汚い声は。
サイモンたちもこれに気付いたようで確認してみると……あ、いました。案の定、この汚い泣き声はマーレのものでした。
見ればロープでぐるぐる巻きにされ、魚のように店頭に置かれているではありませんか。
「マーレ! こんな所に!」
「うう……さ、サイモン、助けてくれー!」
「今度は何をやらかしたんですか?」
「まず誘拐とかの可能性から当たりなさいよ!」
捕まっていても強気な事よ。それはまあ、日頃の行いのせいに他ならないでしょうね。
何はともあれマーレが見つかりました。話を聞く前にとりあえずロープをほどこうとサイモンが手を伸ばしたその時、それを遮るように何者かが立ちはだかります。
「おっと待った。兄ちゃん、この女のツレかい?」
現れたのはツノも体も逞しい大男、牛の魔物のミノタウロスです。二メートルはゆうにあろうかというその巨体は見る者を圧倒しますが、残念ながら今回に限ってはサイモンの方がずっとでかいです。彼にとっても他人を見上げるというのは貴重な経験でしょう。
「はい、彼女の友人です。これは一体どういう事態なのでしょうか」
「どうもこうもないぜ、この女がうちの店で大負けしたんだよ」
ミノタウロスの後ろに見える店舗はどうやらカジノのようでした。どこにでも娯楽施設というのはあるのですね。
それにしてもこの陸人魚、あの短時間でギャンブルに手を出したあげく破産していたとは……ある意味凄いとしか言いようがありません。
サイモンも出来る限りのフォローを試みます。が、少々厳しいかもしれません。
「し、しかしこの扱いはあんまりなのでは」
「こいつが「自分は人魚だから価値ある存在だ、この大勝負に私自身を賭ける!」と言って負けたんだ。足があるから本当に人魚かどうか知らんが、売り飛ばされても文句は言えんだろ」
「う、むむむ……し、しかしですね……」
ピラリ
どんどん旗色が悪くなるサイモンにさらなる追い打ち、つまりはマーレの借用書が目の前に差し出されました。
「どええええ!」
その金額は言わずもがな、バジニアまでつい汚い声を出してしまうほどのものでした。
もちろんサイモン一行にそんな資金はありません。ああ、さようならマーレ、愚かな人魚がいた事はたぶん、きっと、そこそこは忘れませんよ。まあちょっとは覚悟しておいてください。
そんな中、部下らしき男がミノタウロスに何やら耳打ちしました。するとミノタウロスはニヤリと表情を変え、サイモンに話を持ち掛けてきました。
「なあサイクロプスの旦那よ。その借金をチャラにする話があるんだが、乗るかい?」
これは驚きの急展開です。借用書を前に黙って震えるしかなかったサイモンにこんなうまい話が降って湧くとは。
うま過ぎるのが気になりますけど。
「それは……願ってもないお話です」
「決まりだな、それじゃルールを説明するぜ。話は簡単、俺とお前で素手での殴り合いだ。どっちかが降参するか死ぬかすれば終わり、わかりやすくていいだろ?」
「えっ、ちょっと!?」
ドガッ!
やっぱり、そんなにうまい話ではありませんでしたね。
ルールを聞いて躊躇するサイモンを、ミノタウロスの剛腕が問答無用とばかりに殴りつけます。
体格差はありますが今までの中では少ない方。相手の実力もなかなかのもので、不意を突かれたサイモンは通りに尻餅をついてしまいました。
「どうした、サイクロプスの旦那よお。あんた新しい魔王様なんだろ? こんな所で寝てちゃあダメじゃねえか!」
いきなりの事で転びはしたものの、サイモンに大したダメージはありません。ミノタウロスはサイモンを挑発するように拳を軽く振って見せますが、サイモンはいまいち戦う気が無いようです。
突然の暴力に、魔物とはいえ理不尽さは否めません。
「なんなんだあのヤロウは!」
憧れのアニキをぶっ飛ばされてロッコウも怒り心頭……といきたい所ですけど、相手の迫力に押されてかバジニアの陰に半歩隠れてます。まだ若いから仕方がないですね。
「あいつ、サイモンが新しい魔王ちゅうんが気に入らんみたいやな。ま、いきなりそないな事言うても、納得せんモンの方が多いとは思うけどな」
「そ、そんなモンなんすか? そもそもアニキは魔王だなんて認めてないっすけど」
「サイモンがどう思おうと、あの偉そうな爺さんがそう言うたからなあ。せやけどサイモンも何してんねん。サイモン、しっかり気張らんかい!」
おや、バジニアはこの賭けに乗り気みたいですね。いつもは気を使ってくれるのに、今回ばかりはハッパをかけています。ま、あれだけの額を帳消しにしてくれるのですからその方がお得なのは疑いようもありませんけどね。
ただ、サイモンはどうでしょうか。
「そ、それはわかっていますが……相手を傷付けるわけにもいきませんし」
「何言うてんねん、マーレの身がかかっとるんやで!」
「……!」
お、サイモンの目つきが変わりました。少しはやる気を出したんでしょうかね?
それはそうと、さっきの「相手を傷付けるわけには~」発言がある意味相手の心を傷付けたようです。つまり、怒らせてます。
「ずいぶん余裕じゃねえか、俺なんか眼中に無いってか? 面白れえ、お前らまとめてぶっ殺してやるぜ!」
ミノタウロスも殺る気マンマン、さっきとは気迫が違います。
さあどうするサイモン。相手も相当にタフですよ、ちょっとやそっと殴り返したくらいでは降参なんかあり得ないですよ。
ついでに、お得意の説教も今回ばかりは聞いてくれそうにありません。
「仕方ありませんね……ケガだけはさせないように気を付けますが、万一の場合はお許しください」
「ナメんなああ!」
ドガッ!
ミノタウロスが持ち前の突進力でサイモンを捉えようとしたその瞬間、剛腕から繰り出されるパンチを紙一重でかわしたサイモンのカウンターが炸裂しました。でっかいくせに器用な奴です。
哀れミノタウロスはやや回転が加わりながら壁へと激しく叩きつけられます。これではいかにタフな魔物といえどもかなりの傷を負って……ません。
「くっ……なんだ、何がどうなって……。ぐっ、ぎっ、ぎゃああっ!」
しかし不思議な事に、ケガひとつないはずのミノタウロスが急に苦しみ始めました。これはいったいどうなっているのでしょうか。
「な、なんやアレ。サイモン、何やったん?」
「あれはいわゆる回復痛というやつですよ」
「回復痛……?」
「治癒魔法も万能というわけではなく、あまりに大きなケガを瞬時に回復させると反動として痛みを感じるのです。さっきの攻撃は強力な治癒魔法を纏わせたパンチだったというわけですね」
なるほど、確かにこれなら実質ケガはさせていません。屁理屈なような気もしますけど。
「ケガはさせんけど、痛みで降参してもらおうっちゅうわけか」
「そういう事です」
「拷問やん」
拷問ですね。バジニアは思いました、「サイモンてこれと決めたら怖いとこあんな」と。
ところで、楽しいお喋りをしている場合ではないかもしれませんよ。あの牛さんかなり頭にきたようで、素手での殴り合いだって言ってたのに斧を持ち出しちゃってますから。
「ふざけやがって……死ねやぁ!」
ガキィイン!
「なっ!?」
激しい衝突音が鳴り響きますが、ミノタウロスの斧はサイモンを捉える事はできませんでした。
斧を受け止めたのはあれです、村でサイモンが削っていた杖です。周りの者にはサイクロプスが棍棒を取り出したようにしか見えないあのでっかいやつです。持って来てたんですね。
もちろん出来の良い魔法の杖ではありますがしょせんは木製品、斧の一撃を、ましてやミノタウロスの強烈な一撃を受け止められるほどではありません。仕掛けはコレ、斧が命中している所にだけウロコ状の小さな魔法の盾を展開して直撃を防いでいるのです。相変わらずサイクロプスのくせして器用で繊細な仕事してますね。
「素手での殴り合いと聞いていましたが、これはルール違反ではありませんか?」
「……ひっ」
ゆらりとミノタウロスの前に踏み出すサイモン。
この眼光、これはスイッチ入ってますね。卑怯な牛男を正座させて説教でも――
「鉄槌!」
あら、違いました。思ったよりもダイレクトに攻撃しましたね。
効果音でいうならグシャアッ! とかメキャァッ! といったところでしょうか。冒険者が遭遇する悪夢のひとつ、サイクロプスの渾身の一撃です。魔力を帯びた巨大なハンマー、もとい魔法の杖がミノタウロスの頭からモロに炸裂しました。
でも大丈夫、ミノタウロスにはケガひとつありません。そのかわり、縦に圧し潰されて肉も骨もグチャグチャのバキバキになった状態からの超再生、その分の痛みがツケとして纏わりつくのです。
「ウッギャアアアアー!」
哀れ牛男。しばらくはのたうち回っていましたが、白目をむいて気を失ってしまいました。
まあ目が覚める頃には回復痛も治まっている事でしょう、何の問題ありません。
肝心の賭けですけど、ミノタウロスの反則によりなんだかウヤムヤになってしまいましたね。でも「反則したのは相手側なのでサイモンの勝ち」だとバジニアが主張しています。
賭けの相手もそこで寝ているので反論は上がりません、そんなわけでようやくマーレの解放となりました。
「あー、息苦しかった。ありがとうサイモン」
「どういたしまして。しかしマーレ、ギャンブルをするなとは言いませんが、これに懲りたら何事も節度を保つのを忘れないでください」
優しいサイモンがたしなめると、マーレは体のホコリを掃いながら言いました。
「何言ってんの、私が好きでギャンブルに手を出したと思っているのかい?」
「……! それは申し訳ない、何か事情があったのですか」
「私は勝って儲けるのが好きなだけで、むしろギャンブルは嫌いなのよ!」
もちろんそんな言い訳は通りませんね。黙ってしまったサイモンに代わってバジニアがマーレの耳を捕まえました。
「何をどこぞの悪党みたいな事を。堂々と言うてもアカン、ほな帰るで」
「いたたた、わかったゴメン! だから引っ張るなって!」
とりあえず、行方不明のマーレを見つけるという目的はこれで達成です。
しかしながら本来の目的であるサイモンの記憶を辿るのはどうにも難しそうですね。大暴れした事もあって一度コミス村まで戻ろうとしたその時、サイモン一行に向かって走ってくる影がありました。
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