第15話
マーレを追い森の中を進むサイモン一行。その最中にあって、サイモンの舎弟となる事を希望するロッコウがいろいろ気を使ってくれるのが、サイモンには微妙に重荷でした。
「アニキ、こっちです。オレはこの一週間ずっとあの人魚を見張ってたから、このあたりの地理には詳しくなったんすよ」
「それは頼もしいですが……目的地は僕の家なんですよ、一応」
「あっと、それは失礼を。そうだ、腹減ってませんか? ちょうど尻尾も戻った事だしいっちょバッサリと――」
「ちょ、ちょっと、それは是非ともやめていただきたい! あの件は僕にとってけっこうトラウマなんですから……。そもそも凄く痛そうでしたけどそんなに軽く切ってしまっていいのですか?」
「そりゃ痛いっすけど、また生えてくるモンですし。アニキのためならどうって事ないすよ」
凄まじい忠誠心というかなんというか、何が彼をここまでさせるのでしょうか。おかげでサイモンはロッコウがとんでもない事をしでかすのではないかとハラハラしています。ここに来て問題児が増えちゃってますよ。
「なあアンタ、そんなにサイモンの事気に入ったん?」
バジニアが問いかけました。かなり態度は緩んでいるようですけど、まだちょっとロッコウを信用しきっていない感じですね。
「……」
ロッコウは少しだけ黙っていましたが、またすぐに口を開きます。
「実はオレ、この任務の事はわりとどうでもいいんす。故郷にだってそんなに帰りたいわけじゃありませんす」
「どういう事ですか?」
「リザードマンがどんな種族なのかはアニキもご存じでしょう? 閉鎖的で排他的、ウチの部族は人魚と同盟があるだけマシっすけど、だいたいそんなもんす」
ロッコウが語ることには、古臭い習慣や伝統を守る事しか考えていない大人たちに嫌気がさしており、任務がなくともいずれは出て行くつもりだったのだとか。
「外の事を知る事が部族のためにもなるって言ったって誰も聞きやしない、それなのに面倒事だけは押し付けやがって嫌になるっすよ! オレは外ででっかい事成し遂げて、族長たちを見返してやりたいんす!」
おうおう、言うねえ。若者にありがちなパターンですね。何が正しかったかは終わってみなければわかりませんが……どうやらお人好し巨人の心は動かせたようですよ。
「ロッコウさん、お願いがあります」
「なんすか? 何でも言ってくださいす!」
「僕は自分が何者であるのか、記憶を取り戻そうとしています。もちろん一人では無理でしょう、なのでマーレやバジニアさんに力を借りているのです」
「オレも協力すればいいんすか?」
サイモンは首を横に振りました。
「いいえ、そうではありません。ですがマーレが僕に同行する以上、人魚族から依頼を受けたお目付け役が必要になります。そこで、ロッコウさんには引き続きマーレを監視していて欲しいのです」
「それは……」
なるほど、ロッコウに任務を放棄させず同行を許す、つまりはそういう事ですか。
サイモンの事ですから何かあっても故郷に帰れるよう気を使ったんでしょうけど、甘い男ですね。
「それに、もしかしたら族長さんたちも、あなたに外の世界を見て回る許可を与えたつもりなのかもしれませんよ」
「そうなん……すかね?」
「サイモン、優しなあ。ちゃんと拝んどきや」
「ええ、そりゃもう! アニキ、ありがとうございますっす!」
「ただし、舎弟ではありません、あなたも友人のひとりです。ですから無茶をされると心苦しいので穏便にお願いしますよ。あと、呼び方もできたら名前で呼んで頂けたら幸いです」
「へい、サイモンのアニキ!」
「う~ん」
ま、これくらいならサイモンも許容範囲でしょう。
楽しいおしゃべりに興じていると、そろそろ見えてきましたよ。サイモンが一角を住処にしている魔王城跡地、いつ見てもどこか物悲しい廃墟です。兵どもがというやつでしょうか。
それはともかくとして、先に向かったはずのマーレの姿が見えません。
「おかしいですね、もう中で調べ始めているのでしょうか」
見ると、壁の穴に取り付けた扉が開いたままになっていました。
追いかけるようにサイモンが中に入ると何者かが待ち構えています。しかし、その特徴的なシルエットはマーレのものではありません。うーん、どこかで見たような……?
「あなたは……村長さん!?」
「誰が村長じゃ」
現れた人物は骨のような頭に大きな角があり、トゲトゲと肩の張った派手な装束を身に纏っていました。
サイモンの言う通り、こんな格好をした人物などコミスの村長くらいのものでしょう。
「どうしたのですか村長さん、僕に何かご用でも?」
「だから、貴様に用はあるが村長ではないと言っておるじゃろうが」
「……? 要領を得ませんね、体調が悪いのではありませんか?」
サイモンの手が優しく輝きました、お得意の解呪の魔法です。
「ギャアア!」
ですがこれはどうした事か、村長(仮)は悲鳴を上げて苦しそうです。なんなら体のあちこちから煙も出ているなんて有様でした。
「ああっ、これはいけない! 出力を上げて――」
「やめんか!」
ブワッ!
村長(仮)から吹雪の如く猛烈な魔力の波動が放たれ、サイモンの魔法を打ち消します。
「これは……いったい」
「フン、儂はアンデッドじゃ。治癒の魔法など害にしかならんわ」
「何ですって!? それでは……」
「やっと理解したか」
「村長さんは……すでに亡くなられていた!?」
「いい加減に村長から離れてくれんか? 貴様らの村の村長はどんな格好なんじゃ」
「そんな格好です」
「マジでか。本当に人間かそいつ」
「僕たち三人とも魔物なのに、村長さんが人間だと思う根拠は何ですか?」
「むぐ……おのれ、とぼけているようで鋭い奴め」
突然の冷静なツッコミ。サイモンがどこから気付いていたかは知りませんが、本気でこの人物をコミス村長だと思っていたわけではないようです。そりゃ村長と違って生身の顔がありませんから、普通に考えれば違うとわかりますよ。
「サイモン、どういう事や?」
「つまり、この方は僕たちの事を知っていて、ここで待ち構えていたというわけです」
ピリッと空気が張り詰め緊張が走りました。
身構えるサイモン達を前に、謎の人物はニヤリと笑います。あ、いや、顔がガイコツなので笑ったかどうかはよくわかりません、そんな感じがしたのです。
「よくぞ気付いたな。儂はその名も高き四大魔公のひとり、死公デスロードなるぞ」
「よ……四大魔公!?」
その名前を聞いた途端、バジニアの顔色が変わりました。
「……って何や?」
首をかしげるバジニア。知っているから驚いたわけではなく、知らないから困惑していただけだったのですね。
「あー、そうか、最近の若いモンは知らんか……」
その四大魔公のデスロードもまた困惑ぎみ、肩を落としてあからさまにガックリきてます。
「四大魔公というのは、魔王アンブロズの配下である魔物のうち大魔公の位を与えられた、要するに魔物の貴族階級というか四天王みたいな感じです」
サイモンの説明だけでは足りないので補足しておきましょう。
かつて魔王が世界を脅かしていた時代、その手足となって動く四体の魔物がいました。
恐ろしい力で戦場を焼き尽くす業火の騎士、戦火公レドラム。
大地を腐らせ生きる力を根こそぎ奪う悪魔、飢餓公タージェイス。
絶望が絶望を呼ぶ無限の地獄、悪疫公カトリオナ。
そして最後に訪れる永遠の闇、死公デスロード。
魔王に次ぐ力を持った彼らは当時の国々を恐怖のどん底に叩き落としたものでした。そのうちのひとりがこのデスロードというわけですね。ただ、二百年という年月のせいか当時のような気迫は感じられません。
「へえ、そうなんや。サイモン、記憶ないのによう知っとるな」
「あれ……そうですね、どうしてでしょうか」
「それに、魔王直属の幹部ならなんで健在なん? 勇者に負けたんと違うの?」
バジニアの言葉を受け、デスロードは今度は怒り出しました。
「むむ、思い出しても腹が立つ。勇者めが、卑怯にも四大魔公最強の儂が出かけている隙を突いて魔王様を討ち取るなど……なんと悪辣! なんたる非道!」
「どうやらこの方は戦っていないようですね」
「なんや、しょーもな」
「しょーもなとは何じゃ!」
話が逸れてしまいました。デスロードも落ち着いたようなので話の続きを聞いてあげてください。
「ハァ……ゴホン。待っておったぞ、異端のサイクロプスよ」
「なぜ、僕を?」
「クク、決まっておろうが……不法侵入の件じゃよ」
……不法侵入? 意外な要件でした、サイモンもあっけに取られています。
「え?」
「貴様、何を勝手にここに住み着いておるんじゃ! ここはかの偉大なる魔王城、魔王アンブロズ様の本拠地! 右腕たる儂が二百年にもわたって守り続けてきた場所じゃぞ! それを一角とはいえ勝手にファンシーな家具で飾りおって!」
「それは僕の趣味ではないのですけど……」
「やかましい、そういう問題ではないわ! この責任はどう取って――」
ガイコツの老人が凄い剣幕でまくし立てます。こういうの、人間でも魔物でもあまり変わらないのですね。
しかし、その話は唐突に終わりを迎えました。
「……いや、その話はどうでもよいのだ。城の一角がファンシーになったのが気に食わなくてつい、な」
「こちらもまさか持ち主がご健在とは知らず、勝手な事をして申し訳ありませんでした。すぐにでも荷物を運び出しましょう」
「その必要は無い、その話はどうでもよいと言ったであろう。それよりも貴様、ここへは己の記憶を辿るために来たのではないのか?」
「!」
これにはさすがにサイモンも驚いています。どうした事か自分たちを待ち構えていた大魔公は、サイモンが失われた記憶を取り戻そうとしている事まで知っている様子。また空気がピリッとしてきましたよ。
「なぜ、それを?」
「情報もまた戦力のうちという事じゃよ。いずれ来る人間との戦いのため、準備しすぎるという事は無い。そうでありましょう? ……アンブロズ様」
アンブロズ、意外な名前が出てきました。これはもちろん、二百年前に勇者によって討たれた魔王の名前です。そして、デスロードはこの名をサイモンに向かって呼びかけているようです。決して後ろに誰かいるわけではありません。
「ちょい待ちや、爺ちゃんボケとるんとちゃうか? この子はサイクロプスのサイモンや、どこをどう見たら大昔の魔王になんねん」
「ですね」
バジニアの言葉にサイモンも頷いています。本人がこう言っているわけですけど、それでもデスロードは考えを変えるつもりはありません。
「記憶を失っているのだ、己がそうであると気付かなくても当然だ。じゃが儂にはわかる、その身から僅かながら魔王様の気を感じる。魔王様のご遺体が見つからなかったのは、長き時を経て今ここに復活されたからに違いないのじゃ!」
「いえ、それは無いと思います」
キッパリ。サイモンは真っ直ぐ綺麗な瞳でデスロードを見据え、はっきりと断言しました。
「僕はたぶん人間だったと思うんですよね。だから魔王ではないです」
「断言しすぎじゃ、少しは迷わんか」
全くですよ。普通なら「僕が……魔王!?」くらい言ってもいいところなのに、サイモンときたら迷いなく即答しやがりましたからね。彼の自信はどこから来るのでしょうか。
「むぐぐ……なんと面倒な奴じゃ。まあよい」
このままここで話していても埒が明かないと判断したのでしょう、デスロードは右手を上げ何かを合図しました。すると――
ゴゴゴゴゴ……
今までただの壁だと思われていた部分が地響きのような音と共にスライドし、地下への階段が姿を現したではありませんか。しかもサイモンのような大きな魔物も楽に通れる広々サイズ、さらには手すりも付いてバリアフリーも充実しています。
「さあどうぞこちらへ。この先に貴方様の求めるものがある事でしょう……」
意味深な言葉を残し、デスロードはひと足先に地下の闇の中へと消えていきました。途中でどこか引っ掛けて転んだような音がしたのは聞かなかった事にしてあげましょう。高齢なのにかっこつけた去り方するからですよ。
「サイモン、どないする?」
残された一行は階段の前で思案しています。が、その時サイモンがある事に気付きました。
「求めるもの……まさか、マーレ!?」
「あ、そういえばおらんなあ。もしかして、あの爺さんに捕まってもうたんか?」
「……どうやら、行くしかないようですね」
「やれやれ、決まりやな。ほらロッコウ、行くで。ぼんやりしなや」
「ん、あ、わかってますよアネさん」
突如現れた大魔公、その誘いに乗るのは危険かもしれません。しかし仲間を見捨てるわけにはいかないサイモン一行は、魔王城の地下へと足を踏み入れるのでした。
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