第14話
バジニアが捕らえて拘束していた黒い塊、その正体は以前にサイモンがお説教をし、その隙にマーレが尻尾を切って撃退したリザードマンのロッコウでした。いかにも再生途中という感じの中途半端な尻尾が何よりの証拠です。
意外な場面での再会にサイモンは驚きを隠せません。それと同時にロッコウが拘束されている事に気付くと、慌てて彼を開放すべく動き出します。
「バジニアさん、その方は知り合いというか何と言うか……とにかく開放してあげてください!」
「でもコイツ村の周りをコソコソ嗅ぎまわってメッチャ怪しかったで。ウチはてっきり刺客や思たんやけど」
「事情はお話ししますから、とりあえず縄をほどいてください」
事情を知らないバジニアはちょっと
さてさて、かくして無事解放されたトカゲ男のロッコウ。目の前にはいつかと同じくサイクロプスが正座して待ち構えています。もっとも、以前とはサイモンの心の内が全く異なっておりました。
「その節は、大変失礼いたしました。突然の事で回復魔法もかけてあげられず、まことに申し訳ありません」
サイクロプスが巨体を折り曲げ丁重に土下座する光景は、珍しくもありますがある意味恐ろしくもあります。なにせ迫力が半端ないですからね、謝られているはずのロッコウもそのせいか言葉を失っているようです。
「サイモン、謝ることあらへんで。あんたの話の通りやったらそらマーレも悪いかもしれんけど、やっぱり本を正せばコイツが池乗っ取ろうとしたんがそもそもやろ」
サイモンがなぜこのリザードマンに謝っているのか、バジニアもサイモンからその時の話を聞きました。事情を知ったバジニアは、やはりロッコウが悪いとの判断により鋭い目つきでドスに手をかけています。
当然ロッコウは大慌て。しかしその慌て方は少し予想と違うものでした。
「はぁ!? ま、待て待て! オレが池を乗っ取ろうとしたって? 何の話だ!?」
「えっ? それはマーレが……」
そう、マーレが言っていた事です。しかし逆を言えばマーレがそう言っていたというだけで、ロッコウ自身は「池を明け渡せ」だとか別に何も言っていない事にサイモンは気付きました。
「マ……マーレ!?」
ある種救いを求めるような気持ちでサイモンはマーレを問いただそうとしました。しかしさっきまでそこにいたはずのマーレがどこにも見当たりません。
「逃げたな」
「逃げましたね」
いったいいつの間に姿を眩ませたのやら。残念ながらマーレには逃げられてしまったようです。
ですが逃げられてしまったものは仕方がありません。そしてそれはロッコウの言い分が真実であるとの裏付けになる事を表していました。
「本当に……重ねてお詫び申し上げます。もうなんと言っていいのか……」
再び這いつくばるように折り曲げられたサイクロプスの巨体から、絞り出すような謝罪の言葉が漏れ出してきます。マーレに騙されたようなものだとはいえ、結果として無実の魔物を酷い目にあわせてしまったのです、サイモンの心中は穏やかではありません。
すると、そんなサイモンを見かねたのか、ずっと難しい顔で様子を伺っていたバジニアが口を開きました。
「なあ、マーレの言うた事が嘘やったとして、アンタはなんであの池に来たん? 何回か行っとるのは事実のようやし、たまたま寄ったワケやあらへんよね?」
彼女の言う通り、真相を知るためには双方の話を聞いておく必要があるでしょう。問い詰められたロッコウはしばらくの間バジニアと睨み合っていましたが、不意に気が抜けたように笑いました。
「はっ、お前らもあいつには手を焼いてるみたいだな」
その口ぶりに、体を起こしたサイモンは違和感を覚えます。
「お前ら『も』という事は、あなたはマーレと知り合いなのですか?」
「……いいや」
ロッコウはそう言いながら顔をそらします。そしてふうっとため息をひとつつくと、再びサイモンの方を向いて話し始めました。チラリとバジニアを見た彼の目線から察するに、『あまり言いたくない事だけどもはや言わざるを得ない』といったところでしょうか。
「オレはあのマーレというやつの知り合いじゃあない。ただ、任務としてあいつを連れて帰るように言われただけだ」
「マーレを……連れ帰る?」
その瞬間、バジニアのドスが抜かれ、怪しく光る切っ先がロッコウの首筋を捉えました。
「ほれ見てみい、やっぱりロクでもない事やないか。おおかた未だに人魚の迷信信じとるドアホが依頼したんやろ?」
「ま、待てって! オレに依頼したのはその人魚たちだよ!」
すかさずサイモンがバジニアを止めに入ります。
「バジニアさん、落ち着いてください。それでロッコウさん、人魚が依頼をしたというのはどういう事ですか?」
大きな手でバジニアを遮るサイモン。その表情はさっきまでとはうって変わり、凛々しく真剣な眼差しをロッコウへと向けていました。
「……お前らこそ、仲良さそうなのに知らないのか?」
「何をでしょうか」
「あいつは、マーレは人魚族の王女だぞ」
「はい?」
一瞬の沈黙。その後に大きな笑い声がコミス村の片隅にこだましました。
「あっはは! そ、そんなワケあるかいな! どこの世界に怠惰で身勝手で道端でゲロ吐くような王女様がおるっちゅうねん。そもそも人魚かどうかも怪しいわ」
「ですねえ。人魚かどうかはともかく、マーレはあまり王女様という感じではありませんね」
サイモンまでもが全く信じていません、普段が普段ですからまあ仕方がないでしょう。
しかし事実は事実なのです。
「オレも見ててそう思ったが、本当の話だ。なにせ当の人魚族が自分たちの王女の性格と強さを知ってるもんでうかつに手を出せず、同盟関係にあるオレの部族に丸投げするくらいだからな」
「……マジで?」
バジニアにコクリと黙って頷くロッコウ。なんだか変な空気です、サイモンもバジニアも黙り込んでしまいました。
「こちらとしても面倒な依頼だが、同盟の手前受けるしかなかった。族長の命令は絶対だ、成せなければ死に等しい。だからオレは任務を果たすまで帰れない」
「なんという事だ……」
サイモンは頭を抱えます。ロッコウにそんな深い事情があったなどとは知りもせず、マーレに言われるがまま撃退してしまった事を深く反省するのでした。
そしてサイモンは、何かを決意したような目で顔を起こし、スウッと息を吸うと大声を張り上げます。
「マーレ、こちらへ来てください!」
「!」
あらまあ、サイモンが一喝すると建物の陰からマーレがひょっこり現れましたよ。逃げたフリして様子を伺っていたのですね。
「へへ……どもども。あーあ、とうとうバレちゃったか」
例えるなら遅刻して後から教室に入って来る奴のような、そんな苦笑いでマーレがやって来ます。バツは悪そうですけど反省の色はなさそうです。
「マーレ、どういう事なのか説明してください」
「やだなあサイモンくん、どういう事もなにも私が前に――」
「マーレ」
こちらも例えるなら眼光だけで相手を焼き尽くしてしまいそうな、そんな真っ直ぐな瞳でサイモンはマーレを見据えています。これにはさすがのマーレも観念せざるを得ませんでした。
「わ、わかったよ……。そうだよ、私は人魚族の王女、マーレ王女様だよ」
ついに自身の素性を白状したマーレ。お話としてはありがちですけど、これくらいの話題性はあってもいいでしょう。
さて、正体がわかったところで仲間たち及びマーレ自身はどう出るのでしょうか。
「はああ……アンタほんまに王女様やったんか。でもなんでこんなへんぴな場所におるんや?」
「決まってるでしょ、私は自由を愛してるのよ。いろいろ面倒くさいお城での暮らしなんてやなこっただわ」
「マーレ!」
ビリビリと響くサイモンの声にマーレは一瞬硬直します。そんなマーレにサイモンは優しく語りかけるのでした。
「マーレ、聞いてください」
「な、なによ……そいつを撃退するのに利用した事、怒ってるの?」
「いいえ、僕に嘘をついていた事はもはや過ぎた事です、何も言うつもりはありません。ですが、あなたの家出をはじめとした身勝手な行動で迷惑をかけている方々がいる事を忘れてはなりませんよ」
「うっ」
「ロッコウさんだけではありません、親御さんをはじめ他の人魚の方々にも心配をかけているはずです。ここは素直に帰ったほうがよろしいのではありませんか?」
「……」
うーん、正論。マーレは黙って何かを考えているようです。
正論は人を怒らせるもっとも簡単な手段と言いますし、マーレの性格を考えてもこれで素直に言う事を聞くとは思えませんが、果たして……?
「……わかったよ、帰る」
「えっ!?」
これは驚き。こうなったら全員ぶちのめしてでも自由を貫く! とでも言うかと思いきや、案外あっさりと引き下がりましたね。
サイモンたちが驚きを隠せないのも当然、そしてその態度にマーレは不服そうです。
「なんだよその言い草は」
「あ、これは失礼。マーレがあっさりと引き下がるとは思わなかったもので」
「ホントに失礼だな。私は聞いての通り王女様なんだぞ、ちゃんとわきまえる所はわきまえているのさ」
「ええ、そのようですね。立派ですよ」
「ふふん、だろだろ? もっと崇め奉ってもいいんだぞ、私は王女様だからな! 媚びへつらえ!」
こうやって調子に乗らなければもう少しマシなのですがね。
でも本当にマーレは引き下がったのでしょうか? ロッコウに近付いていくマーレの口元が少々ニヤついているのが気になります。
「さて、お目付け役のロッコウくん」
「……何だ?」
「今すぐ帰る、と言いたいところだけどそうもいかないのよね」
ほら出ました、何を言うつもりなのでしょうか。
「ママはいつも言っていたわ、「やり始めた事には責任を持て」とか、「使命の重さは命に匹敵する」とか、「友達は大事に」とか「海藻も残すな」とか」
「最後の方いるか?」
「うるさい。とにかく私は今、非常に重要な案件に関わっているわけよ。その使命を果たすまではママだって帰ってくるなって言うはずだわ。じゃあそんなわけでサイモン! 先にアジトに行ってるわね!」
その健脚は疾風の如し。それだけ言うとマーレは目にも止まらぬ速さで走り去ってしまいました。人魚のくせに足があり、おかしな格闘技を修めているのは伊達ではないようです。
しかし残された者たちにはなんとも困った事になりましたね。なにせマーレは肝心の重要な案件とやらを言わずにどこかへ行ってしまったのですから。
「あ……のクソ人魚! どのみちオレは帰れないじゃねーか!」
ロッコウの叫びが虚しくこだまします。でも大丈夫、困った時にはサイクロプス、我らがサイモンがいるのです。
「大丈夫ですよロッコウさん。マーレはアジトに向かうと言っていました、おそらく僕の記憶を取り戻す手伝いをしてくれるという意味なのでしょう」
どこか嬉しそうなサイモンですけどどうですかね? 苦し紛れにそういう事にしたんじゃないでしょうか。
とにかくマーレに追いつかなければ話になりません。サイモン、バジニア、そしてロッコウの三人はマーレを追ってアジトへと向かう事になりました。
「あ、その前に……」
ピカー
サイモンの手から温かな光が放たれロッコウを包みました。
「うおっ……お、おお!?」
するとあら不思議、中途半端な長さだったロッコウの尻尾がみるみる大きくなり、初めて会った時となんら変わりのない大きさに戻ったではありませんか。
「こ、これは……」
「うん、成功ですね。尻尾の再生も生命力を活性化させる治癒魔法で促進できるのではないかと推測したのが当たりだったようです」
「すげえ……早くても一ヶ月は覚悟してたのに、あんたすげえな!」
本人の話によるとどうやらこのロッコウ、先日の盗賊騒ぎの時も遠くから様子を伺っていたとの事でした。サイモンの強さに一目置いていたところに治癒魔法を自身で受け、その凄さを身をもって再認識したようですよ。
「いえ、こちらとしても心残りだったのです。感謝してもらう必要はありませんよ」
「いやとんでもない、謙遜なんてなさらないでくだせえ。これからオレは舎弟としてアニキと呼ばせていただきます!」
「え、ええ~……?」
これはこれは。良かったですねサイモン、村に引き続き手下までできましたよ。
「ふたりとも何してんの、はよ行くで」
「ささ、アニキ、行きましょう」
「あ、いや、その……ううむ」
三人はマーレを追ってアジト、魔王城跡地へと向かいました。サイモンがどう思っているかは知りませんけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます