第13話
「ちょっと聞いてもええかな?」
バジニアが質問してきました。ちょっと恐る恐るという感じですね、マーレの様子を見て話している相手が凄い力の持ち主である事は認識しているのでしょう。敬語でないあたり完全に信じ切ってはいないようですが。
で、何が聞きたいのでしょうか。
「何かにゃ?」
「アンタがまあ神サマやっちゅうのはわかったけど、それやったらその格好とか下手くそな芸とかはどういう事なんかな~思て」
「ふむ……それには深~い理由があるのにゃ」
「理由て?」
「我はいわゆる神、全知全能で何でもできてしまう完璧な存在なのにゃ。そんな我が下手くそな芸で下賤な人間どもに呆れられ蔑まれる、これほど新鮮で刺激的な体験があろうかにゃ」
「はあ……」
「つまりはプレイにゃ」
「聞いて損したわ」
バジニアもまた呆れた様子、これもある意味刺激的ですが今は必要ありません。
刺激的といえばヒソヒソと話す声も聞こえてきますね。
(ねえサイモン、なんでもいいからあいつの気を引いてくれ)
(気を引いてって……何する気ですか)
(カチコチに凍らされかけたんだぞ? やられっぱなしじゃ人魚族の名がすたるでしょ!)
(人魚ってそんな戦闘民族でしたっけ……)
聞こえてるってのに。
まあ何かしてきたら面白さの度合いで対処するとして……。おっと、話が進まないから降臨したというのにこれでは無意味です、さっさと本題に入りましょう。
「今日はそこのサイクロプス、汝に道を示してやろうと降臨したのにゃ」
「えっ、僕にですか」
意外な事に、サイモンは目を丸くして驚いているようでした。
こいつなんで驚いてるんでしょうね? コミス村の復興を手伝ってばかりで元の姿に戻るという目的を忘れてしまっているのでしょうか。
「汝、元の姿に戻るのが望みではなかったのかにゃ?」
「あ、そうでしたそうでした。慣れって怖いですね」
屈託のない笑顔で頭をかくサイモンを見ていると、本当に戻る気があるのか疑問に思えてきますね。まあ本人も戻らなくていいとまでは思っていないようなので良しとしましょう。
「単刀直入に言うと、汝が元に戻る方法はふたつあるにゃ。ひとつは我が汝を元に戻す事、もうひとつは汝が自力で元に戻る事にゃ」
うーむ、もったいぶった割にはちょっと漠然とし過ぎましたかね。言っててそりゃそうだって感じです。
「何よそれ。じゃあさっさと戻してくれればそれで終わりじゃん」
案の定マーレが文句を言ってきました。さっき雪山に飛ばされたばかりだというのに恐れを知らないというか何というか。
でも言っている事はもっともです。それが可能かどうかは別として。
「それはできないにゃ」
「なんでよ」
「そこのサイクロプスはすでに『生き返る』という本来あり得ない願いが叶っているにゃ。神に願いを叶えてもらえるのはせいぜい一回と決まっているのにゃ」
本当はそんな決まりなんて無いけれど、そうでも言っておかないとキリがないですから。
「ふーん。じゃあ私の分の願いを叶えてよ。えっとね、まずは――」
「誰でも願いが叶えてもらえると思わない事だにゃ」
「なによー、神のくせにケチね」
失礼な。それに自分の分の願いでサイモンを戻してやるのかと思ったら「まずは」とか言ってましたよコイツ。
「神とは不寛容で厳しいものなのだにゃ。まあ、願いを叶えてやりたくなるほど楽しませてくれたら話は別だがにゃ」
「どうすんの?」
「教えてやる義理はないにゃ」
「ムキー!」
それは誰にもわからない事なのです、自力で戻る方が簡単だと思える程には。サイモンになら理解できるでしょうか。
「自力で戻ると言っても強大な呪いを打ち消せとかそういう事を言っているわけではないのにゃ」
「しかし……人を生き返らせるような魔法など少なくとも僕は知りません。それほどの力を覆すなどという事が本当に可能なのでしょうか」
「汝が知ってようといまいと現実は変わらないにゃ。ヒントを言うと、我は狙ってサイクロプスにしたわけではないのにゃ。その姿は汝の力を求める心が形になったようなものなのだにゃ」
魂と肉体とは思いのほか強く繋がっているもの。どちらが欠けても成り立たないのはもちろん、片方がもう片方に強く影響を受けるなどザラにある事なのです。
サイモンが前の姿だった頃に強く力を求め、力=力強いもの=サイクロプスとでも連想したのでしょう。
「そ、そうだったのですか。確かに力を求めたような気がしますけど……その節は「こういう事じゃなくない」とか言って申し訳ありませんでした、僕自身のせいだったとは思いもしなかったもので」
「ついでに言うと復活に時間はかかったかもしれないけど、我は復活以外の事はしていないと言っておくにゃ。それを踏まえて己が何者であったのかを思い出せれば――」
「思い出せれば?」
「――ヒントはここまで。いつでも見ているよ、ばいばいにゃー」
と、ひとしきりの話が終わったその瞬間。
「スキあり! 膝砕きの殺魚ローキック!」
密かに隙を伺っていたマーレが、卑怯にも背後からムチのしなりのローキックをぶちかまします。
バシィン!
「痛ったあ!」
マーレの蹴りは見事命中。ただしそれは素敵な道化師にではなく、いつの間にか位置を入れ替えられたバジニアでした。
となると、この後の展開は予想できますね。
「このボケ! いきなり何晒すんじゃ!」
「いや待って、違うから。そう、これは事故だよ、神のイタズラによってもたらされた不幸な事故……」
「言い訳禁止!」
「ギャー! た、助けてくれー!」
言っている事は当たっているのですが、残念ながらバジニアは聞き入れてくれません。
えーと、あれ何て言うんでしたっけ、指の周りをナイフでトントン叩くやつ。バジニアはあの遊びが得意のようで、マーレの手を押さえつけて凄い速さでやっています。時々マーレの悲鳴と共に嫌な音がするのはご愛敬。
それはそれとして、全知全能の道化師は煙となって消えてしまいました。
謎というものは自分で解き明かしてこそ面白いもの、見ている方としてもね。さあて、それでは通常営業に戻るとしましょうか。
「な、何だったんでしょう」
「ようわからんけど……バケモンみたいな力を持ってたんは確かやね。ウチには何言うてんのかさっぱりやったけど」
「……ぐへえぇ」
サイモンたちは突如現れて神を名乗り、そして突如消えてしまった道化師に唖然として、しばらくの間三人とも無言で固まっていました。
あ、マーレは指の痛みで、ですね。
*****
「サイモン、何やってんの?」
謎の道化師から有難いお言葉を頂戴した少し後。仕事に戻ったサイモンに、暇そうにしている普段着に着替えたマーレが話しかけました。さすがは人魚、たいした立ち直りっぷりです。
それで、どうやらサイモンは木を削って何かを作っているようですね。
「これですか? 村の修繕も一段落したので、ちょっと魔法の杖でも作ってみようかと思いまして」
「魔法の杖?」
「ええ、魔法の杖です。前に材木を杖代わりにした時に気付いたのですが、この辺りの木はいくらか魔力を帯びているので魔法の杖に向いているんですよ。村長さんがこの村には特産品のひとつも無いと嘆いておられたのでお役に立てるかと思いまして」
「それ杖だったのか……」
この発言、杖だという事を見てわからないほどマーレが愚かなわけではありません。その原因はまたしてもサイモンが己の事情を忘れている事なのです。
「私はてっきり村の雰囲気に合わせて棍棒とか斧を作ってるのかと思ったわ」
「……あっ、しまった。また大きく作り過ぎてしまいました」
そう言うと、サイモンは巨大な杖を見つめたままぼんやりしています。どうやら、失敗の原因は自分のサイズを忘れていただけではないようですね。
「マーレ、さっきの女神様の言葉、どう思いますか?」
ふと、サイモンは改まってマーレに問いかけました。
「どうって?」
「女神様は僕をサイクロプスに変えたわけではない、僕自身がこうなる事を望んだと仰っていました」
「まあ、あいつの言葉を信じるなら、そうね」
「己が何者であるか思い出せとも言われました。それはつまり、記憶を取り戻せば元の姿に戻れるという事ではないでしょうか」
サイモンは真剣な様子ですが、マーレはあまり乗り気な表情ではありません。
「ほんとケチくさいわよね。ポンと戻してくれればそれで済むのに」
「いえいえ、さすがにそれは頼り過ぎですよ。すでに生き返らせてもらっているのです、それだけでも感謝しきれないほどですから」
マーレには相変わらず敬意というものが感じられません、サイモンを見習って欲しいものです。
それで、サイモンはどうするというのでしょう。
「それで、僕自身についての手がかりを調べるならやはり目を覚ました場所を調べてみるべきだと思うのです」
「目を覚ました場所って、今あんたが自宅にしてる所じゃん。片付けたり家具入れたり調べはしたでしょう?」
「今度はもっとしっかり、瓦礫や崩れた壁を壊してでも徹底的に調べようかと」
「えー、そこまでする価値あるかなあ」
「女神様はこうも仰っていました、「復活以外の事はしていない」と。それは場所の移動は行っていない、つまり、僕はあの場所で死んだという事ではないでしょうか」
さすがはサイモン、少ないヒントでよく気が付いてくれます。
「そうかなあ? それよりさあ、村の特産品がどうとかいうなら杖なんかよりももっと楽しいもの作ろうよ」
それなのにマーレが話の腰を折ろうとしていますよ。
頑張れサイモン、お前の事だぞ、もっと強く言ってやるんだ。
「楽しいもの……娯楽という事ですか? 申し訳ありません、そういうものには疎くて」
「この村に足りないのは何だと思う? そう、刺激よ。生きていくのに必要なスリルが足りないのよ!」
「いりますか、ソレ。人間平和が一番ですよ」
「いるに決まってんでしょーが! こういう毎日が平坦で退屈な生活は、時々脳に刺激を与えないと腐っちゃうのよ! それに私人間じゃないしー」
「はあ……。それで、何が必要なのでしょうか」
「そうねえ、とりあえずカードとかサイコロとか、できるんならルーレット台やスロット台もお願いね」
「本当にいりますか、ソレ」
「いるって言ってんでしょーが!」
「すいません」
謝ってるんじゃないぞサイモン、悪いのはそっちの陸人魚だ。
しかし困りましたね。せっかくサイモンが前に進むきっかけを与えてやったというのに、これではいつまで経っても話が進まないではありませんか。
しかしそんな時、サイモンたちの耳に奇妙な叫び声が聞こえてきました。
「は、放せー!」
どこか聞き覚えのある若者の声。サイモンが声のする方を見てみると、そこには何やら黒い塊を引きずりバジニアが歩いてくるのが見えました。
「バジニアさん、いったいどうしたのですか!?」
「いやな、ウチちょっと反省してん。こないだ盗賊に奇襲されたのが不覚でなあ、あれから気合入れなおすために見回りとか強化してるんや。で、今日の結果がコレっちゅうわけやね」
ドサッ
「いてっ!」
バジニアが無造作に放り投げた黒い塊が喋っています、どうやら生き物のようです。
そしてそれはサイモンにとって見覚えのある人物、いや、魔物だったのです。
「あなたは……ロッコウさん!」
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