第三章 魔王の予感
第12話
ちょっとこの国の話をしておきましょうか。
今から二百年前、このガリア大陸は突如現れた魔王アンブロズに攻め込まれ、そこにある国々は滅びの危機に瀕していました。魔王とその配下の魔物たちはあまりに強く、焼き払われ蹂躙される世界に人々はただ絶望するしかありませんでした。
もはや人間に打つ手はないと思われたその時、ひとりの勇者が立ち上がり、仲間たちと共に魔王へと戦いを挑んだのです。人々の希望を一身に背負った勇者は、激闘の末に見事魔王を討ち滅ぼしたのでした。
そして勇者は国に戻った後、再び邪悪なるものが世界を脅かす事の無いよう、疲弊した国々をまとめ上げて強大な国家を作り上げました。
……と、伝えられるのがここモッテナン王国というわけです。
一方こちらは辺境の田舎。盗賊団を撃退してから一週間、サイモンたちはまだコミス村の復興を手伝っていました。
サイモンは村に留まる事はせず、朝になったら村にやってきて仕事を手伝い、日が落ちると拠点に帰るという生活を送っています。
村人は(唯一入れる)納屋で良ければいてくれてもいいと言ってくれますが、いつ事情を知らない外の人間がやって来るかはわかりません。サイモンは村に迷惑をかけたくないので断っているのです。
とはいえ、村の協力が得られた事で拠点の家具も充実し、牢屋のような石畳からはだいぶグレードアップしていました。
その恩を返す意味でもサイモンは一生懸命働いています。サイモンは回復魔法が使える上に薬草の知識も豊富で今では村の貴重な癒し手、医者もろくにいないような村にとってなくてはならない存在になりつつありました。
とある日の朝、サイモンとバジニアがいつものように村へとやって来ます。ほとんど出勤しているような感じですね。
ちなみにマーレがいないのは復興の手伝いをしていないからです。あの陸人魚は気ままに池とサイモンの拠点を行き来し、村人と取り引きしたりサイモンをからかったりして暇を潰しています。
それはさておき、その日はいつもと村の様子が違いました。
「これは……どうした事でしょうか」
サイモンも村の様子がおかしい事に気付いたようです。一緒にやって来たバジニアに確かめるように話しかけました。
「バジニアさん、僕の気のせいかもしれませんが村の造形が禍々しくありませんか?」
そういえば確かに、家の端っこがムダに尖っていたり、ドアにガイコツの意匠があしらってあったりと妙な様子です。
サイモンに言われて気付いたバジニアも、その中途半端に奇妙な光景が理解しがたいのか首をかしげていました。
「ん、確かになあ。なんや魔物の村みたいっちゅうか、魔物でもこんなあからさまな事しいへんで」
すると、サイモンとバジニアが揃って首をかしげている所に村長がやって来ました。
「サイモン殿、おはようございます」
「おはようござ……」
しかし、その姿を見たサイモンは一瞬言葉を失いました。なにせ村長ときたら、トゲ付きの肩パットを仕込んだローブに角の付いた骨の兜をかぶっているのです。
「わわ、こ、これはいけない! 解呪! 解呪の魔法を!」
そのあまりの変貌っぷりに慌てたサイモンが解呪の魔法を唱え続けています。もちろん村長は呪われているわけではないので、光りまくるだけで意味はありません。
「落ち着いてくだされ、私は呪われてなどおりませぬ」
「ハア……ハァ……。そ、それならいいのですが、その格好はいったい……!? それに村の様子もなんだかおかしく感じるのですけど」
少しだけ落ち着きを取り戻したサイモンに、村長が真っ直ぐな瞳を向けて語り始めます。
「うむ、実は村で話し合って決めたのです。コミス村は本日よりサイモン殿の配下に入ると」
「は?」
サイモンとバジニアの表情を意訳すると、「何言ってんだこの人」というところですかね。でも村長はそんな事気にしません、話はどんどん進んでいきます。
「サイモン殿もご存じでしょう、この国を隔てる巨大な壁を」
と言われてもサイモンは記憶が無いのでご存知ではありません。
村長の話によると、ここモッテナン王国には国を二分する巨大な城壁があるのだそうです。元々は王都グランソルに魔物が近付かないようにするためのものだったようですけど、二百年の間にすっかり様変わりして今では貧富の差の象徴になってしまっているとの事でした。以前にバジニアが言った壁とはこの事だったのです。
「貧しい者はみな壁の外に追いやられ、先日のような騒ぎがあっても王国はほとんど何もしてくれませぬ。それならいっそサイモン殿と新たな勢力を立ち上げようかと思いましてな」
「村長さんもけっこうムチャクチャ言いますね」
「いや、サイモン殿ならできますとも!」
「いやいやいや、いくらなんでも無理ですって!」
いきなり降って湧いたおかしな話にサイモンは困惑しています、下手すりゃ国家転覆ですからね。それでもグイグイと押してくる村長に困り果て、助けを求めるように周囲を見回すとあるものが目に入りました。
何かといいますと、村の広場に人だかりができているのです。
「あれ? 何やらみなさん集まっているようですね」
「ああ、あれですか。なんでも旅の道化師だか大道芸人だかが芸をやっておるらしいですぞ。この村にそういう類のものが来るのは珍しい事です」
「へえ……面白そうですね、僕もちょっと見てみたいです」
「えっ!? あ、ちょっとサイモン殿!」
あらら、サイモンたら村長やバジニアが制止するのも聞かずに飛び出していってしまいました。好奇心が勝ってしまったのか、はたまた村長から逃げたかったのか、どちらにしてもまた自分がサイクロプスである事を忘れちゃってます。せっかく村に通いで来てるのにこれでは無意味ですね。
まあ、今回に限っては大丈夫。なぜなら人々の注目を集める美女道化師はサイクロプスなんかでは驚かないからです。
さあ皆様お立合い、派手な道化の衣装に身を包んだ黒髪の美女が魅せるエンターテイメント、楽しい時間のはじまりはじまり~!
人だかりの後ろから目を輝かせて芸を見るサイクロプス、こういう時はその無駄にでっかい体格が役に立ちます。
でもそんな心配はいりませんでした。サイモンの前にあった人だかりは時間と共にどんどん薄れていき、いつの間にかサイモンと追いかけて来たバジニアしかいなくなっています。
「なんだよ……期待してたのに」
「いくらなんでもあれじゃあなあ。せめて芸くらいまともにやってくれよ」
「つまんなーい」
村人たちは口々に不満を漏らしながら立ち去っていきました。それもそのはず、ジャグリングはすぐに玉をぶちまけてしまうし、パントマイムもぎこちなくほぼド素人、披露されている芸はとても人に見せられるレベルのものではなかったのですから。
「なかなか変わった芸ですね。なんだかこう、応援したくなります」
「ウチにはただ下手くそなだけに見えるけどなあ」
こんなに無様な芸なのに、お人好しのサイモンはそれなりに楽しんでくれているのでしょうか? やっぱり面白い男です。
すると、懲りずに芸を見続けているサイモン……に、付き合って芸を見ているバジニアが何かに気付きました。
「ん? なあサイモン、あれって――」
「あれ? ……あっ!」
バジニアに言われてサイモンも気付いたようです。そう、この道化師こそ――
「マーレ! こんな所にいたんですか」
「ムニャムニャ……なんだよう、私は酔ってなんかいないぞう……」
……違いました。
サイモンが見つけたのは、民家の影で酒瓶を抱えたまま酔いつぶれて寝ていたマーレでした。
「まったく、帰って来ないと思ったら。ああもう、またTシャツ一枚で酔いつぶれて」
「おうっぷ……うるへえなあ、着てるだけありがたく思えぇ」
「さあお水です、ゆっくり飲んでください」
「ありがとぉ、嬉しくてゲロ吐きそう」
呆れ顔のバジニアがため息をつきました。
「ウチ、サイモンが一瞬オカンに見えたわ」
ついでにマーレがおっさんに見えている事でしょう。
この酔いどれ陸人魚が着ているTシャツとやら、バジニアが作ったものらしいですけどなかなかいいですね。動きやすく着心地が良いと村人にも評判で、サイモンも普通の服が貰えた今でもたまに特大サイズのものを愛用しています。胸のあたりに『目玉』とか書いてあるやつをね。
ところで、そろそろ気付いて欲しいんですけど。
そんな道化師の気持ちを察してか、バジニアが話を軌道修正してくれるようです。
「あ、ちゃうちゃう。ウチが言うたんは、この人があの似顔絵に似てないかっちゅう話や」
「えっ!?」
「え~?」
気付いてくれたバジニアに言われて、サイモンとマーレもようやく注目してくれました。
「言われてみれば確かに」
「ん~、そうかな? あの絵よりマヌケに見えるけど」
「それはきっと道化師の衣装のせいですよ。あの、つかぬ事をお聞きしますが、あなたは僕の姿を変えた女神様ですか?」
気付いたら気付いたでいきなりド直球です。似顔絵に似てるからっていきなりあなたは神ですかとか聞きますかね普通。あとマーレは初対面の相手に対して失礼すぎます。
まあいいでしょう、それでは答えを授けるとしますか。
「女神様……ね。まあ間違っていると言えなくも無いかもしれないにゃ。その通り、我が名はネムレス、汝を現世に蘇らせた女神的な存在なのだにゃ」
「……」
おや、せっかくこちらに降臨してあげたというのに反応が鈍い。これはちょっとキャラ盛り過ぎましたかね。
なんて思っているとサイモンに反応がありました。あまりに突然の事で面食らっていただけのようです。
「やはりそうだったのですか。お目にかかれて光栄です、命を救っていただきこの上なく感謝しております」
そう言うとサイモンは巨体をかがめて深々と頭を下げました。うんうん、殊勝な態度です。
誰しもがこうならば良いのですけどそうはいかないのが世の中というもの。現にサイモンの隣にいる魔物二匹は懐疑的な目で見ています。
「いきなり神サマやて、そないな事言われてもなあ」
「そうだそうだ、芸のひとつもまともにできない奴が神なワケあるか! 冗談は顔だけにしときなよお嬢ちゃん」
バジニアはともかく、ニヤニヤとバカにした態度のマーレにはちょっとだけムカつきます。だったら、わからせてさしあげましょうか。
「そんじゃまあ、証拠を見せるかにゃ」
パチン
ここで指パッチンをひとつ。別に指を鳴らさなくてもいいんですけどわかりやすいので。
「あれっ!? マーレ!?」
指を鳴らした瞬間、マーレの姿が煙のように消えてしまいました。サイモンもバジニアもキョロキョロと周囲を探しますが見つかりません、というか見つかるわけありません。
パチン
そしてもう一度指パッチン。
もちろん今度の合図でマーレが再び姿を現すのです。ただし、さっきと同じままというわけではありません。
「あばばばばばば」
マーレは頭や肩に雪を積もらせ、歯の根が合わない様子でガタガタと震えています。何か言おうとしても上手く言葉が出ないようですね。
もちろん、そんなマーレをサイモンは気遣います。
「マーレ、その有様はどうしたのですか!?」
「あがが……て、Tシャツ一枚でどっかの雪山に行ってきたみたい……。くそう、あやうく冷凍保存されるところだった、すっかり酔いが醒めちゃったよ。はいお土産」
そう言うとマーレはサイモンに何かを手渡します。お土産と称しサイモンにマーレから手渡されたのは雪玉でした。
「せっかくだから雪だるま作ろうかと思ってね……近くの雪をひとつかみするのが限界だったけど」
「そんな事に命張らないでください」
サイモンの言う通りですよ。この陸人魚、けっこう余裕あるようですね、火山にでも放り込んでみればよかったかもしれません。
ともかくこれで思い知った事でしょう、目の前にいるのが何者なのかという事を。要するに、ちょっと会いに来ちゃったという事ですよ。
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